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第九話「ボーイミーツガール?」

 意外と重さがあるな……初めてエレキギターを手にした時、広樹が真っ先に抱いた感想はそれだった。


 アコースティックギターは一度だけ、奇襲を掛けてきた卓に手渡された事があるが、中が空洞になっているため、大きさの割には片手で持ち上げられる余裕があった。

 けれどエレキギターは、音をアンプで増幅させるため楽器自身に空洞はない。同じ大きさの木の板を抱えているのと変わらないのだ。


 (ライブとかだとすっげえ軽々と振り回してるのがいるけど……慣れるもんなのかね)


 広樹は一人思いながら、ギターの弦を指で爪弾く。金属質の振動が音になって無人の教室に響きわたり、やがて放課後の空気の中に溶けていく。

 しばらくして、コンコンという扉を叩く音と共に、綾乃が姿を現わした。


 「お待たせしました、瀬川君」

 「おー……卓は?」

 「陸上部の集まりがあるから、ちょっと遅れるって言ってたよ」

 

 お邪魔します、と冗談っぽく言いながら綾乃は教室の中へと入ってくる。

 オンナが、女が近づいてくる!反射的に広樹は心にバリアーを張ろうとしていた。……形式上は「同士」という事になっているが、数年間かけて蓄積された苦手意識は、数日やそこらで簡単に拭い去れるものではない。


 「………………」

 「………………」

 

 こちらの顔色を伺いながら、綾乃は少し離れた位置の机にベースケースを置く。女が苦手だというこちらの事情を知っているために慎重になっているんだろう。緩和剤として機能していた卓も今は居ない。重苦しい空気が広樹と綾乃の肩にのしかかって来る。


 (……あああああ!意識するな意識するな!!気を別の方向に向けろ!!)

 

 自らに言い聞かせる。そうだ、ギターだ!俺達は音楽の練習をするためにここに集まってんだ、ギターに集中しなくてどうする!

 思わず、ピックを押さえる指に過剰な力を篭める。そしてそのまま、弦を弾く――――

 「……いてっ!」

 「――瀬川君っ!?」

 ピィン、という鈍さと甲高さを併せた音が響き、綾乃は驚いて、広樹の傍に駆け寄った。

 六弦――最も細く強度が低い弦――が切れ、跳ね返って広樹の手の甲を弾いたのだ。


 「だ、だ、大丈夫!?」

 恐らく無意識のうちだったのだろう。心配した綾乃は、押さえられている広樹の手に自らの手を伸ばしていた。指先が、軽く触れる。

 「――――!!」

 そして広樹もその突然の接触に驚き、考えるより先に綾乃の手を振り払ってしまう。


 「あ……わ、悪い!」

 硬直してしまう綾乃。広樹は自らの顔から血の気が引いていくのが分かった。

 「……悪かった!!そ、その……ごめんな」

 「……う、ううん。大丈夫。こっちこそご、ごめんね!いきなり触っちゃって」

 「いや、今のは俺のが悪いから!えっとその、あ、あんたが嫌いだとか憎いだとかそういうのじゃ無いんだ。本当に……」


 大丈夫、と笑顔になる前にほんの一瞬だけ見せた悲しげな眼差しに、広樹の心はぎりっと締め付けられる。

 自分が女が苦手になったのは……小学生時代にトラウマになる出来事があったから。その出来事に、森本は一切絡んでない。そう、こいつは全然悪くない。

 

 「……うん。それは分かるよ。……はは、まだ知り合ってあんま時間経って無いもんね、私たち」

 「…………」

 「少しづつでもいいから、普通の友達っぽく……なってくれると、嬉しいな」

 「……ああ」


 いつでも笑みを浮かべていて、自分と卓のガキっぽさ丸出しの喧嘩も小馬鹿にしたりせず、間に入って一生懸命なだめてくれる。本当に森本は悪い奴じゃないのだ。だから……男とか女とかっていう部分を超えて、本当に親しくなる努力をしたい。その時、広樹は強く思った。


 「おっまたせ――――!!いやー、夏の中学駅伝大会の走者決めは大貧民かウノかで揉め……って、ん?」

 ノックもせずいきなりドアを開いた卓が、広樹と綾乃の顔を交互に見比べて立ち止まる。

 「……お邪魔だったか、俺?」

 「――!!!」

 卓に突っ込まれて、広樹と綾乃はようやく、今にも抱き合うのではないかという位の至近距離で身を寄せ合ったままだという事実に気付いた。顔を真っ赤にしながら、催眠が解けたように飛びのく二人。


 「ち、ちちちち、違うの卓君!!これはね、その、瀬川君のギターの弦が切れちゃって!!」

 「俺、応援するけど?そっかそっか、将来綾乃は俺の親戚になるのか、赤ん坊は俺にも抱かせて……」


 卓が最後まで言い切らないうちに、広樹は卓に向かって飛び掛かっていた。ここ最近では最速での沸点到達だ。


 「テメー!!そこの畑の肥溜めに鼻先まで埋めて、そのアホ丸出しな発言が二度と出来ねえようにしてやる!!今すぐ!!今すぐ!!」



 その教室の隣、立ち入り禁止と立て札のされた屋上へ続く階段から一人の男子生徒が降りてきたこと、そして騒ぎに目もくれず通り過ぎていったことなど、この三人は当然知るはずも無かった。


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