こちら機長です @旅客機
CCAとは今、話題の超格安航空会社だ。
しのぎを削る格安航空会社の中でも最安値を誇り、サービスも決して普通の航空会社に遜色がない。
そして何より人気の秘密は、優先番号制度にあった。
プライオリティナンバー制度とはプライオリティナンバーが小さいとただでさえ安い料金が更に割引きされる上、機内で特別なサービスも受けられる、という夢のような制度だった。
プライオリティナンバーは旅券にランダムにつけられてるため、同じ金額の旅券でもエコノミーとビジネス位の格差がつく事も珍しくなかった。故にCCAの旅券は良くネットオークションに出品された。
「あっ」
ネットオークションを見ていた私は思わず声をあげた。
来週、行く予定の飛行機の便の旅券が出ていたからだ。プライオリティナンバーは『4』。
私は自分のプライオリティナンバーを確認してみた。
『5』だった。
この『4』の旅券を落とした後、自分の旅券を『4』を落とした値段で出せばまる儲けじゃないか。速攻で参加する。
そして、ワクワクしながらパソコンの画面を見つめ続けた。
□□□
激しい揺れに私は目を覚ます。
プライオリティナンバーによるサービスで豪華な機内食を食べた後で寝てしまったようだ。
大満足の至福の時を邪魔されて、私は少し不機嫌になりながら窓の外を見る。
外は真っ白な雲に覆われてなにも見えなかった。
眠りに落ちる前は真っ白な雲の絨毯を眼下におさめ、真っ青な空を悠々と飛んでいたはずだが今は雲の中を飛んでいるようだ。
一体どうしたことだろう。
機体も小刻みに振動しており、正常とは思われなかった。
「こちら機長です」
不安にかられる中、機内アナウンスが流れてきた。
「現在、当機はエンジントラブルで高度を維持できない状況です。
従いまして、当社規約の緊急処置レベル2を機長の権限にて発動いたします」
緊急処置レベルとはなんだ?
と思っているとキャビンアテンダントが通路の先で声を張り上げた。
「緊急処置レベル2が発動されました。機内重量を軽くするためにお客様の手荷物を機外に破棄いたします。ご協力をお願い致します」
そして、キャビンアテンダントは乗客の荷物を取り上げ始める。
中には抵抗する者もいたが、アテンダントの後ろからついてくる黒ずくめの男たちに無理矢理奪い取られていた。
「うわっ」
乗客の一人、プロレスラーのようにがたいのでかい男が頑強に抵抗しようとしたら黒ずくめの男たちにボコボコに殴られた。
乗客相手なのに全く容赦がない。背筋に冷たいものが走った。
「ご協力お願いします」
にこやかな笑顔でアテンダントが私の方を見て言った。その背後には黒ずくめの男の氷のような眼があった。有無を言わせぬ無言の圧力を感じる。私は震える手で手荷物を渡した。
「ありがとうございます」
礼を言って去っていくアテンダントを見送り、内心胸を撫で下ろす。
緊急時は乗客の荷物を勝手に捨てて良いなんて法律が決められているのだろうか?
それとも格安航空会社独自のルールなのだろうか?
私はまだドキドキする心臓を押さえながら考えた。
アテンダントは通路の最後まで行って全ての荷物を回収すると戻ってきた。
それでも機体の降下が止まったようには思えなかった。むしろ、振動は心持ち大きくなったように思える。
私は旅券に搭乗規約が書かれていたのを思い出し、旅券を取り出して規約のところを確認してみた。
緊急処置レベル2についての記載が確かにあった。
『緊急処置レベル2
航空機トラブルなどで通常の航行が不可能な場合、機長の判断で緊急処置レベル2を宣言できる。
緊急処置レベル2が宣言された場合、機長は必要に応じて乗客の財産を徴発できる。
また、徴発より生じた如何なる事項について賠償の責を負わない。
また、本権利を遂行に当たり必要な処置を機長は行使する権利を有し、権利遂行時に発生した事項についてもその責を負わない』
「まじ?」
そんなことが書かれているなんて初めて知った。
「うん?
緊急処置レベル3……」
旅券には続きがあった。
『緊急処置レベル3
緊急処置レベル2が宣言されている状況で、事態の改善が見られない場合、機長は引き続き緊急処置レベル3を宣言できる。
緊急処置レベル3が宣言された場合、機長は必要に応じて乗客の生命を徴用できる……』
なんだか意味が良く分からない。
「生命を徴用……って、どういう意味だ?」
首を傾げた時、再び機内アナウンスが入った。
「こちら機長です。当機は引き続き深刻な状態です。
従いまして、大変遺憾ではありますが機長の責務と権限において緊急処置レベル3を宣言いたします。プライオリティナンバー1の乗客は直ちに当機から降りて頂きます」
えっ?ちょっと、なに言ってるの?
そう思ったとたん、機内に甲高い悲鳴が上がった。見ると黒ずくめの男たちに一人の女性が羽交い絞めにされ廊下を引きずられていた。必死に抵抗しているようだが男たちは毛ほども感じていないようで、そのまま奥へと姿を消していく。
また、機内アナウンス入った。
「プライオリティナンバー2のお客さま……」
私は自分の耳を疑った。
この飛行機は重量を軽くするために乗客を機外に放り出しているのだ。それもプライオリティナンバーの若い順に!
「……プライオリティナンバー3……」
私は慌てて自分のプライオリティナンバーを確認する。
プライオリティナンバー『5』。
「ナンバー4のお客様……」
アナウンスが続く。
次は……次は私じゃないか!
私は逃げ出そうと席を立つが、いつの間に来ていたのか黒ずくめの男たちが前後に立ちはだかる。
私は言葉を失った。
「こちら機長です」
アナウンスが流れる。
「当機は持ち直しました。緊急処置レベルを解除します」
機長の言葉を聞き、前後に山のように立ちはだかっていた男たちが何事もなかったように去っていく。
私は全身の力がぬけ、倒れこむように腰かけた。
「た、助かった」
私は額の汗をぬぐうと窓の外を見る。
機長は機体が持ち直したと言っていたが、窓の外は真っ白だった。未だに雲の中を飛んでいるようだ。目標物がないので上昇しているのか下降しているのかさっぱり分からない。
私はどうにか確認できないかと窓に顔を突きつける。
バン!
物凄い音がして、窓一杯に人の顔が張りつく。
血まみれの顔が恨めしそうに私を睨み付けた。
「うわあぁ!」
私は悲鳴を上げて体を起こす。
「え?」
私は驚き左右を見る。だが、平和な飛行機の機内風景があるだけだった。
「夢?」
窓の外を見ると真っ青な空が広がっていた。
ずっと夢を見ていたのか?
夢の中で延々に夢を見続ける。そんな悪夢を見てはいないかと試しに自分の頬をつねってみる。
痛かった。
どうやら夢ではないようだ。
ほっとしたのも束の間、腹に響く低音の振動が機内を揺らした。機内のあちこちで悲鳴や驚きの声が上がる。
窓の外を見ると翼についたエンジンから真っ赤な炎が上がっていた。
ぐいっと機首が下がる。そして、小刻みな振動に混じって、また大きな爆発音がした。
翼についているもう一つのエンジンも爆発したのだ。
驚いていると、機内アナウンスが流れる。
「こちら機長です。当機は重大なエンジントラブルに巻き込まれました。これより機長の権限に乗っ取り、緊急処置レベル2を発動します」
さっきの悪夢がまざまざと甦る。
私は旅券をとりだし、急いでプライオリティナンバーを確認する。
プライオリティナンバー『4』。
その数字を見て私は愕然とした。
そして、旅券はネットオークションで『5』と『4』を交換した事を思い出した。
機体は急速に高度を落とし、今にも雲の中に突っ込んでしまう勢いだった。
もしも、さっき見ていた夢が正夢ならば……
そんな私を嘲笑うかのようにあわただしく機内アナウンスが流れる。
「こちら機長です。緊急事態です。
当機はこれより緊急処置レベル3を発動します。
プライオリティナンバー1のお客様に告げます。直ちに当機より降りて下さい」
2018/04/26 初稿
2018/08/17 形を整えました
旅客機のホラーと言えばトワイライトゾーンの一人の乗客が翼にとりついた変な生き物に恐怖する話を思い出します。あれと都市伝説の猿列車を足して、20位で割った感じになりました。




