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お喋りバードは自由に生きたい  作者: Mikura
勇者の相棒

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91.案内役



「王よ、魔王が姫様を望んでいるというのは一体……」



 困惑顔でたずねるミシェルの問いに、オクタヴィアンは持っていた書状を机に広げることで答えた。それはつまり、私とアロイスも見て良いということだろう。覗き込んだ書状には、とても整った字が並んでいる。おそらく魔王ラーファエルが書いたものなのだろう。綺麗な字だけどちょっと偉そうな文だった。

 挨拶などを省いて用件を簡単にまとめると「そちらの城に“セイリア”という女性がいるはずだ。話があるので魔王城まで来させろ」という内容だった。呼ばれているのはどう考えても私だと思うのだが、何故姫様と勘違いされているのか分からない。



「なんということか……魔王はセイリア姫に目をつけたのですか」


「え?」



 驚きで漏らした声に慌てて口を塞いだが、それを気にする人間は居なかった。むしろ肯定するように頷いたオクタヴィアンに、状況が理解できない私の頭はハテナマークだらけだ。この場でどうやら私だけが分かってないらしくて、他の人間は神妙な面持ちである。



「驚くのも無理はない。まだ幼い姫を魔王が望むとは普通思わんだろう」



 ……駄目だ、オクタヴィアンの言いたいことが分からない。助けを求めるべくアロイスに視線を向けると、苦々しい気持ちを押し殺した無表情のまま【伝心】で教えてくれた。



〔王は国宝となった君の名前を第一王女に付けたんだ〕



 なんと、スティーブレン国の第一王女は“セイリア”という名前らしい。それはなんというか、微妙な気持ちになる。

 今は褒め言葉としても使われる良い名前かもしれないが、元々は人間につける名前ではなく魔物が語源であり、魔性の意味を持つ言葉。そして、アロイスが私に付けてくれた名前だった。私にとって大事なものを横から掠め取られたようで、ちょっと嫌だ。



〔魔王が要求しているのは王女でなく君の方だろうな。何故君がここに居ると知っているのか分からないが……〕


〔うーん……多分、アロイスが居ない間にアニッタが来てたから、それが原因かな〕


〔……セイリア〕



 そういうことは早く言ってくれ、という視線が飛んできた。申し訳ない、どうでもよくなってすっかり頭から抜けていただけで、初めのうちは伝える気があったのだ。まさか早速魔王から呼び出しが来るなんて思いもしなかった。

 魔王の望みをさっさと理解した私達と違い、姫を献上するよう求められているのだ、と勘違いして蒼褪めている人々の空気は重かった。その中で時折ちらりとアロイスを見る騎士の目は、明らかに何かを期待している。彼のことをよく知らない私でも分かる。勇者らしい行動を望まれているのだと。



「オクタヴィアン王。私が行き、魔王と話をつけましょう」



 騎士の視線に応えたい訳ではないだろうが、アロイスは勇者らしく国王に向かってそう進言した。騎士は目を輝かせ、ミシェルも似たような期待のこもった目でアロイスを見る。オクタヴィアンは申し訳なさそうな顔をしつつも驚いた様子がないあたり、どこかそれが当然であると思っているのだろう。

 勇者とは、国ひいては王族に訪れた危機を救うことを要求される存在なのだと改めて思う。物語ならば英雄的で格好いい場面だろうに、現実で見ると一人の人間に危険を押し付ける出来事に見える。実際のところ、呼ばれているのは確実に私なので行くしかないのだけど。この微妙な気持ちはなんだろうか。

 ……アロイスが、オクタヴィアンに対して好感を持っていないからかもしれない。アロイスの機械的な勇者の姿を、喜べない。



「すまぬ、アロイス……勇者であるそなたにしか頼めんのだ」


「お任せを」



 家族から虐げられていた少年を勇者として拾い上げた国王。その国王に恩を返したい勇者は姫に訪れた危機を救うべく、魔王に立ち向かうことを決意する。そんなシチュエーションに見えるはずのこの風景は、内実を知っている私からすればちょっと違う。

 オクタヴィアンは良い王だ。国民からの支持は厚いだろうし、結構なお人好しで、物語に出てくるなら“やさしいおうさま”とか”いいおうさま”とか呼ばれる人物。けれどそれはあくまで御伽話だったらの話であり、様々な事情を持つ人間と対する時、一方的な優しさは毒にもなる。

 従魔交換の提案も、私の葬式も、私を国宝としたことも、セイリアという名を広げ王女に名付けたことも、全ての行いは善意から来ているのだろう。けれどオクタヴィアンに向けられるアロイスの感情は決してよいものではない。ありがた迷惑という言葉がぴったりと当てはまる行動の数々に、好意を持てるはずもない。



「行こう」



 踵を返したアロイスは熱い眼差しを背中に受けながら歩き出し、私はその後に無言で続く。振り向きざまのアロイスが冷たい目をしていたことを、私以外の誰も知らない。姫を助けるために危険に向かっていく、素晴らしい勇者だと思っている。



(……国の側に、アロイスの本当の気持ちを知っている人間は誰もいないんだ)



 知らないから、アロイスの行動を好意的感情からくるものだと思える。知らないから、善意という名の迷惑を掛けられる。けれど、知らないことが免罪符にはならない。なってはいけない。

 一説によれば、知って犯す罪よりも知らずに犯す罪の方が重いという。何故なら、知らなければ反省のしようがなく、罪の意識を持たぬまま何度でも繰り返してしまうから。アロイスの本当の気持ちを知らないオクタヴィアンは、悪意のないままに何度でもアロイスの望まないことをしてしまうかもしれない。それはお互いに不幸なことではないか。


 ただ、これはアロイスが自分でオクタヴィアンに言わなくてはいけないことだ。私が口を出してしまえば早いのかもしれないけれど、それこそアロイスにとって余計なお世話かもしれない。

 ……ややこしいな。国とかなんとか非常に面倒くさいので、いっそのこと魔王領に出て行った後行方をくらませてしまえばいいんじゃないだろうか。



〔セイリア、妙な事を考えてないか?〕



 顔も見ていないのに何故ばれたのか不思議だが、アロイスから【伝心】が飛んでくる。彼は人間であって、私のように異常な視野の目を持っているわけではない。後ろをついて歩いているだけの私が何かを考えている、なんて一体どうして分かったのだろう。アロイスの把握能力が高いのか、絆レベルの高さのせいか分からないが、私は彼に隠し事ができないようだ。別に隠す気もないから、素直に思っていたことを話すけど。



〔このまま行方不明になれば自由になるんじゃないかなって思って〕


〔……君の発想は突飛だな〕



 そう言うアロイスは、私を振り返ってちょっとだけ楽しそうに目を細めた。それができたらいいとは思っているらしい。そして同時に、それはできないと思っていることが分かってしまう。

 ……アロイスって律儀だよね、オクタヴィアンをぶん殴って出国しちゃえばいいのに。

 思考に乱暴な部分が出てくるあたり、私のオクタヴィアンへの好感度も下がり気味のようだ。気をつけないと口を滑らせそうだから、本当に喋らないようにしないといけないね。


 人間の王よりも魔物の王の方が好感が持てるのは、私が魔物だからなのか。しかし、ラーファエルはとても親切で彼の手助けは非常にありがたかったから、オクタヴィアンもちょっと見習えばいいと思う。



〔ラーファエル、何の用かなー〕


〔……魔術具の件だろうな。やはり何か情報を発信する魔術が組み込まれていたんじゃないかと思う〕



 いつでも連絡しろ、と渡された黒い箱型の魔術具。アロイスの見解では何か仕掛けがあり、魔王に自分達の情報が漏れる可能性のある代物だったらしい。だからアロイスは結構強引に捨てさせようとしたのか、なるほど。私にはそんな考え全くなかった。普通に親切なのだとばかり思っていて……あれ、ラーファエルって実は結構腹黒い?



〔準備をしたら直ぐに出発するとしよう。出かけている間に、マグナットレリアのことくらいは片付けていてくれるだろう〕


〔……もしかしてテオバルトのゴタゴタが面倒くさいから、魔王と戦うという名目で暫く帰らないでおこう、とか思ってる?〕



 部屋に帰りつくまでアロイスからの返答はなかった。答えが返ってこないことが何よりの答えである。テオバルトの罪状調査に関わるとアロイスの過去の傷をえぐりかねないので、私としても異論はない。

 さあ出立の用意をするかと意気込んで部屋に入ったのだが、そこは出かける前と全く違う様相になっていた。



「おかえりなさいませ、アロイス様……申し訳ございません……突然部屋が、このように……」



 泣きそうな顔のヒースクリフの背後では、椅子や机がひっくり返っていたり、タオルやシーツが散らばっていたり、引き出しが全部あけられていたりと大変なことになっている。一体何があったのか、というのは聞くまでもない。彼の頭の上でいつかのように楽し気な笑みを浮かべている妖精が原因だろう。



『あー面白い。コイツ見てるとなーんか悪戯してやりたくなるのよね!』



 それはたぶん、彼の不運スキル【巻き込まれ体質】が影響しているんじゃなかろうか。悪戯妖精に目をつけられるとはヒースクリフも可哀想な人である。アロイスは何とも言えない目をアニッタに向けた後、自分の従者を慰めた。



「ピクシーの仕業だ。あまり気負わなくていい」


「……しかし、このような有様で主を迎えてしまうなど……側仕え失格です……」


「ヒースクリフの仕事に対する姿勢は良く知っている。今回のことは不慮の事故だ」



 悪いのはどう考えても人間の都合を一切考えず悪戯した妖精であって、ヒースクリフではない。彼に非があるとすればとてつもなく運が悪いことくらいだ。

 こういういたずらっ子は一回懲らしめた方がいいんじゃないだろうか。という思いでアニッタを見つめると、彼女は小さな体を大きく跳ねさせた。



『わ、悪かったわよ……!!片づけを手伝えばいいんでしょ!!』


「うん。それと私じゃなくて二人に謝ろうね」


「……部屋を荒らして悪かったワ……そこの人間にも伝えてくれル?」



 物わかりのいい悪戯っ子であるらしいアニッタは、素直に人の言葉で謝罪を述べる。ただ、ヒースクリフには妖精の姿も見えなければ声も聞こえないので、その言葉はアロイスが代わりに伝えた。

 それからはヒースクリフとアニッタが部屋の片づけを始め、私とアロイスはその様子を椅子に座って見守ることになった。部屋の主とお客人は手伝いをしてはいけないらしい。働いているのをただ眺めているのは悪い気がするのだけど、それがルールなら仕方がない。

 姿が見えないため勝手に動いているように見える物に、ヒースクリフが驚いては口元をひくつかせつつ、部屋の整頓は手早く行われる。みるみるうちに片付いていく部屋を眺めているのは、劇的ビフォーアフターを見ているような気分になって少し面白かった。



「ところで、アニッタは何でここに?」


「魔王様から、アンタを迎えにいくよう言われたのヨ」


「別にお迎えがなくてもちゃんと行くのに……信用ないなぁ」



 親切にしてもらった相手に呼ばれて出向かないほど不義理なつもりはないのだが、そうは見えないのだろうか。ちょっと落ち込みそうになったが、アニッタが「そうじゃないワ」と首を振った。



「アンタは道、分かんないでショ?ワタシは案内役ってワケ」


「あ、なるほど」



 そういえば、魔王領への行き方は良く知らない。行く気満々なのに道について一切思い浮かばなかったのは、アロイスについていくことが癖になっているからだろう。自分で考えられなくなるというのは危険である。既に鳥頭なのにこれ以上馬鹿になったら困るし、気をつけよう。



「それと、アンタ……勇者も呼べって言われてるワ。来るわよネ?」


「ああ、そのつもりだ」



 ラーファエルはどうやらアロイスにも用があるらしい。アニッタに急かされたため少し慌ただしく旅立ちの準備をし、私達は魔王の元に向かうことになった。



魔王城へレッツゴー!


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