目を瞑っていれば、すぐだよ @ロープウェイ
□夕方のニュースから□
本日、お昼頃、K山ロープウェイにて転落事故がありました。
地元警察の発表によりますと本日 11時頃、機械の不調でロープウェイが停止。
直ちに同ロープウェイの管理事務所より救助隊が出ましたが救助隊が現地に到着した時には既にゴンドラに乗っていた三人がゴンドラ外に転落しているのを発見しました。
病院に搬送された三人の内、二人は死亡を確認。残る一人は命は取り止めましたが意識不明の重態です。
三人が何故自力でゴンドラ外にでたのか、また、管理に問題がなかったかを警察で引続き調査中です。
□救助隊の人の話□
ええ、ゴンドラが止まった時点で直ぐ出発しました。そのために訓練を積んでいますので。
現地についたのは1時間もかかってないですね。
場所も良かったし、天気も良かったから。
そうだなぁ、40分ぐらいかなぁ。
でも、現地についたら、もう三人がゴンドラの下に落ちてたんだ。あれはビックリしたな。
□地元の人の話□
あのロープウェイねぇ。あんまし良い話は聞かないね。
事故とか変な話は多いよ。
年寄りの話じゃ、上の駅のあるところに神社だか祠があったらしくて、それぶっ潰して作ったらしい。
まあね、祟り?っての。
本当、ここらじゃ、みんな知ってる話よ。
□ロープウェイの元従業員の話□
昔は夜景を見るために夜も動かしていたのよ。
でもね、出るんだな、これが。
窓に手の跡が無数についていたとか。それも窓の外にね。
後、扉が運転中に勝手に開いたとはしょっちゅうかな。
うーん、自分が勤めていた時には一週間に一回とか二回位の割合だったかなぁ。
- - - - - - - - - -
「わぁーお、綺麗」
幸子が興奮して騒ぎまくっている。
でも、その気持ちは私もわかる。確かに口笛の一つも吹きたくなる絶景だ。
一方、真理は無心に(インスタにあげて、『いいね』を稼ぎたい一心だから邪念まみれと言うべきか)写真を撮っている。
二人を見ながら私はイスに座るとガイド本を読み始める。目の前の絶景よりも次の予定の方が私には大事だ。
上の駅に着いたら、山のレストランでランチを食べて、シャトルバスで麓の温泉に一泊するのが本日の予定だった。
本によるとそこの鮎料理がまた、絶品……
ガクンとゴンドラが揺れるとパタリと動きが止まった。
「え? 嘘」
幸子はゴンドラの窓に張り付いたまま呟き、真理は写真を撮るのを止めて、挙動不審気に回りを見回している。
私も少し不安になって腰を浮かした時、声がした。
「何、大丈夫。直ぐ救助隊が来ますから」
私はその声に大いに驚かされた。何故なら、声がするまでゴンドラには私たち三人しか居ないと思ったからだ。
声の方へ目を向けると、黒ずくめの男の人がイスに座っていた。
老人と言って良いだろう。ちょこんとイスに座る姿は干物。天日干しをして水分がすっかり抜けたように萎びて縮んでいた。
これなら、今まで見逃してしまっていても不思議ではないかもしれないと内心思った。
「こう言う事は良くあるのですか?」
「うむ。良くある。なんも心配はいらない」
不安げな私の質問に老人は力強い答える。その言葉に私は少し安心した。
しかし、いくら待っても老人が言うような救助隊は来なかった。
おまけに霧がでてきた。
最初は山肌を舐める程度であったものがあっという間にゴンドラを包み込み、何も見えなくなってしまった。
四方が牛乳を流し込んだように真っ白。
ただでさえ不安な気持ちを抱えていた私たちにプレッシャーをかけてきた。
「これじゃあ、救助隊が来ても分かんないよ」
と、幸子が泣きそうな声で言った。
「大丈夫。来れば音と振動で分かる」
老人がそう言った。
「音と振動?」
不思議そうな顔をする私に老人はとくとくと説明始めた。
「ゴンドラが動かなくなったら、まず、救助の人間がロープウェイのロープのところを伝ってゴンドラの上に来る。
ほうら、聞こえないか、誰かがロープを伝って来る音と振動が」
老人はそっと上を見上げ、耳を澄ます仕草をする。
ミシ ミシ カチャ カチャ
確かに老人の言う通り、上の方からゴンドラへ向かって誰かが歩いてくるような音がする。微かな振動も感じられた。
「救助隊が来たんですか?」
私が嬉しさに声をあげると、老人は口に指を一本立て、静かにするよう合図をする。
「騒いでゴンドラを揺らすと救助の人が危ない。じっとしていなくてはいけない」
確かに老人の言う通りだと私たちははしゃぎたい所をじっと堪える。
「ゴンドラの上に来たら、救助の人が下に降りるための特別な機械をゴンドラの入り口迄垂らす。そしたら、その機械に体を固定して下に降りるんだよ」
「え、嘘。そんなのできないよ」
「無理、無理、無理、無理」
幸子と真理は老人の説明に騒ぎだした。
「心配はいらん。あっという間に地面に降りれる。目を瞑っていれば、すぐだよ」
と、老人は言い、幸子と真理の臆病ぶりをクックッと笑った。
私も少し可笑しくなって笑おうとした、その時。
トン トン
突然、ゴンドラの窓が叩かれたから、私は文字通りイスから飛び上がった。
扉の方を見るが生憎ガスで何も見えなかった。
「どうやら来たようだ。すまんが扉を開けてやって来れ」
老人に促されるままに私はゴンドラの扉を開けた。
すると、真っ白なガスがゴンドラの中に侵入してきて、忽ち目の前が真っ白になってしまった。
「さて、降りる順番を決めるのだ」
白いガスの中、老人の声がした。
私たちは互いの顔も分からない状況で降りる順番を決めた。
幸子、真理、そして私の順番だ。
幸子がゴンドラの扉の所に行くとガスの中から二本の手が現れ、幸子の腰にリングやベルトを装着する。
「では、降りなさい」
老人の言葉に幸子はえいっ、と一声叫ぶとガスの中へ消えていった。
次は真理の番。手順は幸子と変わらなかった。
そして、真理も『無理、無理……』と叫びながらガスの中へ姿を消した。
次は私の番だった。
扉の前に立つとやはりガスの中から手が現れた。私は目を凝らしてガスを見つめる。しかし、どうしても作業をしてくれている救助の人の姿を見ることができなかった。
何故だろう、いくら濃いガスだと言っても手はちゃんと見えている。なのに救助の人の頭も胴体もまるで見えない。影すら見えないのはどうしたことだろう。
違和感は他にもあった。
この手の救助活動は危険なものだ、だから、少しでもリスクを減らす事を第一に考える筈。なら、幾ら迅速に救助をしなくてはならないとしてもこんな自分の手も見えないような濃霧の中で敢行するものだろうか?
何故、救助の人は何も言わないのだろう。普通、救助活動に入る前にこちらの状況を聞くものではないのか?例えば人数とか調子の悪くなっている者はいないのか、など。それなのに救助の人は一言も言葉を発する事もなく、ただ、ただ手を動かしている。まるで手しかないかのように……
そして、何より
「さあ、準備ができた。降りなさい」
ガスの中から老人が言った。
そう、何故この老人が救助活動を仕切っているのだろう?この老人は私たちと同じ乗客ではないのか?
「さあ、「あなた何故、」」
私は叫んだ。
「あなたは何故、私たちには指図をするんですか?あなたが何で、何の権利があって、救助の指揮をしているのですか?」
返事はなかった。
私は真っ白な視界の中、何処かにいるであろう老人を探す。しかし、老人の気配はまるで感じ取れなかった。
もう一度、老人に問いかけようと口を開いた、その瞬間。
「早く、降りんか!!」
目の前に老人の顔が現れる。しわしわのミイラのような顔。所々、肉が剥がれ筋肉や骨が剥き出しになった顔に黒い甲虫が取りつき腐肉を喰らっていた。
余りの恐怖に私は思わず後ずさる。ゴンドラの外へと。
私は落ちた。
しっかり掴んでいたはずのロープも、腰に巻いていた筈のベルトもリングも掻き消えていた。
私はまっ逆さまに落ちていった。
気付くと、そこは病院だった。
どうも自分は一月も生死の境をさ迷っていたとの話だ。
幸子と真理は帰らぬ人になっていた。
容態が安定してから警察の事情聴取を受けた。
正直に話をしたが、変な目で見られた。
ゴンドラに老人などいなかったし、事故のあった日にガスなんて出てなかったと、その時知った。
2018/05/06 初稿
2018/08/17 形を整えました