83.新たな依頼
アロイスはムラマサの質問攻めに嘘を吐かず、けれど正直に話すわけでもない答えで切り抜けた。その後摂った遅めの夕食は宴会に出ていたご馳走で、大変おいしく頂いた。お寿司とか、尾頭付きの鯛とか、大きなエビとか、そういうものだ。懐かしく心にしみる味だった。
食事の後はヒノキのお風呂も使わせていただき、ラゴウだけど日本最高!と叫びたくなった。流石に叫ばないけど。
昨日の夜は正体不明の声が聞こえていたこともあって、あまりゆっくりできなかった。しかし今夜は何も心配することがない。私はカナリーバードの姿で文字通り羽を伸ばし、アロイスも寛いでいる。
ラゴウには部屋に入りたい時は必ず専用の魔術具で中の相手に知らせ、承諾を得るまでは決して入ってはいけないというルールがあるからこそできることだ。その上襖が閉まっていれば防音の魔法が働くというのだから素晴らしい。ラゴウはとってもいいところだよね。
「セイリア。サクヤから聞いたことについて、少し話がしたい」
それは私も同じだったので、頷いてアロイスの元に飛んでいく。胡坐を掻いて座るアロイスと少しでも目線の高さが合うように、座椅子の背もたれに止まった。
「不死の話、だよね?」
「そうだ」
「……アロイスは、どう思った?」
アロイスが人間のままでいるか、不死者となるか。それは私が決めることではない。サクヤの話を聞いて、アロイスはどう思ったのだろう。それを聞いてみなければ、私にはどうすることもできない。
「……正直、君と生きられる方法があることに驚いた。私は必ず君を置いていくことになると思っていたからな」
金の目が一度静かに伏せられる。アロイス自身、突然降って湧いたような話に戸惑っているようだ。それは当然だと思う。いきなり「不死になる方法がある」と言われてそれはすばらしい、なんて言い出すのは栄華を極めた権力者くらいじゃないだろうか。不死になることのメリットとデメリットを考えて、悩むのが普通だろう。
「セイリアが嫌でないなら、私は君の傍に居たいと思っている」
射貫くように見つめられ、息を飲む。アロイスの中ではすでに「死なない」という選択がなされていると明確に伝わってくる。その瞳には強い意志が込められていて、吸い込まれそうなくらい惹かれる魅力的な目だった。アロイスの目は凄く綺麗だ。宝石みたいで、ずっと見ていたいと思うくらい。
「君は目を離すと何をやるか分からないし、見ていないととても心配で死んでいられない」
「あ、うん」
さっきまで真剣な話じゃなかったっけ、と思いつつも頷いてしまった。アロイスが心底心配そうな顔になって、私を見ているからだ。心配そうというか、不安そうというか。実際、アロイスが居ないと酒場でアイドル化したり、気が付いたら魔王の元に行ってしまったり、地面にクレーター作ったりしてしまうので頷くしかない。
「私はアロイスとずっと一緒に居たいけど……なら、アロイスを私の眷属にするの?」
「しかし、君は私を眷属とすることは望まないだろう?」
「……うん」
私たちの間にあるのは深い友情による繋がりであり、対等な関係であって、上下の立場が出来るものではない。従魔契約も、眷属化も、したくはない。
そうなると、もう一つの方法しかなくなるわけだが。サクヤの話では出来るだろう、ということだったけれど、私としては結構不安のある方法だ。
「私も君の眷属になるのは少しばかり抵抗がある。君に逆らえないということは、いざという時君を止められない可能性がある。今まででも止められたことはあまりないが……出来ないよりは出来た方がいい」
「私、そんなに何かやったっけ……?」
「君は私が関係すると短気になる。テオバルトの挑発を聞いていただけで相手の従魔を気絶させるだけでは飽き足らず、辺りの従魔を悉く怯えさせるくらいには見境がない」
その節はどうもご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした、という意味を込めて頭を下げる。あの事件はわざとではないけれど、かなり大事になってしまった。テオバルトではなく彼の従魔が被害を被ることになり、それについては本当に悪いことをしたと思っている。
でも、アロイスも最近私が関係すると短気なのでお互い様だと思う。……いや、やらかした規模の大きさで言えば私の方が上か。私と同列に並べてはいけないな、うん。
「だから、もう一つの方法を使おう」
アロイスが選んだのはもう一つの方法。それが使えるのはずっと先の話で、そしてチャンスは一度きり。色々と不安に思うのは私だけで、アロイスは全く気にしていないようだった。それを尋ねてみれば、アロイスが何でもないように言った。
「規格外な君が関わるのだから、何も起こらず失敗することはないと思う。むしろ想定の斜め上を行きそうだ」
アロイスの自信の根拠は私だったらしい。それは喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか判断に苦しむものだったが、アロイスの表情が晴れやかだったのでどうでもよくなった。……アロイスが自信ありげだと大丈夫だなって思えてくる私も大概だと思う。
大分気が楽になって、雑談を始めてしばらくのこと。廊下につながる襖がぼわっと光った。これは誰かが何らかの用事で入室を望んでいる合図だ。
「……セイリア、人の姿に変化を」
「ん、分かった」
直ぐに服を取りに行き、人間に化ける。何事もなかったかのようにアロイス側の部屋に戻れば、アロイスが襖を開けに立った。
「夜分にすまんのう、アロイス。ちと、話があるのだが……お仲間も一緒に居るか?」
「ああ。入ってくれ」
「では、失礼する」
やってきたのはムラマサだった。着流しに身を包み、髪も緩く結わえているだけのラフな格好で、おそらく部屋着なのだろう。私とアロイスが並んで座り、ムラマサはアロイスの前に腰を下ろす。美しい正座で、すっと背筋が伸びてその姿だけで絵になりそうだった。美形ってすごいな。
「実は、ラゴウから勇者への依頼なのだが……とある魔物の討伐をお願いしたく」
それは、お伽噺のようだった。辺鄙な場所にある閉鎖的な村に、数年に一人の生贄を要求する魔物が住んでいる。生贄を差し出さなければ田畑を荒らし、建物を壊し、家畜を襲って行く。巨大で恐ろしい魔物だという。ただ、生贄を差し出しさえすれば、何もしてこない。村人たちは百年近くそんな魔物に生贄を差し出してきた。
しかし、最近になって勇者が誕生した。村にもその噂が入って来る。もう生贄を差し出したくない。勇者に希望を見出した村人たちが助けを求めて依頼をしてきた。
日本昔話なんかで聞くことが出来そうな設定である。
「明日にでも出発しよう。地図はあるか?」
「ありがたい。地図はこれを……」
地図に関してはよくわからないので、アロイスとムラマサが話しているのを眺めつつ、自分の中にある妙な感覚に首を傾げる。
嫌なものではない。けれど、何とも言えない違和感。今回の依頼で何か起こるであろうという、何の根拠もない予感があった。一応アロイスに話しておこう。
「すまぬ、アロイス。祝いの席に呼んでおいて、このような頼みごとをすることになるとは……」
「構わない。私は勇者だ。いつ、何時でも民のために駆けつける。それに、友の頼みであるなら断る道理などない」
ハッキリとそう言い放ったアロイスがとても恰好いい。うちのアロイスは凄くカッコいいよ!見て見て!と自慢したいような気持ちになる。いや、ホントカッコいいよ。
「……貴殿はまことに、勇者よの」
ムラマサも私と同じことを考えたのだろう。その声からは素直な尊敬や憧憬の念が伝わってきた。薄く笑みを浮かべつつ、よろしく頼むと頭を下げて退室する背中を見送り、襖が閉まったことを確認して、私は直ぐにカナリーバードの姿に戻る。
「アロイスとってもカッコいいよ!すごく勇者だよ!」
鳥の姿に戻ったのは、興奮する体の動きを押さえられなかったからだ。わさわさと翼を動かして、ぶんぶんと首をふる。これは人の姿でやったらおそらく怖いと思う。というか、人の姿ではできない。アロイスはそんな私に苦笑してから、優しく頭を撫でてくれた。
「……君にそう褒められるのは、悪くないな」
「うん!あとね……あれ?」
先程まで、アロイスに何かを伝えようと思っていたのだけど大興奮しているうちに忘れてしまったらしい。忘れたことは思い出そうとしても、何を忘れているか自体分からないので中々出てこない。
「どうした?」
「アロイスに何か言おうと思ってたんだけど、忘れちゃった。もういいや」
思い出すことを早々に放棄した私に、アロイスから物凄い呆れた視線が飛んでくる。小さな溜息もセットでついてきた。
「……進化しても、君の中身は変わらないな」
……それはつまり、私の頭は相変わらず鳥頭だな、ってこと?
そんな思いを胸に見つめる私から、アロイスがそっと視線をそらした。ヒドイ。
何かをしようとしていたのに忘れてしまうことってありますよね。
いや、ない人はないのかな……ついさっきの事なのに全然思い出せない感じ。もやっとします。




