咲山先輩
ある高校の吹奏楽部に所属する少年の短いエピソードを短編にして綴りました。
とりあえずこれが第一弾です。いきなり悲しいお話になってしまいましたが、もともとは長編の一部の挿入話にしようと思っていたものなので…。
物書き初心者なので、読みぐるしいところはご了承ください…。
中学校の頃に吹奏楽部に入ったのは、小学校からの数少ない親友「結城 涼」の誘いからだった。初めは音楽になんかまったく興味が無かったから入部を断り続けてきたが、涼の名前に反する熱い誘いに根負けして入部することにした。そこで出会ったのが「トランペット」だった。
なんだよ、めちゃめちゃカッコいいじゃねぇか。
吹奏楽にこんなカッコいい楽器あったんだ。
俺はすぐさまその魅力に憑りつかれた。高らかな金色の音色、吹奏楽の中での絶対王者、その音色はどこまでも爽やかに響き渡る。時には溌剌と叫び、時には激しく吠え、時には物悲しく、美しく歌う。そんなトランペットが俺は大好きになった。
そんな俺のトランペット中毒には他にも理由がある。俺が中学一年の時に初めて教えてくれた「咲山 美優」先輩。その時中学三年だった。とても優しくて、とても上手で、とてもカッコよくて、とても可愛い先輩。とにかく憧れて、尊敬して、ある意味惚れていたかもしれない。先輩自身にも先輩のトランペットの音にも。そんな先輩に彼氏がいるって知ったときにはショックを受けて、涼に少しからかわれながら励まされた。
そして初めて聞いた曲、スウェアリンジェン作曲「コヴィントン広場」。最初の方にあるトランペットのソロに惹かれた。なんともわくわくするような溌剌とした旋律が大好きだった。歯切れのよいザ、トランペットって感じの旋律。その後の穏やかなメロディーも大好きだった。温かみと深みを初心者ながらにも、初心者らしく感じていた。何よりそれを吹いていたのが咲山先輩である影響力はなかなかのものだった。今考えてみれば、そんな大して難易度の高い大曲でもなく、他にもこれよりもド派手でカッコいい曲はあるのだが、周りの二年生の先輩が作曲者であるスウェアリンジェンのことを馬鹿にしても、俺は必死に抵抗した記憶がある。
そんな先輩の彼氏がある日突然交通事故で亡くなったって聞いた時は俺もショックだった。並んで歩いていたとき、信号を無視して突っ込んでくるトラックから咲山先輩を身を挺して守ったという。先輩はほんの軽傷で済んだが、彼氏の方は救急車が到着した時には意識もなく、全身の骨が粉々に砕けており、内出血もひどく、病院に着いてすぐに死亡が確認されたという。俺は葬儀に参列したものの、先輩にどう言葉をかければよいのかわからなかった。先輩はただ俺を見つけると微笑んで「来てくれてありがと。」って言っただけだった。その眼に例えようのない悲しげな色が現れていたのを俺は見過ごさなかった。俺は本当に悲しくなって、そんな先輩の悲しい顔を見たくなくなった。
それから先輩はあまり部活に来なくなった。ただ時々学校の帰り道に河原で一人で吹いているのを見たことがある。初めは見かけても何も言わなかったが、次第に俺はその音に惹きつけられる様に見入っていた。ある日先輩は俺に気付いて、微笑んだ。その微笑みはあの日の微笑みと同じだった。先輩は俺を手招いた。俺は自転車から降りて、緊張しながら先輩の方へと向かった。
「よくここで吹くんですか?」
「うん、なんか、落ち着けるから。」
そんな簡単な会話しかしなかった。その日以来俺は毎日のように河原に行くようになった。そこにはいつも先輩がいた。次第にその微笑みが明るくなっていくように俺は思っていた。
「先輩がいつも吹いてる曲、何ていうんですか?」
「デュリュフレのレクイエムの第九曲『楽園へ』。…きれいな曲でしょ?」
「…はい。」
美しく、物悲し気で、その旋律は天にも届きそうな旋律だった。
『レクイエム』、鎮魂曲。亡くなった彼氏のことを想って毎日ここで天に祈りを届けていたのだ。それに気づいた俺はある日先輩に聞いた。
「…俺邪魔でしたか…?」
「そんなことないよ。…私、他の人と話さないと明るくなれないから、毎日来てこうやって話せるの、結構楽しみにしてるんだよ?」
「そうですか…ちょっと安心しました。」
なんで部活に来ないのかなんてことはとても聞けなかった。そんなのわかっている。来れるわけない。もし自分が同じ目に遭えば、それまでと同様に、同じ笑顔を振りまいてこれまで通り「自分のため」に楽器が吹けるだろうか。きっと先輩の彼氏も同じように何かに打ち込んでいたのかもしれない。しかしだからと言って、自分が彼の分も頑張らなきゃ、と思って素直にすぐ立ち直れるだろうか。俺なら無理だ。まず心に浮かんでしまうのは「贖罪」の気持ちだろう。自分の命のために、隣にいた誰よりも大事な人はその命を、まだ未来のあったその命を擲ってしまったのである。それに対して何より罪悪感を感じてしまうのは避けられないだろう。自分が「生きてしまっている」ことに例えようのない感情を、複雑な感情を抱いてしまうのである。その感情は静かに、内側から先輩を刺し続けるのだ。俺にはそれに必死に耐える先輩の姿が少しばかり見えていた気がした。だが…。
ある日先輩は河原に来なくなった。その日を境に先輩を学校で見かけることもなくなった。
その後先輩がどうなったのかは知らない。ただ、不吉なことを聞いたのは覚えている。
後を追ったと聞いた。俺の中にぽっかりと大きな穴が開いた。
先輩の微笑みは決して明るくなどなっていなかったのだ。
俺はそれを知った日、一人で河原に行って「レクイエム」を吹いた。先輩みたいに美しい音じゃなかったけど。まるで天には届きそうもなかったけど。日が沈むまでずっと吹いた。
俺は先輩の心の支えになんかなれてなかったんだ。そうじゃなきゃ…先輩は…。
俺は泣いた。泣き喚いた。俺は先輩のためにもっとうまくなりたいと思った。死ぬほど練習しようと思った。だって死ぬほど練習したって死なないし、先輩のもとに「いける」わけでもないから。先輩が嘗て見た夢を、先輩が叶えられなかった「金色の音」を俺が叶えなければならないと思った。それこそある意味での「贖罪」の感情だった。
今回の短編に出てきた曲のリンクです。作者自身もすごく好きな曲を取り上げてみたので、良かったら聞いてみてください。
【コヴィントン広場】…https://www.youtube.com/watch?v=5FW-y2WlJAI
【デュリュフリェ レクイエム第9曲「楽園へ」】…https://www.youtube.com/watch?v=FTYLwp4gu8w
このレクイエム…トランペットで吹くの本当に難しいですwww
よかったらトライしてみてください。