第七話「予想外の贈り物」
卓が掃除の代役を買って出た第一理科室は、主に化学系の授業で使う教室だ。中には常に何かしらの薬剤の匂いがたちこめている。
「ありがとな、二人とも!でも、俺が引き受けたことだから、手伝ってもらわなくても大丈夫だったのに」
「……お前の行動が目につくから、早めに大人しくさせておこうと思っただけだ」
ふてくされながら掃き掃除をする広樹の方を苦笑混じりで見た後、教卓の雑巾がけをしていた綾乃も
「確かにここ何日かの卓君、何でも屋みたいなことやったり、自分の持ち物を売るとか声掛けてたり、目立ってたからね」
と、続ける。
両親と妹しか居ない核家族では、家の中で小銭稼ぎをするのには限界がある。
という訳で、卓は学校にまで活動範囲を広げ、一回百円で他の生徒からこまごまとした用事を請け負っていた。
さすがに勉強関係は無理だったが、荷物持ちや、このような掃除の代役などそれなりに需要はあり、卓は一日中校内を駆け回っていた。その傍らで、ゲームソフトなどの私物を買わないかと持ちかけたりもしながら。
そしてそんな卓の姿は、同じクラスの綾乃はもとより、階が違う広樹の目にも留まっていた。
「んで?どうなんだ。溜まったのか?銭は」
「んー……まだまだだなあ。ようやくほら、店の前に飾ってあったちっこいギターのオモチャが買えるくらいか?」
卓は首に掛けていたガマグチを手に取り、揺さぶってみせる。100円硬貨が豪快にジャラジャラと鳴るが、その音には、確かにギターが一本買えるほどの重厚さはまだ無い。
「店の前のギターのオモチャ?……そ、それって卓君、もしかしなくてもウクレレの事じゃ……」
「あ、そうなの?違う楽器だった?アハハそーかそーか!」
「……ったくよお、こんなおめでたい馬鹿が音楽に目覚めたのは運命の巡り合わせ〜とか言ってんだから、世の中平和だよな……オイ卓!」
広樹は、綾乃と自分の分の汚れた雑巾を手に取り、卓に押し付ける。
「掃除を手伝ってやったんだから、これはお前が洗って来い!そして早くコンピューター室に行く準備をしろ!!」
「へ?じゅんび……?こんぴゅーたーしつ?」
何で、と言いかけた卓とムスッとした広樹の間に立ち、綾乃は笑った。
「あの部屋だったらネットが見れるでしょ?私と瀬川君であれから調べたんだけど……オークションとかだと、結構お店で買うより安く買えるんだよね。掘り出し物もあるっぽいし。探してみようよ!」
「安く……」
「早く皆で、楽器を手に入れて練習できるように。ね?」
……俺のために調べてくれたんだ、広樹も綾乃も。
三人分の使用済み雑巾を抱えた卓が、無数の埃を振りまきながら二人の背中に飛びついたのはその数秒後のことだった。
※ ※ ※
(あともう少し……もうちょっと、なんだけどな)
あれから数日。広樹や綾乃の協力も得て、卓の手元にはようやくまとまった資金が形成されつつあった。
今日の成果を確認するべく、ガマグチの中身を机の上に並べ指折り数える。と、階下で父親の帰宅を告げるドアの開錠音が響いた。
「おかえりー!なあなあ父さん、今日はなんかやること無い?」
「ははは、まだギターのために小銭稼ぎしてるのか」
勢いよく飛んできた息子を見て亮は目を細める。そして数秒、玄関先で靴も脱がずに黙り込む。
「……父さん?」
「いや……卓、ちょっとお前部屋に戻ってろ。後で渡したいものがある」
いぶかしがりながらも部屋に戻って十数分後。父親は、平べったいボロボロの紙箱を持って卓の自室にあらわれた。
中に入っていたのは……子供用の木琴のオモチャ。
「え、これは……巡の?」
「お前のだよ。覚えてないか?小さな頃はよくこれで遊んでたんだぜ」
「……そうなんだ……」
ドレミの音階に合わせて塗り分けられた木片、細いバチ。全く記憶に残っていないはずなのに、触れていると懐かしく、暖かい感情が自然と湧き上がってくる。卓はしばらく、無言でその玩具と向き合っていた。