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お喋りバードは自由に生きたい  作者: Mikura
伝説の不死鳥

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95.勇者と不死鳥伝説



 魔王領地を旅したのは一週間程度の短い期間だったが、人間の目がない場所であったこともあり、アロイスもセイリアも随分と羽を伸ばすことができた。

 勇者としての立ち振る舞いを求められることもなく、魔物が人間のフリをする必要もない区域。そこを統治している相手は気に食わないが、また訪れたいと考えてしまう程には良い時間を過ごせた、とアロイスは思っている。肩の上で歌い囀り、踊るように体を揺らしていた親友も勿論楽しんでいたのだろう。非常に残念そうな雰囲気を漂わせながら人間の姿に変化していた。



「ねぇアロイス、どうやって帰るの?」



 眼前に広がる大海原を見たセイリアが、見えない対岸を見るように目を凝らしつつ尋ねてきた。スティーブレン国と魔王領地は水で完全に隔たれているので、行き来する方法は限られている。今回は特殊な方法で大陸を渡ったが、通常は船を使うものだ。



「普通なら船を呼ぶ」


「……それって呼んでからここまで来るのに時間かかる?」


「ああ、一日は掛かるな」


「えー……結構待つんだね」



 船を呼ぶために使うのは救難信号を送る魔術具だ。危険な生活に身を置く勇者として、アロイスは必ず一つ携帯している。それを取り出そうと鞄に手を伸ばす前に、セイリアが良いことを思いついたという明るい顔で手を叩いた。



「私が不死鳥になってアロイス乗っけて飛べば早いんじゃない?待たなくていいよ!」



 この親友にキラキラと輝くような顔で言われてしまうと、それを否定するのはアロイスにとって中々心苦しい事だ。どんなに向こう見ずな発案でも、一度はそれを実行するメリットとデメリットを考えてみる。

 不死鳥であるセイリアが目撃される可能性。見られた場合の事後処理の仕方。アロイスとセイリアが共に旅をする際に及ぶ影響の大きさ。様々なことを考慮して答えを出す。



「……悪くはないが、君が少々面倒なことをしなくてはいけない」


「え?何するの?」


「人に見られても誤魔化せるように、大きな幻覚の魔法を使うことになるな。魔力の消費もかなりのものだと思うが」



 まず、アロイスと共に不死鳥の背に乗るセイリアを幻で作る。その後、幻の範囲を広げ、幻と本物のセイリアが入れ替わり、幻の不死鳥を魔王領に向けて飛び立たせることができれば不可能ではない。そのように説明をすればセイリアは嬉しそうに頷いた。



「それぐらい大丈夫。やろう!」



 ここで大丈夫と言えてしまうセイリアが規格外なのだが、当の本人は通常なら取れる手段でないことに気づいていない様子だ。そして、機嫌よく鼻歌を歌いながら早速服を脱ぎ始めた。体を反転することで視線を外したアロイスは小さくため息を吐いた。

 セイリアに恥じらいや羞恥心がない訳ではないが、元人間だという割にその感覚は人間から離れつつある。鳥の魔物としての生活がすっかり板について、人間の感覚を持つアロイスが振り回されてしまうことも多い。人の形を模っているのに、異性であるアロイスの前で平然と服を脱ぎ始めるのがいい例だ。



「あれ?アロイス何でそっち向いて……あ、ごめん!」



 青く輝く巨大な不死鳥の姿となったセイリアが、長い首を傾げた後にハッと気づいた様子で頭を下げた。勢いよく下げられたためかくちばしが軽く地面をえぐり、なんともいえない空気が流れる。



「……分かってくれたならいい」



 そう言いつつも、すでに半分は諦め掛けているアロイスである。しかし、そういうセイリアと共に過ごすことを楽しんでいるのもまた事実。可笑しなことをしでかさない彼女の方が心配になるというものだ。



「それじゃ、行こう!」


「頼むぞ、セイリア」



 身を屈めたセイリアの背に飛び乗り、体を安定させる。翼を大きく広げ、セイリアが地面を蹴った。あっという間に地上は遠くなっていく。アロイスは風の抵抗を減らすために体を伏せ、親友に己の身を預けた。



―――――――



 その日、スティーブレンに一つの噂話が流れた。魔王を退治するため旅だった勇者が、青く輝く大きな鳥に乗って帰ってきたのだ。それは魔王領地に生息していた伝説級の魔物である不死鳥で、勇者アロイスを気に入ったらしく手を貸してくれたのだ、という。アロイスを送り届けた不死鳥は、美しい声で鳴いた後魔王領地に向かって飛び去り、その姿を数人の冒険者が目撃し、噂は一晩のうちにスティーブレンの大地を駆け巡った。


 アロイスとセイリアが王都に到着する頃には話が既に王城内部にまで伝わっており、屈託ない笑顔で己の従者から褒め言葉と共に噂の内容を伝えられ、アロイスはなんともいえない気分になった。もちろん、張本人(鳥)であるセイリアも曖昧な笑みを浮かべている。

 そのような挨拶代わりの雑談はそこそこに、アロイスは直ぐ国王に謁見するための支度を始めた。



「国王がアロイス様をお待ちです」


「ああ、分かっている」



 今か今かとアロイスの報告を待っているだろうオクタヴィアンのことを考えれば、あまり悠長にもしていられない。着替えを手伝うヒースクリフの手もどこか急いでいる。素早く着替えを済ませ、身なりを正し終え、休む間もなく部屋を出る。



「……では、行って来る」


「いってらっしゃい。大人しくしてるね!」



 セイリアの明るい声と笑顔で見送られると、アロイスは少しだけ肩の力が抜ける。オクタヴィアンと対面するのはアロイスにとって精神的負荷のかかる出来事だ。悪気のない、善意の笑顔を向けられる度に言いようのない感情が胸に渦巻き、表情を消すよう意識しなければ鋭い目を向けてしまいそうになる。

 謁見の間の扉を前にして、一度深く呼吸をする。気を静め、落ち着き、決意をしてようやく一歩踏み出す。胸を張り真っ直ぐ歩き、己を不安と期待の入り混じった目で見つめているオクタヴィアンの前で膝をついた。



「良くぞ戻った、アロイス。早い帰還に驚いたが……」



 オクタヴィアンの考えはその表情から簡単に読み取れた。短期間で魔王の説得ができたかどうかが心配で、アロイスから早く報告を聞きたいのだ。大事な愛娘の身の危険に関する問題だと本人は思っているのだから、それは仕方のないことだろう。



「穏便に話し合いは済みました。魔王が姫を求めることは、今後ありません」


「……そうか」



 ほっと息を吐きつつも、どこか不安を残した表情のオクタヴィアン。アロイスの言葉でひとまずは安心したが、しかし物的証拠がないために本当に大丈夫なのかと疑う部分があるらしい。愛娘の身の安全が掛かっているのだから、心配してやまない気持ちは理解できる。



「後日、魔王からもその旨を記した書状が届くでしょう。ご安心ください」



 魔王と酒を酌み交わした夜。アロイスはラーファエルから妙な勘違いをされたままでは癪なので、人間の小娘など要らないという内容の書状を送ると言われている。恐らく近いうちに王女を求めることを否定した文書が届くはずだ。それを見れば、オクタヴィアンも本当に安心するだろう。



「おお、そうなのか。よくやってくれた、アロイス」



 後で物的証拠もやってくると聞いたオクタヴィアンは、今度こそ晴れやかな表情になった。そうして穏やかな、好意的な笑みを浮かべてじっとアロイスを見る。言い知れぬ不安が湧き起こる、温かな眼差しだった。



「アロイス、二人で話したいことがある。庭園まで少々付き合ってくれるか」


「……はい。お供いたします」



 供を連れることなく、オクタヴィアンとアロイスは二人で謁見の間を後にした。他の誰も連れていないということは、誰にも聞かれずにこっそりと話しておきたいことがある、ということだ。非公式な会談であり、今から聞かされることは誰に打ち明けることも許されない。

 庭園の奥まった場所にある生垣の迷路を進み、辿り着いた広場に席が二つだけ用意されている。向かい合うようにそれぞれ席についた後、オクタヴィアンは一つ軽い咳払いをした。



「まずはマグナットレリアの今後について話すとしよう」



 アロイスが魔王領地へと旅立っていた一週間程で、マグナットレリア領主家に対する処罰は殆どが決定した。前領主の暗殺、勇者及びその仲間に手を下そうとしたテオバルトは処刑を免れることはできない。前領主夫人のビアンカも暗殺に手を貸した可能性があり、調べが付き次第処分される。

 テオバルト夫妻に子はおらず、アロイスも既に領主家を出た身だ。後を継ぐものがいないため、近い血筋の上級貴族の者が新しい領主となる。これによって本当に、アロイスの実家というものはなくなった。



(……だからといって、思うところはあまりないな)



 既にアロイスの部屋はなかったし、母親と暮らした離れも取り壊されている。そのような実家に大した思い入れはなく、帰りたい場所でもなかった。それがなくなったところでどうということはないのだが、オクタヴィアンは気遣わしげに笑っている。



「アロイスよ、私はそなたを素晴らしい人間だと思っておる。強く、正しく、勇気があり、しかし驕ることはない。そなたのような人間が、この国の中にどれほどの数居るだろうか」



 オクタヴィアンの目から見たアロイスは、非常に素晴らしい人間であるらしい。それからも美点を挙げて褒め称えられるが、アロイスの心は冷めていた。向けられた言葉の全ては、自分の上辺の評価でしかない。アロイスがオクタヴィアンに自分の本音を見せたことなど一度もないのだから。



「勇者であるそなたは皆の憧れだ。若い娘達がそなたの話をしない日はないといわれる程だが、知っていたか?」


「……いいえ」



 この先誰かと婚姻関係を結ぶつもりは毛頭ないアロイスからすれば、全く興味のない話だ。勇者であり、国王の信頼が厚く、領主一族の出身である己の身が、貴族女性から強く望まれるだろうことは予測がつく。しかし、アロイスは人間の生を勇者として過ごし、勇者として終えるつもりなのだ。望まれたところでそれが叶うことはありえない。



「そうであろうな。そなたは社交に顔を出す暇がない程、本当によく国に尽くしてくれている。……そんなそなたから、家も家族も奪う結果になってしまったことが非常にやるせない」



 領主家やテオバルト達のことを、アロイスは元々自分の家とも家族とも思っていない。オクタヴィアンが気にするようなことは一切ないのだが、善良な国王は大事な臣下の現状を憂いているようだ。



「アロイス、私の息子にならぬか?」



 その提案にはさすがのアロイスも表情を保つことが出来なかった。目を丸くしながら、穏やかに笑うオクタヴィアンを見つめてしまう。

 家を失くしたアロイスを養子として迎え入れ、新たな家族となってやるつもりなのだろうか。全く以て余計なお世話である。断りの言葉を考えるアロイスの沈黙を都合よく受け取ったのだろう。微笑みを湛えたまま、オクタヴィアンが続けた。



「姫と婚約し、姫の成人後は婚姻を結んで王族となる。そうすれば、次の王はそなただ、アロイス」



 再び衝撃を受けたアロイスは、息を飲んで固まった。



あと2、3話で完結の予定です

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