7.買い主
タイトルは誤字じゃありませぬ
それがやってきたのは、まだ人通りも少なく、開店準備で店がバタバタとしている頃だった。
その時モンスター屋は私の前で「今日からお前を店に出す」と言い放ち、私は貴族向けの催しか何かで高額商品として売りつけるんじゃなかったのかと首をかしげていた。
「売り物じゃなく、お披露目だ。今から店に出して少しずつ噂を広げてだな……」
私の体から産毛が殆ど抜け落ちてはっきりとした色が出てきたから、もう人前に出せる状態なのだそうだ。それを多くの目に触れさせてどうのこうのとモンスター屋が私を高く売るための作戦を丁寧に説明してくれていたところに、一人の店員がドアのノックすら忘れて慌しく入ってきた。見たことのない顔なので、モンスターの世話を任せられていない下働きや見習いの店員だろう。モンスター屋が完全に取り乱しているその店員を怒鳴りつけようと口を開くより先に、蒼白というのはこういう顔色なんだな、と思わず感心してしまうような切羽詰った表情の店員が「大変です!!」と叫んだ。
「店長、貴族が、しかもあの、いやまず、対応を……!!」
「落ち着け。貴族が来たのは分かった。で、階級はどれぐらいの……」
貴族が店を訪れること自体は珍しくないのか、ずいぶんと落ち着いている。その顔にはまあ貴族がいきなり来たなら仕方ない、という思いが浮かんでいて、取り敢えず怒鳴るのは止めたらしい。そのまま続きを促そうとするモンスター屋の言葉を遮って、店員は悲鳴のような声で告げた。
「領主一族ですッ!!」
モンスター屋まで顔色が変わった。そして無言のまま、今までに見たことないくらい素早い動きで部屋を出て行った。
領主一族というのだから、マグ……なんだったか忘れたが、この領地を治める貴族の誰かなのだろう。階級制に縛られる人間は大変だなぁ、とか考えつつ、周りを見回す。ここには私以外にもそれなりに希少といわれるモンスター達が居る。調教中のものもいれば、もう店に出せるようになって何度も展示ルームに連れて行かれているものもいる。今空になっているケージのものたちは、既に店に並んでいるはずだ。
そして私の隣のケージには兄弟たちが居る。特別扱いというか、別に分けられてしまって離れている私をよく心配そうに見ている可愛い兄弟だ。性別とか兄弟の順列とかはよく分からないけど、血を分けた親族である。私もそれなりの情は持っているので、目が合った時には一声に鳴いて「無事だ、元気だ」と知らせている。
(それにしても……帰ってこないなぁ……)
モンスター屋が中々帰ってこない。貴族対応は時間がかかるのだろうが、暇で暇で仕方がない。いつもならモンスター屋から教育(私の場合調教ではない)を施されている時間だ。そして今日からは非売品の展示物として店に出される予定だったのだけど、明日に延期かもしれない。
そのまま暫く待っていると、外からわずかにモンスター屋の声が聞こえてきた。この部屋は魔法により高度な防音が施されていて、扉が閉まっていると内外で音が殆ど通らないようになっているのだが、モンスターになって鋭くなった私の聴覚には何とか届く。でも何を言っているかはよくわからない。
(んー?嫌なことでもあったかな?愚痴でも言いながら帰ってきたのかな?)
私とモンスター屋の付き合い、と言ってもとても短いものだが、私が言葉を交わした唯一の人間が彼なのだ。ちょっとだけ愛着のようなものも湧いているし、多少の愚痴ならば聞いてやる。などと思いつつ扉を見つめていると、まず入ってきたのは厳つい鎧の騎士だった。意味が分からず固まりながらガン見してしまう。その後に背が高い身なりも顔立ちもいい男性が入ってきて、その後ろに男性によく似た子供が続く。モンスター屋は最後に入ってきて、扉を閉めた。
「こちらは希少なモンスターを集めた部屋でございます」
「……ふむ。テオバルト、お前の初めての魔物になるのだから自分で選ぶといい」
「はい。父上」
妙な違和感を感じて目を凝らしてよく見ると、その体を薄っすらと何かが覆っている。恐らくそれが魔力だと、本能的に分かる。モンスター屋やハンターたちに全くない訳ではないのだけど、体からにじみ出る程強い魔力を内在しているのだろう。
……驚いた。これが、貴族か。
金のやわらかそうな髪を揺らして、子供がじっくりと魔物を見て回る。そして私の前で立ち止まり、少し目を大きくして―――楽しそうに目を細めた。瞬間、私の背筋を冷たいものが走った。彼が私に決めたことが分かった。そして私が、私の本能が、彼を拒絶したことも分かった。
「父上、私はコレが気に入りました」
「ほう、青いカナリーバードか。美しいな……いいだろう。店主、コレにする」
貴族の男性がモンスター屋に声をかける。モンスター屋は、出会った時に見たような少し胡散臭い笑顔を貼り付けている。
「そちらはまだ調整中でして……領主様やその御子息様のお手を煩わせてしまいます。見た目は美しいですし、睡眠耐性スキルを持っていることも分かっていますが、あまり元気がなく、健康でないかもしれません」
大嘘だ。今日から店に並べるつもりだったくせに、何を言っているのだろう。見開くほど瞼に余裕はないが、目を見開いたつもりでモンスター屋を見つめてしまった。
……領主一族に私を売りたくない、ということだろうか。私を高値で売りたいと常々言っている彼が、この領地で一番資金を持っているだろう領主へ私を売り渡すことを渋っている。一体、何故だろう?
「構わない。学園に行くまでにモンスターに慣れさせたいだけだ。死ねば買いなおす。そもそもカナリーバードの寿命は短いだろう?」
「左様でございますか……では、準備がございますので、今一度客室へご案内します。少々お待ちください」
モンスター屋が別の店員を呼び、領主とその息子と恐らく護衛の騎士を案内してどこかに消えた後、苦々しい顔をしたモンスター屋が私を見た。
「……最悪だ。アレに買われるとは……おい鳥、今から注意事項を伝えるから、お前本当に気をつけろよ」
気のせいかもしれない。私をただの商品だと思っているはずの彼の声に、私の身を案じるような響きが感じられた。
やっと主人公がカタコトを脱出し喋れるようになったので、主人公の発言が読みやすくなったと思ったんですけど今回喋らなかったですねとても残念…