きっと、どこかで走っている @救急車
ピーポーピーポー
僕らが大好きな働く車の仲間
救急車です
これは大学の先輩から聞いた話だ。
先輩は大学卒業後、映像製作会社に就職した。そこは会社のリクルートや社員教育用の動画を作成するのが主な仕事だったが、たまにテレビ局の下請けのような事もした。大体が深夜番組のミニコーナのようなものをやらされたそうだ。大手と下請けの関係で無茶な注文も少なくなく、危ない事や法律に触れそうな事にも手を染めたという。
先輩曰く、これはその経験の中でもヤバイ部類の話だそうだ。
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オカルト関係の番組で都市伝説の真贋を調査するというようなものが良くあるが先輩が手掛けたのが正にその類いのものだった。
その名もズバリ、『死の救急車を追え!』
これはある都市の(幾ら尋ねても先輩は教えてくれなかった)の特定の救急車に乗ると死ぬという噂だ。
大した怪我でも病気でもないのにその救急車に乗ると容態が悪化して死んでしまうというものだ。
これは例えば『耳から出ていた糸の様なものを引っ張ったら、ぷつんと切れて失明した。耳から出ていたものは実は視神経だったのだ。』と言う類いのありそうで実はないタイプの都市伝説だ。
冷静に考えてみよう。
仮にそんな救急車があったとしたら、忽ち廃車になるのがオチだ。
「ま、そうなんだが。
仕事は仕事だ。どんなにバカらしいと思ってもやらないでは済まされない」
先輩は遠い昔を思い出すように少し遠い目をして、そう言った。
そして、指に挟んだ煙草を肺一杯に吸い込み、白い煙を吐き出す。
黙って同じ事を繰り返した。
そうして、短くなった煙草を乱暴に灰皿の底に押しつけると直ぐに新しいものに火をつけて吸いだす。
眼が少し泳いでいた。
たっぷり5分は経過しただろうか。先輩は思い出したようにぽつりと呟いた。
「それに。死の救急車は本当にあったしな」
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取材は決して順調ではなかった。
街中の消防署を当たり、関係者に話を聞いたがそんな事実は出てこない。勿論、べらべら喋る内容ではない。むしろ知っていても関係者は口を閉ざす傾向のある話だ。だから裏をとる意味で適当な救急病院に張りついて運び込まれた患者に不自然なところはないかを調べもした。
スタッフ総出で2週間ほど頑張ったが目ぼしい情報を手に入れることはできなかった。
仕事の納期が迫り、先輩達は焦った。
そこで最終手段にでる。
「ヤラセだよ」
先輩は自嘲気味に言った。
「スタッフの誰かにモザイク入れて、声変えて適当に喋れば、体験者Aさんのできあがりって寸法さ。
あとは病院なんかの背景を録って編集すればそれっぽいものが幾らでも作れる。
ま、そうやって話を作った。
で、最後に救急車で搬送されているところを撮ろうとなった訳だ。
だが、まともに頼んだって許可は下りない。
当たり前だ。死の救急車なんて黒い噂をたてようって連中に協力してくれる人間なんていやしない。
だから、盗撮する事にした。
急患を装って救急車に乗り込み、救急車の内部を隠しカメラで撮るって算段だ。
急患はスタッフの若い奴。俺は付き添いで救急車に乗る予定だった。
……まあ、最初から変な感じだったんだ。
119番をするだろう。
そうしたら1分もしないうちに救急車が現れたんだ。
いかに日本の救急車が勤勉で優秀だとしても連絡を受けて1分で現場に到着なんて早すぎると思わないか?
おまけに、その救急車はサイレンを鳴らしてなかったんだ。
赤いライトを回転させながら、救急車は音もなく路上裏からぬうっと現れたんだ
救急車からメガネと白マスクの男が三人出てくると患者役の若いのを無言でストレッチャーに乗せる。
有無を言わせぬ無言の威圧感があった。気押された俺は固まったまま、突っ立ったままそれを眺めているだけだったよ。
若いのも多分同じだったんだろう。何の抵抗もせずにストレッチャーに乗せられ、救急車に運び込まれた。
俺は、慌てて同乗しようとしたか救急隊員に止められた。
そして、俺を置き去りにして救急車は走り去った。
おかしい。って気付いたのは救急車が見えなくなって少し経ってからだった。
普通、救急隊員は患者の容態を真っ先に確認するものだろ。
苦しいか?
痛いか?
意識はあるか?ってね。
それに付き添いがいれば必ず同乗させるものだ。でなければ誰が連れていかれた病院の場所を家族とかに連絡する?
実際、俺達は若い奴がどこの病院へ連れていかれたか分からなくなった。
3時間程待ったが連れていかれた奴からの連絡もない。
俺達は救急病院に片っ端から電話したが行方は分からなかった。
それから1週間程してから連絡がきた。若い奴の家族からだ。
入院していたが死んだと言う話だった。
死因は急性肝硬変及び腎不全。
勿論、奴にそんな持病はない。隠していたのかも知れないが、見た目は若くて健康そのものだった。
で、葬式で遺族から変な話を聞いた。
何でも背中と右の脇腹に手術のメスのような傷痕があったって」
先輩は再び煙草の煙を盛大に吐き出すと話を締めくくった。
「ま、以上でこの話は終わりだ」
■■
この話を聞いた直後、僕は睡眠薬で眠らされ気がつくと片方の腎臓がなくなっていた、という都市伝説を思い出した。
もしも、死の救急車が乗せた患者を何処か見知らぬ病院に搬送して、そこで肝臓や腎臓を摘出しているとしたら……
僕は自分の考えを先輩にぶつけてみた。
「さあなぁ。もう燃やしちまったから確かめようが無いな」
事も無げに答える先輩に、なんとも言えない気分になった僕は更に質問をした。
「そ、その救急車、まだどこかで走ってるんですかね?」
僕は自分の質問に身震いをする。
先輩は少し考えて、やけにはっきりした声で答えた。
「勿論。きっとどこかで走っているさ」
2018/02/28 初稿
2018/08/17 形を整えました