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来て、来て、早く! @漁船

船です。

マグロ船です。

船なら ride on じゃないかという突っ込みは無しでお願いします。

注:これは漁師だった河西さん(仮名)の体験談である。河西さんは耳が御不自由であったため主に筆談での対談を筆者が再構築しなおした。

本文に間違いや誤解を招く表現があった場合それは全て筆者の責任である。


 若い時にマグロ船に乗っていた。20年以上前の話だ。

 私が乗っていたのは中くらいの船で何日かかけて漁場に出かけると、後はひたすら網を降ろして引き揚げるを繰り返した。

 板子一枚下は地獄とはよくいったもので海が荒れて死にそうになったり網に掛かったサメを外そうとして噛みつかれそうになったりした。

 不思議なものも見たり体験もした。

 これから話すのは私の最後の漁での体験だ。

 漁場に行く途中の話だ。港を出て5日。明日には漁場につく頃の夜の零時を回っていた頃。

 明日、いや、その日の3時に網を落とす予定だったので当直以外はみんな寝ていたが、私は変な物音で目を覚ました。

 キャキャとかキュイキュイという音が船室の外から聞こえていた。

 イルカの鳴き声か子供の喚声に似ていた。

 初めは眠気が強くて毛布を頭から被って無視しようとしたがどうにもぬるぬると目が醒めてくる。

 その内、隣で寝ていた奴がゴソゴソしていたかと思うと外へフラフラと出ていく気配がした。

 トイレかと思ったが更に一人、もう一人と間を置きながらも同じように出ていく気配があった。

 外から聞こえる音も止むどころか前よりも大きくなっていた。

 すっかり目が醒めると、今度は音が気になってしょうがなくなった。

 耳を澄ましても何を言っているのか分からない。だが何故か自分を呼んでいるような感じがしてきた。

 俺は他の連中と同じように外に出た。

 足下がふらふらして、なにか酒に酔った状態に似ていた。

 甲板に出ると音は一層大きくなった。

 船の周囲から満遍なく聞こえてくる。

 船の回りには海しかないのに、だ!

 見ると船縁に人が立っていた。

 一人、二人じゃない。ずらりと並んでいた。

 船の船員全員が船縁に並んで船の外、夜の海を見ているようだった。

 一体全体どういうことだ?

 とは思わなかった。不思議な事にその時はそれが至極当然のように思えたんだ。

 私も他の連中と同じように船縁に立ち、海を見た。

 海が青白い光を発していた。

 別に海の水が光っていたわけではない。船の回りになにか白くブヨブヨしたものが無数に浮かんでいて、それが仄かに発光していた。

 大きさは一抱え程。

 最初、クラゲかと思ったが船は漁場に向かってそれなりの早さで動いていた。クラゲが並走できるはずはない。

 それに……それにさっきから気になっていた音はその白いものから聞こえてきた。

 鳴くクラゲなどついぞ聞いた事がない。


キュイ キュイ

キャ キャ

キキキキキ


 船の外を囲むように浮かぶ正体不明の白いものから確かに聞こえてくるのだ。

 その内、音が女のクスクス笑う声に聞こえてきた。

 頭がぼうっとしてまるで熱に浮かされたような心持ちがした。

 バシャンと水音がした。誰かが船から落ちたのだ。

 だが、回りの人間は誰も助けようとはしない。私もまるで助ける気が起きなかった。

人が落ちたと言うことが認識ができない訳じゃない。ちゃんと誰が落ちたかもはっきり分かっていた。

 なんというか、テレビで人が溺れてても助けようとはしないだろう?丁度、あんな感じだった。まるで自分とは別の世界の出来事のように思えたんだ。


バシャン


バシャン


 続けざまに人が落ちた。

 いや、落ちたんじゃない。自分から飛び込んだんだ。

 海に飛び込んだ奴がバシャバシャ水渋きをたてて浮かんでいると、例の白いものが群がってきた。とたんに跳ねている水の色が真っ赤に染まる。

 喰ってやがる、って私は思った。

 白いものは海に飛び込んだ奴を喰っていたんだ。

 そんな光景を目の当たりにしても誰も助けようとはしなかった。それどころかニヤニヤ笑いながらそれを眺めていたんだ。

 そして何より恐ろしかったのはニヤニヤ笑っている連中の中には自分も含まれていた事だった。

 私は薄ら笑いを浮かべたまま焦点の合わなくなった目で浮かんでいる奴の一つを眺めていた。

 他の奴より一回り程大きかったと思う。

 と、そのブヨブヨした白い背中(?)が隆起した。

 そして、隆起したところの下と左右のちょっと上の三ヶ所がボコりと凹んだ。

 二つの目と口、そして鼻。

 そう顔だった。

 その白いものはデカイ女の顔になって、海に浮かんでいた。

 女は潤んだような黒い瞳で私を見ると、ゾッとするような甘い声で囁いてきた。

『来て、来て』

 その声を聞いたとたん私は全身に鳥肌がたつのを感じた。

 恐怖。

 紛れもない恐怖を体が感じて震えおののいた。

 なのに心は逆に狂おしく女を求めた。

 今すぐ海に飛び込もう。

 飛び込まねば、と思ったのだ。

『来て、来て、早く!』

 私は女の懇願に促され、身を乗りだしそのまま海に飛び込もうとした。

 その時だ。

 波に煽られ、船が大きく傾いだ。

 本当に、本当に偶然だった。

 船の傾きが違っていれば私は海に落ちていて、ここにはいなかっただろう。

 だけど実際は逆だった。

 船が傾いた時、私は海に落ちるのではなく船の内側に投げ出された。

 その拍子に頭を甲板に思いっきり打ちつけた。お陰で正気を取り戻す事ができた。

 そしてゾッとした。

 横たわったまま動けないでいる私の目の前で仲間達が次々と海に飛び込んでいく。

『来て、来て』

『来て、来て、来て』

『来て、来て、早く!』

『早く!早く、来て、来て、来て!』

 海のいたるところから女の声が聞こえてきた。

 その声を聞いている内にまた、頭が痺れるような熱を帯び始めた。

 声を聞いているとまたおかしくなって、海に飛び込んでしまう、と私は確信した。

 両手で耳を塞いでも女達の声を完全に消すことはできなかった。徐々に力が抜けていくのを感じる。

 その時、胸ポケットにさしたポールペンが視界に入った。

 私はボールペンを取ると右の耳に差し込む。

助かるためにはこれしかない、そう思いながらも今から自分がやろうとすることに脂汗が出てきた。

 しかし、迷っている時間はない。

 もう頭の片隅に海に飛び込みたい欲求が燻り始めていた。

 私は耳に刺したペンを思いっきり押し込んだ。

 頭を貫く痛みに声にならない悲鳴を上げ甲板をのたうつ。

 だがまだ、終わってはいない。

 私は荒い呼吸のまま、血まみれのペンを引き抜くと左に刺す。

 そして、一気に左の鼓膜を突き破った。


 その後、気を失ったようだ。

 気がつくと朝になっていた。

 例の白いものは何処にもいなかった。

 まるで悪い夢でも見たかのようだったがじんじんと痛む頭となにも聞こえない耳が夜の出来事を事実だと伝えていた。

 痛む頭を抱えたまま、船内をくまなく探したが自分以外は誰もいなかった。

 結局、救助されるまでに5日かかった。

 その間、完全な静寂と孤独のなかを過ごした。あともう少し救助が遅かったら気が狂っていたかもしれない。

 治療が遅れたせいで聴覚が戻ることはなかったが、それは逆に幸いだと思っている。

 もし、またあの女達の声を聞いたら自分がどうなってしまうか分からないからだ。




2018/04/05 初稿

2018/08/17 形を整えました


海はなんとも得体の知れない生物とかがいそうですよね。

きっといるんでしょうね。


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