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第八話「ノスタルジア」

 「なんか……すごく懐かしい感じがするな。父さん、これ、俺が貰っていいの?」

 「いいの、っていうか、元々お前のものだからな」

 

 ようやく口を開いた卓の一言に、亮は笑う。

 これが卓に買い与えられたのは十年以上も前のことだ。亮と栞は比較的若いうちに結婚し長男と長女をもうけ、今より遥に貧しい暮らしの只中にいたが、それでも子供に惨めな思いはさせたくないと日夜頑張っていた。

 そんな中で栞が卓に与えたのが、この木琴のオモチャだった。


 「そりゃもう、あの頃は朝起きてから寝る時まで手放さなかったんだぞ、お前。幼稚園にも持っていくって聞かなかった位」

 「……マジか」

 「マジだ。お前は母さんから音楽の才能を受け継いでるのかもな、とそん時は思ったぜ」

 

 子供に自分の願望を押し付けるのは、エゴ以外の何物でもないと知っている。

 けれど、子供の中で眠っている才能があるなら、目覚めさせてやりたいと願うのもまた、親の性だ。


 「でも、父さんも音楽やってたんじゃないの?物置のアコギは……」

 「あーアレか?昔、母さんにいいカッコ見せたくて始めたけど挫折した。俺にはソッチ系はさっぱりだ……けど、お前は結構いい線行くと思うぜ。……お前が続けるっていうなら、応援してやるよ、卓」

 「……あ、ありがとう……」


 珍しく改まった表情で居住まいを正す卓の前に、亮はニヤニヤと笑いながら「これはオマケだ」と古ぼけたポスト形の貯金箱を取り出した。ドン、と床に置くと陶器の入れ物の中からジャラっと音がする。


 「え?父さん、これ何?」

 「これも記憶に無いか?中身は全部お前が自分で貯めた小銭だぞ」

 ………………考える事、数秒。

 「…………思い出した!草野球ばっかやってた頃、ゲームとかに金あんまり使わないから貯めてたわ!!何だよ父さん、隠してたのか!?」

 「隠してたんじゃなくて、お前が忘れてたんだっての」


 ギターの購入資金の足しにでもしろ、という言葉を添えながら、亮は卓の手に貯金箱を握らせる。

 貯金箱の事はすぐに思い出せたのに、木琴の事は結局思い出せないままなのが卓にとってはもどかしかったが、それでも、心の中に大事な何かが蘇りそうな感覚は確かにある。今はそれでいいのかもしれない。

 

 「貴方ー、卓ちゃーん、ご飯の支度が出来たわよ!」

 「あー、今行くよ母さん!」

 「栞、ドクターペッパーはちゃんと冷えてるか?あれがあると美味い飯が更に美味くなるからな!」


 階段のふもとから投げかけられる声に、父子は揃って立ち上がったのだった。




    ※    ※    ※




 抜けるような青空の広がる土曜の午後。それぞれ部活を終えた三人は駅前に集合し、再び楽器屋を訪れていた。ようやく卓のギター貯金が目標額に到達したのだ。

 ネットを使うか?足で探すか?ギリギリまで相談し合ったが、やはり最初は自分の目で現物を確かめてみたいというのが、全員の共通した想いだった。


 「俺、これがいいな!アキラがライブで使ってたのに似てるから」

 そう言いながら卓はスタンドに立てられた一本のギターに触れる。ボディは光沢のあるオレンジ寄りの赤、ピックガードは白。オーソドックスなデザインのストラトキャスターだ。


 「綾乃はやっぱりシュウイチと同じようなベースにするの?」

 「うーん、そうしたいのは山々なんだけど、シュウイチさんのってかなり特殊なデザインのだからね」


 そんな二人のやりとりを一歩引いた所から広樹は眺めていた。まったくミーハーな連中はすぐ他人に影響される。

 ポジション決めの時だって、卓は「成金天使のアキラと同じ役をやりたい」でヴォーカルとギターを、綾乃は「同じくシュウイチさんと以下略」でベースを志願するくらいだったのだから、仕方ないと言えば仕方ない。


 「私はこれかなー……何かこの栗色っぽい色合いとか、木目っぽいのがいいかも。でも、色々迷っちゃうね!」

 「おー、似合う似合う!なあなあ、広樹はどれにするんだ?」

 「俺か?俺はもう、一目見てコレだって決めてっから……」


 自信たっぷりに広樹は一本のレスポールを指差す。ペグ部分以外はほぼ濃い鼠色で塗り固められた、非常にシックな外観。派手さはゼロだが、落ち着いた風格がある。

 「……ぷっ。」

 「ななな、な、何でそこで笑うんだよお前!!」

 「いやホラ、保守的な頑固親父のお前だから、ぜってー地味なやつにするんだろうなーと思ってたからさ!予想ズバリって感じで!!ハハハハハ!!」

 「――――テメエ表出ろ!!その根性を叩きなおしてやる!!」


 店先で場外乱闘にもつれ込む卓と広樹、そして二人を必死になだめる綾乃。

 三人が本来の目的を思い出し再び店内に戻ったのは、それから十分後のことだった。 


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