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お喋りバードは自由に生きたい  作者: Mikura
野生の冒険者

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74.森の中で



 魔王城で一夜を明かし、朝食までしっかり頂いて私は一つの転移魔法陣の前に立った。目的地への案内役はヘリュが務めてくれるらしく、魔法陣の真ん中で私を待っている。

 美味しいご飯に温かいベッドまで用意されて非常に良い一晩だったな、としみじみ思いつつそれらを用意してくれたラーファエルを見遣る。相変わらず機嫌が良さそうに笑っていた。



「セイリア。何かあればいつでも俺を頼れ」


「んー……でも、頼りたくても連絡の仕方が分からないよ」



 魔王に頼るような状況は想像できないけれど、彼に頼らなければならない時は確実に危機的状況だと思う。しかし、そのような緊急時に即連絡できるような手段はあいにく持ち合わせていない。そんな私にラーファエルは笑いながら「だろうな」と言って小さな箱を差し出した。

 私の翼の先にそっと乗せられた掌サイズの黒の四角い箱は、リングケースのように真ん中が割れていて開けられそうに見える。見た目からは一体どうやって使うのかさっぱり分からない。



「これは声を飛ばす魔術具だ。開いて魔力を込めている間は俺のところまでお前の声が届く。俺から連絡することはできないが、何かあれば呼べ。飛んでいく」


「……なんか色々してもらってありがとう」



 この魔王、親切すぎて怖いくらいである。魔の王という名は魔物を統べているというだけの称号であって、中身は関係ないのだろう。

 ……了承なしに転移で部下に連れてこさせたり、軽く圧力かけながらここに住めって言われたりはしたけど。ここまでしてくれたのだからそれくらいは気にしないでおく。

 光は闇に狙われるみたいな話も聞いたが、ラーファエルはここに居ろという提案を一度断れば、普通にアロイスに会えるよう手伝ってくれたし、いつでも頼れと言ってくれる人だ。ちょっとしたことを根に持つのは流石に悪い気がする。ラーファエルは良い魔王、それでよし。貰った魔術具は大事にかばんの中にしまっておこう。



「ではセイリア。またな」



 笑顔のラーファエルに見送られ、私はヘリュと共に転移魔法で旅立った。といっても、魔法だから一瞬のことで長距離を移動したという感覚はない。魔力は意識してみれば確かに減ったかもしれないな、と言うくらいの微々たる使用量だった。

 白い光に包まれて、次に見えたものは石造りのボロボロな壁だった。魔王の元に連れて行かれる前に見たものとあまりにも酷似した景色だったので、マグナットレリアにあった廃墟に戻ったのかと思ったが、扉が壊れていないので同じ場所ではないようだ。

 埃っぽく呼吸も憚られる状態の家からそそくさと扉を壊しつつ外に出て、新鮮な空気を吸う。辺りは一面森であり、人の気配はない。もしかすると人間の領には人目のつかない場所を選んで、あちらこちらにこのような転移魔法陣が設置されているのかもしれない。



「こっちよ。人間が通る道までは案内してあげるわ」



 辺りは完全に森の中であり獣道すらない。そんな中を迷いなく進んでいくヘリュの背中を追って、私も歩く。高い草を踏み分けて入っていくワイルドなナイスボディのお姉さんとか、結構破壊力のある絵面じゃないだろうか。見た目が人間と変わらないので、見ていると不思議な気分になった。それにしても、同じような景色が続く中をよく迷わず進めると思う。

 それから暫く歩き続けて、木々が減り、茶色の地面がむき出しになった細い道が見えてきたところでヘリュは歩みを止めた。



「あっちにずっと道なりに進んで、最初に着いた村が勇者の目的地よ。曲がることはないから、さすがに迷わないでしょう?」


「うん、ありがとう」



 ヘリュは暫く私を見守っていたけれど、小道までたどり着いた私が彼女の指差した方向に進み始めたら、踵を返して森の中に消えていった。余韻が全く残らない去り方で、さっきまでその場に居た事が幻であったような気さえしてくる程である。

 転移魔法で魔王の元に連れて行かれて、勇者アロイスの現れる場所を占ってもらって、その付近まで連れてきてもらった。夢のような出来事である。

 ……本当に夢だったりして。後で鞄の中に貰ったものが入っているか確認しよう。



「さて……行くか」



 少し胸がドキドキするのは、期待なのか不安なのか。よく分からないが、行くしかない。落ち着かない気分を紛らわせるために森の中らしい童謡を歌い始めたが、この世界には言霊の力があるのかもしれない、と思わずには居られない。

 この道は森林を突っ切っている道であり、両脇には深い森が広がっている。そこから魔物が飛び出してくることは、ままあることだろう。しかし、だ。歌の内容とそっくりそのままの状況になるというのは、中々ない確率ではないだろうか。と、目の前で牙をむき出し警戒しまくっている人間の倍ほどありそうな熊を見ながら考えた。森から出てきた熊だから、多分フォレストベアだよね。



『とりあえず落ち着……』



 声をかけて説得しようと思ったが、恐怖で思考がぶっ飛んでいる相手には通じなかった。元の世界で熊は結構臆病な生き物だ、という話があったけれど、こちらの熊もそうなのかもしれない。恐慌状態で私に殴りかかってきた。

 攻撃してきた相手を無視して進むわけもなく、初心者装備の足爪による一突きで戦闘は終了した。やはりというか、熊ははじけ飛んでその場には緑の核だけが残った。朝ごはんをしっかり食べているので空腹感はないし、熊の核は後で食べるか売るかしようと鞄に仕舞う。魔物の核は結構良い値段で換金できると先達の冒険者二人組に教わったからね。



(……もう一回歌ったら、もう一匹出てきたりするのかな?)



 熊を二匹も狩ることができたら、良い資金になるし腕の証明にもなって、勇者に紹介してもらえるのではないだろうか。そのような事を考えた後、さすがにないなと苦笑しそうになった時だった。物凄い叫び声をあげながら巨大なものが目の前に飛び出してきて、私の行く先を阻んだ。



「まだ歌ってないよ!?」



 それは先ほどの熊よりも一回り以上の巨体をもった熊であった。赤い目を爛々と怒りに光らせて、私に向かって咆哮する。完全に怒りで我を忘れているように見えた。……もしかしてさっきの熊の親だろうか。物凄い怒り狂っている。これは話し合うのは無理だと悟った。


 空気が震えるような叫びをあげながら、巨大熊は立ち上がる。その巨体が陽の光を遮り、私は熊の影に覆われた。両腕を高く振り上げ、そして振り下ろす。両手パンチとでもいえばいいのか、引っかき攻撃といえばいいのか。そのように表現すると可愛らしく思えるかもしれないが、実際は凶悪なものである。人間なら確実にミンチになっているだろう。それなりの衝撃が私の体にも走った、と思う。

 私の翼をもぐつもりだったのかもしれない。両肩の上で止まった爪は、私の肌に食い込もうとしている。しかしそれが、私を傷つけることはなかった。【鉄壁】スキルを持った、運以外の能力値がSSランク超えの不死鳥相手にフォレストベア如きの攻撃が効くはずもない。

 がら空きの大きな腹に向かって、蹴りを叩き込む。爪の装備が深く突き刺さり、断末魔を上げる間もなくその体は消し飛んだ。その場に残ったのは赤と緑の混ざった核と、爪が二本だけだ。



「爪は鞄に入りきらない、かな?」



 核は鞄に押し込めば入ったけれど、大きな爪は流石に入りきらない。しかし、両手で抱えていくのは少々面倒くさそうだ。かといって、道端に置いておくと邪魔そうである。必要なら取りに来ればいいのだし、破棄するにはもったいないので、森の方に軽く穴を掘って埋めておいた。ちょっとだけ土を盛っておいたので、いざ探すとなればどうにかなるだろう。一応近くの木にも目印として傷をつけておく。これで完璧だ。


 それ以降は熊に出会うことはなく、三時間ほど歩いたところで空気のにおいが変わった。自然のものではなく、人間が生活しているにおいと言えばよいだろうか。村が近いのだ。



(……そこで、アロイスを待つ。もうすぐ、アロイスが来る)



 胸に渦巻く感情は、期待と不安が混ざり合う、不思議な感情だった。私は一つ深呼吸をして、覚悟を決める。



(アロイスに会ったら、謝ろう。約束破ってごめんねって)



 よし、と意気込んで、力強く地面を蹴ったら、地面が軽く凹んで慌てることになった。小さなクレーターが出来てしまい、慌ててその場を立ち去る。

 ……私がやる気を出すと碌なことがないってよく言われていたのだけど、本当に気を付けよう。村では大人しく、大人しく、アロイスを待とう。余計な事はしないと決意した。





魔王城を出発。次は村にたどり着いてからのお話です

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