76.離れていた時間
「それで、私が倒すはずの魔物を君が倒した、というのはどういうことだ?」
再会の感動は私の失態でふっとんでしまい、アロイスから早々に質問を受けた。反省しつつ道中にあった出来事を話す。とりあえず、熊に出遭って成り行きで二体とも狩ったら、それがこの村を困らせていたものであったこと。村人達はまだ魔物が居ると思っていること。それらを話すとアロイスが軽く首を傾げた。
「何故私が来ることを君が知っていたんだ?」
「えーと、それは魔王がね……」
「待て、セイリア。何故そこで魔王が出てくる」
色々と省きながら簡単に、魔王の前に連れていかれてからの流れを説明すると、アロイスが頭の痛そうな顔になった。無表情で氷のように冷たい勇者とは思えない苦悩顔である。
「……その話は後で詳しく聞こう。君が倒した魔物だが、どんなものだった?ここに来る途中、地面がえぐれているのを見かけたが、激しい戦闘になったのか?」
「あの、それはなんといいますか……」
そっと顔をそらしながら、巨大熊の魔物自体は一撃で倒したので大した戦闘にはならなかったけれど、その後意気込んで村に向かおうとして力強く地面を蹴ったら凹んでしまった、とぽつりぽつりと説明したら、溜息を吐かれた。ほんとごめんなさい。
「力の制御が出来ていないようだな。輪を掛けて規格外になっている」
「うーん……種族が変わったからかな?」
「ああ、その姿は鳥人か?生まれ変わったにしては成長が少し早い気がするんだが」
「生まれ変わったとは思うんだけど……」
目が覚めたら湖の底で、種族は不死鳥(?)で、今の姿はスキルによるものだと伝える。アロイスが眉間をグッと押した。頭がいたいのかもしれない。非常に申し訳ない。
「……だめだ、気になる事が多すぎて直ぐ話が逸れる。逸れる度に気になる点が増えていくし、思考が許容量を超えそうだ」
「えーと……ごめんね?」
「全くだ。君は目を離すと本当に何をやるか分からないな」
私と同じようにアロイスも許容オーバーしているらしい。鳥頭の私と違って優秀なアロイスの頭脳を痛める程のことだから、私が自分で思っているよりも色々とやらかしてしまっているであろうことは推して知るべし。
私も何もしないように気を付けようとは思ったのだけど、気づいたら何故か事態がとんでもない方向に進んでいたり、周りがとんでもないことになっていたりするのだ。わざとではないし、悪気はミジンコ程もない。しかし気づいたら大事になっている。何故だろう。注意力が足りないからかな。
「君と話したいことは沢山あるが、今はともかく魔物の件をどうするか、だ。セイリア、倒したのは君だろう?君はどうしたい?」
「アロイスが倒したことにして欲しいよ。村の人たちもそっちの方が喜ぶと思うし」
勇者という名に強い力があるのは、村人達が一気に明るくなった様子を見れば分かる。勇者に救われたともなれば、やる気だとか希望だとか、そのようなものが湧くのではないだろうか。
この村は今から失ったものを補うために復興をしていかなきゃいけない。心の支えは多い方がいいのだ。アロイスもそれは分かるのかゆっくり頷いた。……手柄を譲られるみたいであんまり嬉しくないようだけど。
「……君がそれでいいなら、いいんだがな。討伐証明はどうする?魔物の素材は残ったか?」
「爪と核がね……あ、でも爪は置いてきちゃった」
「なら、それを取りに行くべきだな。核だけで村人が判断するのは難しい。村長に挨拶をしたら、直ぐに出よう。案内は頼むぞ」
明るく返事をして、馬を引いて歩くアロイスの隣に並んだ。一緒に歩くのは、少し不思議な感じがする。私、いつも肩の上だったからね。一緒に歩くと相棒感が増した気がする。……気がするだけかもしれない。
日が昇り始め、明かるくなってきた村の中ではちらほらと人影が動き始めた。アロイスはただ歩いているだけなのに、目立つ。白を基調とした服だからなのか、防具が日の光にあたって輝くからなのか。それとも、唯そこに居るだけで強く放たれる存在感のせいか。
村人達はそんなアロイスに目を引かれ、驚き、歓喜の声を上げてぶんぶんと手を振ったり、まだ終わっていない(と思っているはず)なのにありがとうございますと叫ぶ声がしたり、さすが勇者である。アロイスは迷いない足取りでこの村で一番大きな家に向かって歩き、到着する寸前で家から慌しく村長が飛び出してきた。
村長はアロイスを見て涙を流しながら平伏して感謝を述べようとしたが、アロイスがそれを止める。
「私は己の役目を全うするだけのこと。話を聞きたい」
「はい、もちろんです勇者様」
私が受けたような説明をアロイスも受けて、直ぐに村を出ることになった。馬は村長に預け、村人達に盛大に見送られながら出発する。お願いしますとか、どうかご無事でとか、色々聞こえるけれど魔物自体の討伐は既に終わってしまっていて、今からは宝探しと穴掘り作業をするだけだ。ごめんね皆。
「アロイス、歩いていくと結構遠いよ?三時間くらい歩いた気がするもん」
「好都合だ。君と話すことが多すぎる上に考える時間も欲しい。脅威個体レベルの魔物の討伐が短時間で終わるはずもないし、見つけて帰るくらいが良い時間になるはずだ」
まずは君の話を聞いておきたいとアロイスが言ったので、歩きながら自分の身に起こったことを思い出しつつ説明した。湖で復活したあと冒険者達に助けられて、彼らの手引きで冒険者になったこと。冒険者組合で歌って資金を稼いで、直ぐにアロイスを探す旅に出たこと。アロイスが居るはずの村に向かっていたはずが魔王の元に連れて行かれたこと。魔王がアロイスに会う手伝いをしてくれたこと。ここまで話してアロイスからストップを掛けられた。
「……何があったのかは分かったが、やはり分からない。魔王は何がしたいんだ」
「いい人だったから、困ってる私を助けてくれたんじゃないの?」
「悪いが、君の判断はあまり信用できない」
「ヒドイ!」
しかし、私がよく判断を間違えるのも事実である。その場に居なかったのが悔やまれる、というアロイスに同意した。彼が居れば判断ミスが起こることはあまりない。……私が先に何かやらかさなければ殆どないと思う。
「私のことはもういいよ。アロイスはどうだったの?私、起きたらもう何年も経ってて……」
私は死んで、アロイスは一人で勇者になっていた。それも、氷のように冷たいと呼ばれる勇者に。今のアロイスを見ているとそんな風には思えないけれど。再会する前のアロイスは、どうしていたのだろうか。
アロイスは真っ直ぐ前を向きながら、しばし言葉を捜している様子だった。何か言われるのを待って、少しの間無言で並び歩く。
「……どう、と言うほどのことはない。私はただ、己に課せられた義務を全うしていた。何も考えたくなかったし、考えなくていいように動き続けていたと思う」
その声は暗く重たい響きを持っていて、私は思わず歩みを止めた。再会があまりにも順調で、あまりにもいつもどおりのアロイスと話していたから、忘れかけていた。
私は、一度死んだ。アロイスにとっては、親友と突然死別した出来事だった。復活するなんて知らないし、思ってもみなかっただろう。永遠の別れだと思ったはずで、それはアロイスにとって大きな傷を残すものだったのだと。実感してしまう。
止まってしまった私に気づいて、アロイスも立ち止まる。そして軽く振り返って、苦笑してみせた。
「でも、それは数日前までのことだ」
「……数日?」
「ああ。突然、あるはずのない恩恵を受けた気がしたからな」
アロイスの話によると、依頼を受けて移動する途中、魔物を倒したわけでもないのにするりと自分に力が入ってきたような感覚があったという。それはどうも【仲間の指輪】による恩恵の経験値だと思うのだけど、自分が身に着けているそれは既に相手の居ないものであり、そもそも対となっている物は墓に収まっているはずである。
しかし、もしかして。というような気持ちが湧き上がり、ありえないと自分を諌めつつも体は止まらず、急いで馬を走らせてきたらしい。
「そうしたら、君が居た。見た瞬間にそうだと思ったが、上手く言葉が出なかった」
どうやらアロイスも私と同じだったようだ。目が合ったまま何も言えなくなって、言葉を探していたのはお互い様。まず何を言うべきか必死に考えて、久しぶりだと言おうとしたら私が誤爆した、と。うん、ほんとにさっきはどうもすみませんでした。
「君は【仲間の指輪】を持っているんだろう?」
「うん、ここにあるよ」
再び歩き出し、アロイスの隣に並びながら羽の先で軽く髪の毛を避けて耳を見せた。アロイスが作ってくれた大事な物だ。それを見てアロイスも頷きながら、私も着けている。と篭手で見えない指を軽く叩いた。見えていないけれどそこにあるのだ、と思うと何だかちょっと嬉しい。……何年も、ずっと持っててくれたってことだからね。
「……セイリア。君がそれを持っているということは、自分の墓を」
「死んでないし自分のだから大丈夫だと思う」
「そういう問題じゃない。自分のものとは言え、やっていることは墓荒らしだぞ」
アロイスに呆れられてしまった。でも、どことなく嬉しそうにも見えるから不思議だ。そういう私も、前と変わらないアロイスとのやり取りが楽しくて、嬉しいんだけどね。
二人で離れていた時間を埋めるように、色んなことを話しながら時々休憩をはさんで歩き続け、目的の場所にたどり着いた。巨大な熊が二匹も飛び出して来た場所なだけあって、少々茂みが荒れているというか、獣道ができているというか、そのような場所なので結構分かりやすかった。あとは目印を頼りに地面を掘って、爪を取り出す。それ自体はそう時間のかかることでもなく、あとは帰路につくだけだ。
「……アロイス、すごく不思議なんだけど。その服なんで汚れないの?」
私は少し足が汚れてしまったのだけど、一緒に草を踏み荒らしながら土を掘り返したアロイスの服は白くて汚れが目立つものであるはずなのに、全く汚れていないように見える。なんとなく妙な感じがしてじっと見ていたら、どこか納得した顔でアロイスが説明をしてくれた。
「そうか、君は知らなかったな。これは特殊な染料を使っている。邸の壁も白かっただろう?アレと同じで、汚れにくいものだ」
本来は闇の素材をつかった真っ黒な物で汚れを寄せ付けないものらしいが、その上に光の素材をつかったものを覆いかぶせて真っ白に見せている特殊なものらしい。全然知らなかったよ。いまだにこの世界は知らないことがいっぱいだ。
「……アロイス、私まだ知らないことがたくさんあるよ」
「私も君に訊きたいことが沢山ある。……約束だからな、傍にいる」
こくりと頷いて返す。今の私はもう、アロイスのカナリーバードではなく、ただの冒険者だ。物のようにやりとりされて、否応なく引き離されることはきっとない。
今からアロイスと一緒に、冒険をしていくのだ。いつかぼんやりと考えた未来が、もしかしたら訪れるのかもしれないな、と。そう思った。
アロイス視点で、セイリアの居ない間の話も書いてみたいですね。
とても欝々としそうな予感しかしないけども。
次から新章、かな。たぶん。




