グリモア・ナンバー・ファイブ―代行者名簿―
ガベージ襲撃の後、冒険者の酒場では襲来したガベージの死体を持ち帰ってお祭り騒ぎをしていた。
実際これは祭りであり解体祭と名前がつけられている。俺が魔物と同一視していたガベージは、まるで作物かなんかのような扱いだ。
参加したいのは山々であるが、今はそれ以上に興味を惹かれることがあって俺は襲撃戦のとき魔法を放った少女のところへ来た。眠そうな目が特徴の金色の髪のショートカットの髪のエルフ耳な少女。
「聞きたいことがあるんだが……。」
「“何……?”」
うん、思った通りのクーデレボイス。だが、なんだが最初からデレ成分が多いように感じる。声色のせいだ、多分そうだ。
「魔法ってどうやって使うんだ?」
「“ついてきて……。”」
「どこ行くんだ?」
「“魔法を使えるところ?”」
この手の性格の持ち主は話を飛ばすことがある。少し、焦ったが予想通りだ。
「わかった。ついていく。」
言われた通りに訪れた場所は冒険者の酒場、その庭のような場所だった。
なんの前触れもなく、少女は魔法を唱え始める。
「“顕現せよ、大いなる城塞。隔て、別ち、理を糾弾す。刻三つ、印七つ、願うは破壊の隔絶。福音、第八章インスタンス・アナザー・ディメンション!”」
少女が唱え終わるとその庭を囲う薄いシャボン膜のようなものが現れる。
「これは?」
「“アルコシュの福音書の魔法。ここは、もともといたところのコピー……壊れても大丈夫……。”」
この魔女っ子、さらっと恐ろしいこと言った。
「“魔法の説明を始める。良い?”」
「もちろんだ。こっちが頼んだんだし、すごく興味がある。」
「“わかった。”」
そう言うと少女は六冊の本を取り出した。どれも、魔法書と書かれている。
「“魔法書第一番から五番と、あと福音書。一番から、四番は戦うには役に立たない。生活の便利魔法……。福音書は、回復、防御魔法ばっかり。だから、五番を使う。”」
それぞれの魔法書についての解説を受けたが大体はこんな感じだ。
魔法書第一番「空の書」
飛ぶための簡単な魔法が冒頭に書いてあり、それ以降は妄言の羅列。
魔法書第二番「守りの書」
回復、防御魔法が書いてある。現在使われることはなくこの本を買うくらいなら福音書を買ったほうがいい。
魔法書第三番「諍いの書」
戦闘に使えそうなタイトルなのに殺傷能力がほとんど無い魔法が書かれている。一応攻撃にも使えないわけではない。ただ、効果は期待できない。途中からやはり妄言。
魔法書第四番「心の書」
怒りをなだめたり、嘘をつきたくない気持ちにさせたりする魔法が記載されている。喧嘩の仲裁にもってこい。冒頭以外妄言。
魔法書第五番「代行者名簿」
この世界のオーソドックスな魔法書。魔法初心者はこれを肌身離さず持つ。魔法を代わりに、行使してくれる精霊を呼び出す魔法陣か書かれている。とりあえず、魔力を通すだけでいい。
福音
アルコシュが作った魔法書。回復や防御で困ったら大体これが何とかしてくれる。
というのが彼女の話だった。
「“ここまで分かった?”」
少女が小首をかしげて訪ねてくる。正直可愛らしい。
「分かった。つまり第五番を使うのか?」
「“理解が早い、えらい!”」
この少女、褒めて伸ばすタイプだ。なんというご褒美。
「“これ、私はもういらないからあげる。銀貨一枚、超お得!”」
「あぁ、そういえば一文無しだわ……。」
「“出世払いも可能。超お得!”」
超お得を連呼されるとなんだか騙されている気になってくる。他の人の意見も聞けたら良かったのだが。しかし、少女の表情を見る限り邪悪なものは感じない……こともないが、この世界で本は大体銀貨五十枚ほど。それは、グジャランドに剣を折ったことを謝ったら始まった本が高いという愚痴から始まった話で知っている。にも関わらず、この世界で本を持っている人間は多い。豊かだからだろうか……。
蛇足ではあるが銀貨百枚で金貨一枚。本はハーフ金貨の異名を持つ。
「買った!」
「“ん! じゃあ本に手をおいて魔力を流す。”“わかりにくいけど、自分の内側の流れを全部この本に向ける感じ。”“邪悪な考えを持ってると爆発する。気をつける!”」
「え?爆発!?」
「“間違えた、大・爆・発!”」
魔法の話を聞く限り安全そうなのに隔離した理由がわかった。
「“何故か死者は出ない。安心……!”」
セールストークみたいなのに感情がこもっていなくて違和感を覚える。
「大丈夫なのか?」
「“大丈夫、痛いのはちょっとだけ。ただし……、周りは超壊れる。超迷惑……。でも、隔離したから超安心。”」
この子は超を超多用することがわかった。
「まぁ、大丈夫そうだな。やってみる。」
「“サポートする。”」
なんだかんだこの少女はすごく親切である。しかし、まだ名前を教えてもらっていないことが若干ながら寂しくもある。自分が名乗れないから、催促するわけにも行かず少しもやもやした気分になる。
「自分の中の流れを……。」
「“心臓を中心に流れてる、血の流れと似てる。”」
「よくわからないな……。」
「“大丈夫、私の声を信じて。心臓の奥深く、真っ赤な海の底、暗い暗い、水の底”」
意識が、ゆっくりゆっくりと変質していくのを感じる。
「なんだか、少し怖い。」
「“怖くない、となりに私がいる。”」
なんだかものすごく、心強く感じる。
少女が、ポツリとつぶやく。
「“第四番、第一章ハーモニクス。”」
一気に、自分の心臓の中のもっと深い場所に意識が移る感覚を覚え何かを掴んだ。
『“引き抜いて……。”』
何度も反響する少女の声に、無意識に従い掴んだ感覚を引き抜いて。次の瞬間、意識が覚醒するような感覚を覚える。
「“すごい……。”」
目を開くとそこには三体の精霊がいた。一体は、戦闘のさなか少女が呼び出した紅蓮の精霊だった。
「成功?」
「“うん、大成功! 吸血鬼は才能の塊。」
抑揚のない声に明らかな興奮の色が滲んでいる。
「三体も出るものなのか?」
「“私の三倍の魔力があれば可能。”」
「へー?」
「“とてもすごい。アルコシュの生まれ変わり?”」
「いや、言い過ぎじゃないか?」
「“私も昔は天才と言われていた。自信なくした……。”」
「もしかしてお前ってすごい魔術師?」
「“大賢者アーサー・ペンドラゴン。魔術師ギルドの筆頭魔術師です。”」
少女改め、アーサーが軽く胸を張り直後にがっくりとうなだれる。なんだか、この世界に来てからすごい人としか話してない気がする。グジャランドは冒険者ギルドのギルマスで、プルルは最強のスライムでアーサーは筆頭魔術師。頭が痛くなってくる。しかし、なにかがおかしい。
「ちょっとまった。ツッコミどころが多すぎる。」
「“ひとつづつ聞く。”」
焦っても仕方ない。指示通りにしよう。
「魔術師ギルドの筆頭の三倍?」
「“三倍以上、魔力量世界一!”」
「へ!? 俺が? なんで?」
「“私が聞きたい。”」
「は、まぁ置いといて。アーサーって?」
「“私の名前。”」
「女の子だよね?」
「“失礼だと思う。”」
「ごめんなさい。」
「“分かればいい。”」
「偉い人?」
「“すごく!”」
「“あの、そろそろ会話に混ぜてもらってもよろしいでしょうか?”」
戦闘中アーサーが呼んでいた精霊が申し訳なさそうに話しかけてきた。精霊たちをほったらかしにして悪いことをしてしまった。
アーサーの性別は……んふふふふ。
魔法が大好きなもので長くなりましたが次回に続きます。
次回
ナニが何してどうにかなってしまい。【禁則事項】を行うことになった主人公。
無事【削除済み】することができるのか?
【編集されました】とは?
【あなたのセキュリティクリアランスには公開されていません】の謎に迫る。