第一話:パライソ―楽園―
シャングリラ、その名前のとおりまるで楽園のような場所だ。街の中央にある舞台の上では美しい少女が歌い踊り、空を螺旋を描いて流れる水がまるで水路のように民家に水を供給している。絶えず、七色の虹が空を彩りまるで風の歌のような小鳥たちのさえずりが静寂を埋める。虚像でも、幻覚でもない本当の楽園が眼前に広がっていた。
街ゆく人々の顔には大輪の笑顔が咲、豊かさを象徴しているようだ。
しかし、その中にひとつだけ驚きの色をにじませる顔があった。
「“急に現れた!!??”」
その声に反応するかのように周りの視線が一気に俺に注がれる。
「“お、おい!” “大丈夫かあんだ、”“転送事故か?”」
その声は俺を心配しているようなゆらぎを含んでいた。
「大丈夫だ、ありがとう。ところでここは、どこなんだ?」
まずは現状確認だ。そう思い、俺は声をかけてくれた気の良さそうな中年の男に尋ねる。
「“ここは、パライソって街だ。”“あんた、見たところ吸血鬼か?”」
男に尋ねられて、自分の状況を確認する。吸血鬼といえば、牙や羽の印象がある。確認してみると、自分にそれが生えているのだ。
「なんてことだ、俺は……。俺が吸血鬼!?」
「“かわいそうに、”“事故の影響でまだ混乱してやがんだな?”」
男はさも当然のように俺の背中をさする。禍々しい吸血鬼の翼が生えた背中をだ。
「怖くないのか? 俺は吸血鬼だぞ!!」
「“怖がらせたいなら脅しの一つでもしてみろ!”」
「へ? だって、吸血鬼だぞ? 魔族だぞ!」
「“だいぶ参っちまってんだな?”“はぁ、とりあえず奢るってやるから飲んで忘れろ!”」
「え? あ、あの……俺、吸血鬼……ですよね?」
「“あん? だからどうしたってんだ?”」
「いえ、俺の故郷では吸血鬼が怖がられていたもんで……。」
「“だっはっは、”“なら飛ばされて良かったじゃねーか! ”“でも、どうせ文無しだろ?”」
一つわかったことがある。この世界では、吸血鬼が怖がられることはない。その証拠が聞こえてきてしまったのだ。
『“パライソ吸血鬼協会です!”“献血、お願いします。”“あなたの血を買取ります!”』
夜を統べる魔物の王がこんなところで白昼堂々、赤い十字の看板を持って献血をお願いしているのだ。怖がられるわけがない。正直、物語の中の魔王候補な種族がこんなことしている姿なんか見たくもなかった。
「あの、吸血鬼ってどういう印象ですか?」
「“決まってんだろ、イカした羽はやした血に詳しい変わった奴らだ!”」
「なんか、その。すみません……。」
「“あん? あんでお前が謝ってんだよ?”“イカした羽生やしてんだ、ロックにビシッと決めやがれ!”」
なんとなくわかった、この男吸血鬼の羽が欲しいのだ。イカしたはねを連呼するくらいに憧れているのだ。吸血鬼って、血を吸う悪魔だよな……。
「“ほれ、着いたぞ”“冒険者の酒場、って名前のこの街で一番うまい酒場だ!”」
「変わった名前ですね……?」
「“だろ? 俺が付けたんだ!”」
普通怒るところだと思う。そして、まさかの……である……。
「もしかして……。ギルドマスターですか?」
「“珍妙な言い方だが、おうともよ!”“俺こそ、ガベージコレクターギルドのギルドマスター!”“グジャランド”“様だ!”」
なんというか、色々と濃ゆい人だ。しかし、気がいいのは間違いなさそうだ。
扉を開け、冒険者の酒場に入ると中には妙に露出の高い巨乳のバーテンダー。リアリティが半端でないケモ耳を生やした受付さん。それから、カウンターテーブルでウィスキーを煽る半透明でぷるぷるした可愛らしいあんちくしょう。もちろん、普通の人間までもいる。そして、従業員側と思われる人間と魔族っぽいおねいさん方が口を揃えて言う。
「「「“お帰りなさい、チーフコレクター!”」」」
この世界に魔族なんてなかった。吸血鬼も、サキュバスっぽい人たちも、それからケモ耳っ子までこの世界においては良き隣人だ。楽園は、ここにあったのだ。
「“おい、吸血鬼! ”“鼻の下、伸びてんぞ”」
「これは失敬……。」
「“ま、うちのバーテンは上玉ばかりだからな! ぬっはっは!”」
この世界で初めてであった人がこんなにも濃ゆい。朝から、にんにく、背脂マシマシのとんこつラーメンを食べた気分だ。
「“あらあら、お疲れのようね。 なにか飲みたいものはあるかしら?”」
甘ったるい、非常に甘ったるい。流石サキュバスのおねいさんの声だ。なんというか、男の欲望を直接撫で回すようなそんな声だ。
「じゃあ、ビールでも。」
俺がそれを言った瞬間、何言ってるんだコイツという目線をグジャランドから向けられた。
「“血ぃ飲めよ! お前吸血鬼だろ!?”“おい、この吸血鬼に処女のサキュバスの血出してやれ!”」
「“この吸血鬼が気に入ったか? チーフさんよ!”」
低い、スライムくせに声がとても低い。そしてダンディだ。次の瞬間、俺は目を疑った。スライムが、葉巻を取り出して火をつけたのだ。
「“おう、お前プルルか!?”」
「“気付かなかったのか?”」
こんな大人に俺もなりたい。スライムだけど。
「“どうにもスライムはみんな同じに見えてな。性格が見分けるしかないんだわ。”」
「“違いない、俺にも同じに見えるさ。だが、覚えてもらえるだけありがたい。”」
スライムのくせにと叫びたくなる。
「“改めて、自己紹介をしよう。俺はプルル、ガベージコレクターだ。そして、相棒のアミだ。”」
「あ、はいよろしくお願いします。俺は……。」
名前が思い出せなかった。
「“コイツ、転送事故で混乱してんだ。勘弁してやってくれ”」
「“悪いことをしたな、吸血鬼。”“グジャランドが頼んだ血は俺につけてくれ。侘びだ。”」
金もあって、男前でダンディで。プルルは、人型だったら多分超モテる。
「“あら、さすがプルルね。惚れ直すわ。”」
サキュバスのおねいさんがわずかに頬を赤らめていた。前言撤回である、コイツサキュバスすら魅了する猛者だ。
「“俺みたいな男はやめときな。寂しがらせない、自信がないからな。”」
多分、こいつはスライムくせに俺がであってきた中で最強のイケメンである。
「“自覚ないの? そういうところが、素敵なのよ。”」
やばい、さすがサキュバス。色気が半端じゃない。
「“酔いが回ったみてぇだ。俺を口説くとびきりの女がみえやがる。”」
「“あら、私は本気よ?”」
「“そいつは、嬉しいね。今日は随分といい酒が飲めたみてぇだ。また来るさ。”」
そう言って、プルルは明らかに過剰な金をおいて足早に去っていった。罪な男である、サキュバスのおねいさい顔真っ赤になってる。
「“ちょっと、処女の血早く取りに来てくんない!?”」
そう言いながら、出てきたのは闇の色を映し出したような深い紺の長い髪を持つ吸血鬼の女だった。初めて、らしい同族に出会えた。
「“プルル、今日も来てたのね? ”“でも、お客さん口説いちゃダメよ。”」
「“はーい。”“……もぅ、つれないんだから。”」
吸血鬼の女はサキュバスを軽く諌めたあと俺に真っ赤な液体が注がれたグラスを渡してきた。
その液体は、驚く程に芳しく思わず喉が鳴る。
「“こいつ、血を飲むのも初めてだってよ!” “お前の同族だよ。”」
「“あら、グジャランド。じゃあ、たっぷり血の味を教えてあげなきゃね?”」
全体的にとてもエロイ。冒険者の酒場の女性職員はむちゃくちゃエロイ。
「“さ、怖がることはないのよ。とっても、気持ちのいいことなの”」
別の意味で喉が鳴る。
「い、いただきます。」
俺は、この欲求に打ち勝つことができなかった。こらえ性のないことだと情けなく思う。だって、仕方がないじゃないか。こんなにも……美味しいのだから。
「ぷはぁ……。」
あまりの旨さに俺はそれを一息に飲み干してしまった。もっと欲しい、体のそこからそんな欲求が高まってくるのを感じる。
「“お、いい飲みっぷりだな。もういっちょ行くか?”
それにしても、グジャランドは太っ腹すぎる。こんなに旨いものならいくらするのか想像もつかない。
もういっぱい、たのもうとしたとき急に警報の音が鳴りびく。この音だけは、どこの世界でも同じなのだ。
「“ちっ、たく、こりねぇなあいつら! ”“退治するぞ、お前も来い!”」
「魔物ですか?」
「“また珍妙な言い方しやがって! ”“ガベージだよガベージ、そんなに強くねぇから安心してついてきやがれ!”」
そう言われてわけもわからないまま俺は、グジャランドに手を引かれていった。
しばらく主人公の中の異世界イメージと実際の異世界の摩擦がコメディを巻き起こします。(のつもりです)