75.再会
たどり着いたその村は、まるで葬式のただなかにでもいるような雰囲気だった。老若男女関係なく誰もが暗い顔をしており、意気揚々と飛び込んできた私は出鼻をくじかれたような気分だった。
おざなりな木の柵に囲まれた入り口と思しき場所で、村の異様な空気に面食らって立ち往生してしまった私に気づいたのは年端もいかない少女だけだ。その子は私を見て目を大きくしていた。
「もしかして、冒険者の人……?」
その声と向けられた目には期待がありありと見て取れる。頷いて見せれば、両手を上げて飛び上がる程に喜んだ。
「皆ー!!冒険者の人が来たよー!!」
明るい声を上げながら駆けて行く少女。その声を聞いて顔を上げる村人達。あれよあれよという間に大歓迎ムードになって、わけが分からなかった。なにこれ、どういう状況なの?
あっと言う間に村の中で一番大きな家に案内され、村長だという人を紹介された。その人物は四十代に届くかどうかの年齢に見え、村長という肩書きを背負うにはまだ若いように思える。彼は疲れきった顔に歓喜の涙を浮かべつつ、深く深く頭を下げて感謝の念を伝えてくるのだけれど、私は状況が飲み込めない。
「まさかこんなに早く来てもらえるとは……ほんとうにありがたいことです」
「えーと……あの、状況を説明してもらっていいかな?」
「それはもう、もちろんで」
私と村長の間で微妙に言葉がすれ違っていたようだが、私が欲しい説明はなされた。
聞いた話によると、この村の近辺に凶悪な魔物が住み着いて、人間を襲って食うのだという。一週間に二人か三人は食われていくが、化け物相手に唯の村人がかなうはずがない。村から逃げ出そうとした者も尽く襲われ食われていく。一縷の望みを掛けて決死隊が結成され、無理矢理人数の利を使って魔物の妨害を突破し、救援を求める連絡を送ったのが一ヶ月前。本当に連絡が届いたのか、助けが来るのかも分からないまま少しずつ狩られて、次は誰が死ぬのかと怯えていたところにようやくやってきた冒険者が私だった、と。そういう訳らしい。
残念ながら私は救援を望まれてここにやってくる冒険者ではないし、むしろその救援としてやってくるはずの勇者を待ちたい冒険者なのであるが、しかし。この状態を放っておくほど無慈悲ではないつもりである。
……でも、本当のことは言っておいた方がいいよね。
「ごめんね、私はこの村を助けに来たわけじゃないんだよ」
「なっ……!!そんな!!」
先ほどまでの希望に満ちた顔色から一転、絶望に染まった顔を見て罪悪感が湧いてくる。でも何もしないつもりはないから、安心してほしい。私は出来るだけ優しく落ち着かせるような声を意識しながら、ゆっくり言葉を紡いだ。
「ここに勇者が魔物退治に向かってるって聞いたから、私はそれを手伝おうと思ってここに来たの。勇者が来るまで私が村を守るから、大丈夫だよ。安心して」
「……ゆう、しゃ……勇者様が、ここへ……?」
信じられない、と言う顔の村長に笑顔で頷いた。途端に泣き崩れて神に感謝の祈りをささげ始める彼からそっと視線をそらしつつ、魔物を殺さないように追っ払う方法を考える。
やはり勇者としてやってきたアロイスが、勇者として害悪な魔物を狩ったほうがいいと思う。私が攻撃を加えれば、大抵の魔物は一撃で木っ端微塵となってしまうので、攻撃せず撃退する方法が必要だ。
スライムであろうと、熊であろうと関係なく一撃必殺のオーバーキルだからね。死体すら残らないし、残るのは素材のみだし。もし討伐証明として死体が必要だったら困る。
(威圧で脅して気絶させれば、いけるかな?)
よし、それでいこう。と決めた覚悟は村長の言葉で儚くも砕け散った。
「では、冒険者さん。勇者様がくるまで、あの化け物熊をよろしくお願いしますね!」
「……熊?」
嫌な予感しかしなかった。聞き返した私を、きょとんとした顔の村長が見て、納得したように頷いた。
「ああ、奴は熊の魔物なんですよ。それはもうでかいやつで……しかも番でね。雄のほうは普通のフォレストベアなんですが、雌は雄の倍以上でかいやつで――――」
それ以降の話は耳に入ってこなかった。取り返しのつかないことをやってしまった後の焦燥感というか、これは一体どのようにすれば挽回できるのだろうかという気持ちで一杯になった。
うん、どう考えても道中に出会った熊二体のことですねわかります。ごめんねアロイス、会って謝ることが増えたよ。アロイスの討伐目標既にやってしまってたよ。どうしよう、早く相談したい。
「えーと、村長さん。魔物は分かったよ。私どうやって村の警備すればいいかな?村の入り口に立ってればいいかな?」
「そうですね……やつら、いつも正面から来ますし……お願いします」
「うん、分かった。何かあったら呼んでね」
魔物が襲ってくる事はないと思うけど、と心の中で付け加えつつ、笑顔で村長の家を出る。玄関の前には村人が集まっていて、扉を開けた瞬間視線がざっと私に集まった。彼らの目には不安と期待が入り混じっていて、その場に居る五十人ばかりの人間がごくりと息を呑んで私の言葉を待っている。
「えーと、皆さん安心してください。この村には勇者が向かってきています。勇者が来るまでは、私がこの村を守ります。もう大丈夫です」
わっと歓声が沸く。涙を流していたり、抱き合っていたり、飛び跳ねていたり、誰もが喜びに満ちていた。勇者様、と言う声が沢山聞こえる。
……アロイスは氷のように冷たいといわれているけど、勇者という言葉だけでこれだけ皆に安心をもたらすことができるんだから、すごい存在だよね。自分は関係ないのにちょっと誇らしい気分になった。
お祭りでも始まりそうな雰囲気の村人達を置いて、私は一人村の出入り口に立つ。あと何日後かはしらないが、目の前の細い道をアロイスがやってくるはずなのだ。私はそれを、ここで待つだけ。
(……アロイスは、私に気づいてくれるかな)
今の姿はアロイスの知るセイリアではない。しかし、人間と関わるならば必要な亜人の姿である。ここに居るためには、この姿でなくてはいけない。さすがに元のカナリーバードと違いすぎて気づかれないかもしれない。
その時はタイミングを見計らって、カナリーバードの姿で会いに行かなくてはならない。村人の目を盗んで出来るかな、とか。感極まっていきなり飛びついたりしないようにしなきゃ、とか。そのようなことをずっと考えていた。
眠りもせずひたすら人影が見えるのを待つ。食事は三食、簡易なものだが村人達が持ってきてくれる。魔物の被害で食料関係も大分苦しいようだが、それでも笑顔で用意してくれた。
「冒険者さんが来てくれてから、魔物の声もしなくなったし、よく眠れるようになったの。きっと吃驚して隠れちゃったんだね、ありがとう」
食事を持ってきてくれる少女がそのようなことを言っていた。本当はもう魔物自体いないんだけどなんかごめんね、ご飯はありがたく頂きます。討伐料だと思って……うん。騙しているようでちょっと心苦しい。
村人から食事を貰う以外は、ただ村の入り口付近で道の先に目を凝らし続けること六日目の夜明け前。馬を駆ってこちらに向かってくる、一つの影が見えた。私の目は鳥の目だが、どういう原理なのか暗くてもよく見える。だから、近づいてくるその人物が誰なのかはすぐにわかった。
馬は少しずつ減速して、やがて止まる。馬上の人物がひらりと地面に降り立って、私の目の前にやってきた。
(……アロイス)
私の知っている、十二歳の少年ではなく。勇者として活躍する青年がそこに居る。見上げるほど背が高くて、幼さが抜けた精悍な顔つきで、とても無表情で。だけど、私を見下ろす金の瞳の色だけは変わらない。
目が合ったまま、お互いに動かない。そのまま一体どれくらいの時間が経ったのか分からないけど、何か言わなくてはいけないという気に追い立てられる。しかし頭は真っ白で、言葉が上手くでてこない。私、アロイスに何を言おうとしてたんだっけ。
(そうだ、アロイスに謝らなきゃ、それから、そう、魔物!)
ゆっくり口を開こうとしたアロイスの言葉が出るより先に、私は叫ぶように言った。
「アロイスごめん!私、アロイスがやるはずの魔物やっちゃったよ!どうしよう!」
混乱した私の口から出た言葉は、当初の予定とは大分違っていた。軽く目を丸くして驚いているアロイスに、自分の失敗を悟る。
間違えたよ、完全に間違えたよ。まずは約束破ってごめんって言うつもりだったのに。直ぐ許容オーバーする私の鳥頭め。
「君は、相変わらず予想外だな」
それは、聞き慣れない低い声だったのにどこか懐かしく響き渡るようで心地よい。小さく口角を上げて笑う顔は見慣れないものだったのに、私の知っているアロイスの笑顔そのものだった。
大人になったアロイスと再会。
凹凸コンビの二人旅が始まります。




