第二話「真夜中の進入」
「俺は○○に目覚めた!」
何につけても影響されやすい奴の、この一言が発端となって、今までどれだけの被害をこちらがこうむってきたか……自宅の扉、窓、あらゆる場所の鍵が閉まっている事を確認すると、広樹は溜息をついた。
どんぐり拾いに目覚めた五歳の頃は、虫食いの実を空き箱に詰め、家の中に放置しておいて白虫大発生。
牛乳パック葉書作りに目覚めた八歳の頃は、不器用ゆえにパルプくずをこの家の下水に詰まらせ逆流騒ぎ。
草野球に目覚めた十歳の頃は、さながら漫画のように、近所でも有名な頑固親父の大切にしていた盆栽に軟球がクリーンヒット。
峠の走り屋の漫画で公道最速に目覚めた十二歳の頃は、当然車の免許なんて持っていないので自転車で坂道を猛スピードで下り、ハンドル操作を誤って宙にダイブ、血まみれ。
その他、思い出すのも欝になる被害もろもろ。
中学に入り、それぞれの交友関係やテリトリーが出来上がってきて、小学生の頃のような無茶苦茶の回数も(割と)減り、ようやく平穏な日々を過ごせるようになってきたのだ……
今の暮らしをおびやかされてたまるものか!俺はもう、てめえの面倒なんて見ないからな!!
「ひーいいいろぉぉぉきぃぃぃぃー!」
ほどなくして、ドアの向こう側からチャイム音と共に声が響く。ついにというかやっぱりというか、「奴」はこの瀬川家に襲来した。広樹は身構える。
「帰れ!どうせまた『俺は音楽に目覚めた!』とか言い出すつもりだろ!!」
「あれ?言って無いのになんで分かった?さっすが俺のイトコ!いやさ、さっき見た『成金天使』のライブ映像がまじかっけーのなんの……」
「褒められてもちっとも嬉しくねえ!とりあえず帰れ!俺ぁてめえに付き合っていられるほど暇じゃねえんだよ!ぶぶ漬け食って帰れ!!」
ドア越しにそんな応酬を繰り返していると、広樹の弟・智也と進吾が、居間の出入り口のドアから心配そうに顔を覗かせる。
「にーちゃん、身内にその仕打ちはあんまりじゃないの……?」
「身内だからこれくらい容赦なくてもいいんだよ!」
広樹と卓は同い年同士で気心が知れている反面、近親憎悪に近いものを(広樹が一方的に)いだいている部分もある。が、智也と進吾にそんな感情は無い。歳が離れているのもあってか、純粋に卓の事をもうひとりの兄のように慕っている。
そんな弟達の前でこんな真似をするのも気がひけないわけではないが、自分の身の安全と平和のためには仕方が無い。
数分粘った後、「しゃーねーか……出直してくるわ!」とからっとした口調で言い残し、卓は去っていった。ひとまず嵐は去った……広樹は安堵の長い溜息を漏らし、大声を張り上げて乾いてしまった喉を潤そうと台所へと向かう。
俺だって部活だ、塾だと何だかんだで忙しいんだよ。もう小学生の頃みたく、お前の遊びに全面的に付き合ってられるほど暇じゃないんだ。
ましてバンド?んな来年の受験期にはころっと忘れられていそうなブーム、乗っかるだけ時間の無駄だ、無駄!
コーラのボトルをグラスに注いで、飲み干す。炭酸と冷たさが昂ぶっていた感情を鎮めてくれる。つい、独り言が口から漏れた。
「……卓の奴も、コーラで落ち着かせる事が出来りゃ便利なんだけどな」
「え?何?コーラくれるの?じゃあ上にアイス乗っけてコーラフロートにしてくんない?」
へ?
……げ。
「お……お、おおおま、おおおお、お前!!どっから入ってきた!!」
てっきり追い払ったものと思っていた人物がよりによって自分の真後ろに突っ立っていた。広樹は腰を抜かしそうになる。
どこかに施錠の不手際でもあったのか!?……慌てて目線をあちこちにやると、ドアの所で、こちらの顔色を伺いながら申し訳なさそうに口元に笑みを浮かべている、二人の弟達の姿が目に入る。
その腕に抱えられていたのは……家には無い、が、卓が買ったと言っていた新作のゲームソフト。
――――買収されたな、お前ら。
「なあ広樹!俺は音楽に目覚めた!!バンドやろうぜ!!バンド!!」
相手が絶望の真っ只中に居ることなど気付きもせず、卓は自宅の物置から引きずり出してきた弦の錆びたアコースティックギターのネックを、無理矢理その手に握らせたのだった。