第四話「何だかんだで」
陽射しが徐々にきつさを増しつつも冷房をきかせるのにはまだ早いこの季節、学校内で快適に過ごせる所は少ない。卓と綾乃は外履きに履き替え、体育館脇の中庭へと移動していた。
木陰のベンチに卓はそのまま腰掛け、綾乃は土埃を払いながら腰掛ける。
「さっきはマジで悪かったな。全然綾乃が悪い事したわけじゃなかったのに」
「ううん!気にしてないから平気……それより、バンドに誘おうとしてくれた事、嬉しかったよ」
そこで二人同時に、屈託のない笑みを漏らす。
「でも、瀬川君の言うように、結構男子は男子、女子は女子でバンド組んでるイメージあるよ?なのに何で私?卓君なら男子の友達もいっぱい居るのに……」
卓はベンチの下で、足をぶらつかせながらしばらく考え込む仕草を見せる。
「うーん……なんつーか直感?綾乃なら絶対いけるっていう。何がいけるのかは良くわかんねーけど」
「ははは、動物の勘みたいなもの?」
「そーかも。でも、広樹を誘った理由は、自分では結構分かってるつもりなんだ」
「?従兄弟で小さい頃から付き合いがあるから、とかじゃなくて?」
「うん。それもあるけど……あいつってあの通り、結構不器用っつーか、頑固親父みたいな所があるじゃん。一度決めたらこうだ、テコでも動かねえ!的な」
「……まあ……そうかも、ね……」
殆ど会話をした事のない相手をあれこれ言うのもなんだと思ったのか、綾乃は慎重な返事をする。
「あいつのそういう所、なんかすげえ勿体無いよなって……もっと色んなこと試してみたら、もっと大きくなれるような、そんな何かがあいつのなかにある気がするんだ、なんとなく。これは身内としての直感だ」
「……だから……卓君、事あるごとに瀬川君にちょっかい出してるの?」
真っ直ぐな眼差しを向ける綾乃に、卓は口元を緩ませる。
「まあ、俺があれこれ試したいのに、あいつが居た方が色々役に立つからっていうのがいっちばんの理由なんだけどな!」
ベンチに腰掛けた体勢のまま、綾乃は派手にずっこけた。
「ち、ちょっと、もう……」
「ははは、感動的な場面ぶっ壊しちゃったか?もしかして。わりーわりー……あ、そろそろ教室に戻らないとやばい時間、か?」
二人の耳には、校舎脇の大時計が鳴らす五時間目の予鈴が届いている。横の体育館でも、授業のために集まった生徒達のざわつきが次第に大きくなってきていた。
「そうだね、戻ろうか……ねえ卓君?頼みたい事があるんだけど、いいかな?」
「ん?何だ?」
立ち上がり、スカートのプリーツを整えていた綾乃は、二、三歩先を行く卓に向かって声を掛けた。
「六時間目終わって、掃除も終わったら……私を五組の教室に連れて行ってくれないかな?」
※ ※ ※
女は昔から苦手だ。寄せ集まれば集まるほどにお喋りがヒートアップし、しかもその話題は何処へ向かうとも知れず、脈絡ゼロと来たもんだ。決して嫌いな訳ではない……苦手なだけだ。
「あの、初めまして。私……二組の森本綾乃って言います」
「……瀬川広樹です」
無意識の内に汗ばむ拳を握り締めながら、広樹は五組の前の廊下で綾乃と向かい合う。卓は一歩引いた位置から二人の動向を見つめていた。
「瀬川君って、卓君の従兄弟なんだってね。卓君から聞いたよ」
「まあ……一応な……」
「それで……えっと、卓君と一緒に、バンド組むんだって?」
「俺は認めてねえけどな」
その言葉が不満だったのか、割り込もうとする卓に、綾乃はお願いだから私に話をさせて?と笑顔で断りを入れる。おお、引き下がった。なかなか上手にこいつを躾けているじゃないか……広樹は変な所で感心する。
「卓君って、いつも私の思いも付かなかったような事やって驚かせてくれるから、凄いなっていつも感心してるんだ。だから、さっき卓君に音楽一緒にやろうって誘われたときも、すごいワクワクした。瀬川君には、卓君と一緒に居て、そういうの……無い?」
「…………」
「私は、卓君とバンドを組んでみたい。瀬川君も……もしよければ、仲間になりませんか?」
従兄弟であるという免罪符をタテに、こっちの勝手なんて知ったこっちゃないってくらい奔放に、こちらを振り回すような奴。だから、本当は認めたくはない。けれど……
「俺は基本的には認めねえぞ……」
「……瀬川君」
「……けど、人手がどうしても足りねえっつってんなら、仕方ねえから付き合ってやらない事も無い」
ぶっきらぼうな広樹のつぶやきに、卓と綾乃の顔が同時にほころんでいく。
……こうやって、振り回されているはずの時間の中で確かに、「心から楽しい」と思える瞬間が、時折存在しているののもまた、本当の事なのだ。