82.眷属になること
眷属にするということは、上位の魔物が己より下位の魔物を従えることではないのだろうか。眷属とすることで起こる変化はなんなのか。全く分からず困る私とは違い、アロイスは「成程」と納得した様子だった。私にも分かるように説明してほしい。
「不死鳥の眷属となれば、不死鳥の特性の影響を受けるだろう。そうすれば人間でもおそらく不死を得る。そういう話だな?」
「そのとおりです」
眷属は親元の魔物の影響を色濃く受ける。その魔力に影響され、特性を引き継ぐ事も多い。不死鳥である私の眷属であれば、その種を象徴するといっていい特性の「不死」を受け継ぐ可能性が高い。必ずとはいえないが、十中八九そうなるだろうとサクヤは言う。
眷属は親に逆らう事はできないが、親の影響を受けることで強くなる。強くなって獲物を狩り、得た力の一部を親に献上する。相互に利益のある関係だと言うけれど……。
「それって、なんだか……従魔契約に、似てる気がする」
説明を聞いているうちに気づいた。人間の眷属化は、魔物の従魔契約とよく似たもの。従魔契約ほど理不尽ではないが、上下の主従関係が出来るという点においては変わりない。
「たしかに、君の言う通りだな。似たようなものだろう」
それならば、私はその方法を取りたくない。アロイスが私を従魔ではなく、友達として傍に置いてくれたように。私もアロイスを眷属にしたいとは、思わない。でもそれはすなわち、いずれやってくる別れからは逃れられないことでもある。どちらも嫌だと思ってしまうのは、我儘なのだろうか。
「……眷属にしたくはないのですね。なら別の方法もありますよ」
黙り込んだ私から察したのだろう。サクヤは別の提案をしてくれる。彼女が聞かせてくれたその方法は、少々変わっていた。そしてそれは、私がアロイスを眷属にしてしまったほうが手っ取り早く確実で、失敗すれば全て終わり、本当にできるのかどうか不安すらある方法だった。
「決めるのは貴方達です。私としては、時々遊びに来てくれる友が増えるなら大歓迎です」
「……うん、色々教えてくれてありがとね」
アロイスとよく話してみるべきだ。私はアロイスを眷属にしたいとは思わないが、アロイスは違うかもしれない。私は出来るならアロイスとずっと一緒に居たいと思うけれど、アロイスは普通に死にたいと思っているかもしれない。どちらか片方の望みで決めることではないだろう。……もし、不死になるのだとすれば。それは本当に一生を決める選択になるから。
「お友達ですからね。応援をしたくなるのですよ」
そう言ってサクヤが意味ありげに笑った。何か含むものがあるというか、温かい目で見られているというか、なんだろう。さっぱりわからない。
「……からかおうとするな。その手の冗談はセイリアに通じない」
「おや、そうでしたか。それは残念です」
私には分からなかったが、アロイスには通じたらしい。少し渋い顔をしてサクヤから視線を外した。……今度は私がのけ者にされた気分である。二人だけでわかり合っていて少しずるい。
「まだ帰らなくても大丈夫なのですか?外はもう日が沈みますよ」
「え、そうなの?」
「……たしかに、それくらいの時間だな。ここに居ると時間の感覚が狂いそうだが」
この場所は不思議と明るく、見上げれば青い空すら見える。外が夜だと言われてもピンとこない。サクヤが言うには、ここと鳥居の外は完全に別世界なのだという。通常は閉じて来ることはできないが、今回はサクヤが私たちを招くために結界を通り抜ける道を開いてくれたのだとか。
ただ、その結界は特別なものなので、入る際に使っている魔法が解除されてしまう。
「来るときに全部はがれたもんね……その後進化もしたし凄い結界だよ」
「ああ、セイリアが進化した理由はまた別ですよ」
私が進化したのは、おそらく最後の属性に触れたからだと教えられる。属性は全部で七つであったはずで、それらには今までの生活で確実に触れる機会があったし、全て触れたと思うのだけれどどういうことなのか。首を傾げていると、サクヤは笑いながら教えてくれた。
「人間は知りませんが、無属性……どの神の属性でもない、純粋な魔力がここには満ちています」
「……なんだと?」
アロイスが目を大きくして、ぐるりと周りに視線を走らせる。その目にあるのは驚きと好奇心、新しいものに出会った時の喜びだ。本当に新しいことが好きだよね、アロイスは。
「あたりに満ちる魔力の主は、サクヤ。君だと思うが……」
「おや、正解です。貴方は魔力に敏感なのですね」
サクヤは守護神になったときに、新しい属性を得たらしい。それが無属性という八番目の属性なのだそうだ。どの神の守護も受けない代わりに、どの神の力も少しずつ借りることができる。様々な属性を使って国を守っているという。
「ふふ、世界にはまだ、貴方の知らないことが満ちていると思いますよ。それを見つけきるためには、人一人分の命ではたりないでしょうね」
「……成程。面白い話だった、礼を言う」
「お礼なんていりませんから、また遊びに来てくださいね。ラーファエルなんて、もう何百年も来てくれないんです。酷いでしょう?」
どことなくむくれたように言って、軽く尻尾で地面を叩いて見せるサクヤの動作は可愛かった。彼女は結構ラーファエルを気に入っているんだろう。
そして、その名前を聞いたアロイスは思い出したように私の名前を呼んだ。
「セイリア。魔王にもらった箱だが……サクヤに預けるというのはどうだ。捨てていく訳じゃない」
アロイスは私に魔王から貰った物を持っていてほしくないようだ。そこまで言うなら別に持ち歩かなくてもいいかな、という気が起こってくる。不死鳥に進化して完全に危険から縁遠い存在になった気もするし。
サクヤがいいと言ってくれるならそうしよう、と思ったら尋ねるより先に「預かりますよ」と言われた。しかも楽しそうな顔である。何か企んでいそうだ。
ラーファエルには悪いが、私はアロイスの方が大事で優先順位が高いので仕方がない。ラーファエルの魔術具はサクヤの元に置いて行くことになった。せっかくもらったが、危険はないだろうし何かあればあちらからどうにか連絡してくるだろう。凄腕の魔術師も居ることだし。
「鳥居の内側に置いていてくだされば、取りに行きますから」
「ああ、世話になったな。帰るぞ、セイリア」
「あ、うん。またね、サクヤ」
「ええ。また。出口までお送りしましょう」
わざわざ見送りをしてくれるのか、と思った次の瞬間視界が白く染まり、私たちは鳥居の傍に立っていた。ぱちぱちと瞬きを繰り返してしまう。……転移魔法、だと思う。アロイスも驚いていたらしくちょっと固まっていたけど、直ぐに着物が置いてある方へ歩き出す。
「……セイリア、服はどうする?着物の下に何か着ていたか?」
「いつもの服は着てたけど……」
「なら、鳥人の姿でそれを着て、その後幻で人間の姿になってくれ。この装束を着せられる自信はない」
アロイスの言葉にうなずいて、彼の肩から飛び降りる。地面に降り立って直ぐに【変身】を使い、鳥人へ。着物の中に残された、肌に密着する上着を身に着け、その上に人間の姿の幻覚魔法をかける。
よく考えると、私が人間に馴染むためにしていることは結構手間がかかって大掛かりなのではないだろうか。普通ここまでやらないよ。……いや、そもそも普通の魔物は人間に混じる必要がないか。
「よし、できたよ!」
私に背を向けながら待っていたアロイスに声を掛けたが、アロイスは動かなかった。聞えなかったということはないと思うのだが。一人疑問に思っていると、しばらく間をあけてアロイスがぼそり、と小さな声で言う。
「……全身、服を身に着けたか?」
「…………あ」
またもや下半身のことを忘れていたので、慌てて魔法を重ね掛けする。ずっと穿いてなかったものが一週間やそこらで習慣化するわけなかった。アロイスはそのあたりよくわかっていると思う。
私が幻の服を作り、もう一度声を掛けたら呆れ気味の顔がこちらを向いた。ごめんねアロイス。
「君に持たせるのは不安なので、この着物は私が持っていく。魔王の箱というのは……これか」
袖からラーファエルの魔術具を出した後、それをそのあたりに放り投げて着物を抱えたアロイスはさっと鳥居から出て行こうとした。魔術具を気にしつつ、アロイスに並んで鳥居をくぐる。先ほどまで見えていた景色は昼だったのに、通り抜けた瞬間に見えた景色はかなり違うものだった。
「うわ……」
とうに日が落ちて、辺りは暗く、空も藍色に染まっている。星や月が輝き始める夜の時間だが、暗いとは感じなかった。
それは、あちらこちらに浮かんでいる丸いものが光を放っているからだ。風船のように浮かぶそれらは、灯篭や提灯のような明かりを灯して辺りを照らしている。魔術具の一種であろう明かりがあることで、町は夜でも明るく賑やかだった。
「……すごいね」
「ああ、そうだな」
昨日の夜は部屋に籠っていたから全然気づかなかった。私とアロイスは並んで明るい町を歩き、夜でも活気があり、楽しそうな人々の間を通り抜けていく。あちらこちらから食欲をそそる香りが漂ってきて、自然とお腹が減ってくる。
「……お腹空いたね」
「城に戻れば食事がでるだろうが……少し急ぐか」
アロイスもちょっとお腹が減ったのかもしれない。二人揃って早歩きに城に戻った。しかし、城に戻った途端ムラマサから質問攻めにあうことになり、食事は少しお預けになってしまう。
笑顔で色々と誤魔化しつつムラマサと話しているアロイスを横目に見て、私はそっと空腹を訴え続けてくる可哀想な自分の腹を撫でたのであった。
狐って可愛いですよね。あざとくて可愛い。
もう一つの方法はまた、いずれ。




