73.善良な魔王
私の食事がすんで話が「探し人」の話題になってから、無言で現れたメイド達がさっさと食器を片付けていなくなった。テーブルの上はきれいさっぱり何もない。全て無言で素早い作業だった。仕事人すぎる。
それから暫くアロイスの特徴として容姿について伝えていたのだけれど、それでは足りない、本人だと断定できるだけの情報が必要だ、と言われた。だから最も分かりやすく現在の勇者であることを伝えれば、ラーファエルは興味深そうに片眉を上げた。
「ほう、勇者か。そういえば最近、勇者の素質を持っていそうな人間がいると報告を受けて、その辺りの魔物に手を加えたことがあったな」
「報告?」
「人間の領には僕を偵察に放っている。その報告だ」
……なんだか心当たりのあるような話である。偵察に来た魔王の僕と出会ったあと通常ありえない魔物が発生して、それを切っ掛けにアロイスと私は離されて、アロイスが勇者になった。その原因を思い出す。
「手を加えたって……もしかしてデス・ツリー?」
「そうだ。お前が知っているということは、その人間が勇者になったお前の親友か」
頷いて答えれば、ラーファエルはコテリとどこか人形のような動作で首を傾げた。白い髪が肩から流れ落ちていく様子に自然と目を引かれる。
「共に居たはずのお前の存在は報告されていないが……あの妖精、適当な報告を上げたのか」
十中八九悪戯妖精アニッタのことだと気づいたので、今にも眉間にしわが寄りそうになっているラーファエルに彼女が悪くないことを伝えたい。神に誓った約束だから、彼女が私の報告を行うことは出来なかったのだ。だけどどうすれば神の契約に触れずに伝えられるのか分からなくて少々あたふたとしていたら、楽しそうな顔で見られた。
「予想がついた。言わなくていいぞ」
……私が色々と迂闊なのは分かるけど、察しが良い人って困るよね。隠し事が出来ないよ。
私ではどう考えても頭の回転が速い相手には敵わないというか、掌の上でコロコロ転がされてしまうので、人前でほとんど喋ることが出来なかった鳥状態の方が色々と良かった気がしてきた。いや、鳥だからこそ人権も何もなくて問題が起こったのだけども。どっちにしろ問題しかないような気がする。
「ヘリュ、来い」
一人悶々と考える私を余所に、ラーファエルが誰かを呼んだ。殆ど間を置かず「お呼びでしょうか」とその場に召喚されるように現れた、ふんわりボブの山吹頭。私をここに連れてきた女性だ。出会った時とは違い、身だしなみを整えて普通に美人だし声も綺麗だった。……あの声はなんだったんだろう。
「勇者の居場所について、現在地と次の目的地となる場所を占え」
「お安い御用です」
にこり、と笑ってヘリュが頷く。彼女がアロイスの居場所を占いによって探してくれるらしい。魔王城の占術師であるヘリュは、私が生まれることや成長した私が通る場所を占って当てたようで、かなりの凄腕なのだとか。
魔王は仲間を呼んだ。下っ端Aが現れた!とか思ってしまってごめんなさい。よろしくお願いします。
私はヘリュがやる占いを眺めていたのだけど、何をしているのかよくわからなかった。地図の上に光る粉を振りかけたり、菱形の石をくるくる回してみたり。ヘリュは真剣な顔で不思議な道具を使いながら占い、三十分もしないうちに「わかりましたわ」と顔を上げた。
「勇者の現在地はここ。目的を果たして次の場所を目指しています。そして次に向かう先はこちら。ここでは特殊進化が確認されていますから、それの討伐かと」
ヘリュが地図に滑らせる指を見ながら、次の目的地が別領地であることだけは理解した。あっちこっちに行かなきゃいけないアロイスは大変だろう。休む間もなく動き回っているなんて。
「特殊進化した魔物を平然と相手取るなら、勇者の腕は確かだな」
ラーファエルの呟きに、ちょっとした疑問を抱いた。彼は魔物を狩られることについては何も思わないのだろうか。というか、特殊進化ってなんだろう。魔王の御膝元には人間社会とは全く別の常識がありそうだ。知らないことは何でも訊いてみるしかない。
「人間の領で発生した魔物は俺の民じゃないからな、どうでもいい。特殊進化というのは、人間でいうなら脅威個体と呼ばれている、通常の進化系から外れている存在のことだ」
私の疑問にはそのような答えが返ってきた。……やっぱり魔王の領が人間の五つの領以外にあるようなのだけど、ヘリュの広げた地図上にそれらしきものは見えなかった。どこにあるんだろう。
「ねぇ、魔王の領地ってどこにあるの?地図に載ってないよ?」
「……それも知らないのか。ヘリュ」
「はい。ただいま」
名前を呼ばれただけでラーファエルの意を汲む事が出来るヘリュの有能さに驚き、新たに広げられた大きな地図を見て更に驚くことになった。
それは今まで見ていた地図とは全く違うもので、訳が分からず混乱しそうになる。私が生まれた場所がどこかさっぱりわからない。マグナットレリアどころかスティーブレンという国がどこに描いてあるのかもわからないよ。
「ここが、お前の居た人間の国。その他にもここと、ここ……これも人間の住む国だ」
その地図の最も広い大陸が魔王の治める領地であり、それに囲まれながらも水で隔たれていたり、大陸から離れていたりする陸や島に人間が住んでいるらしい。私が生まれた人間の国スティーブレンは、言うなれば世界地図の中の日本くらいの大きさであり、自分の知っていた世界がほんの一部であったことを理解した。……外って、こんなに広いんだね。
「あれ、っていうことは私今、物凄く遠いところに来ちゃってるの?」
「そうだな。転移魔法は長距離移動が簡単に行えて便利だ」
その言葉にヘリュが納得のいかなさそうな顔をした。理由を尋ねてみれば、呆れた顔で答えが返ってくる。
「長距離であるほど魔力を消費するのですから、簡単にやってしまうのは魔王様と貴女くらいですよ」
今回私が連れてこられた転移の魔法は、本来ならヘリュが倒れる程魔力を全力で注いで発動させる予定だったのが、自分が魔力を注ぐ前に私から漏れ出た魔力が使われてしまったらしい。自分の魔力が殆ど減らないまま転移が完了し、魔王より命を受けて連れて行かなければいけない客人に、なんてことをさせたのだと青くなったのに、当の本人は自分がやった事にも全く気付いていない様子でケロリとしていて正直引いた、というようなことを言われた。むしろ魔力を使った感覚がなかったので、あの魔法が私の魔力で発動していたことに驚きである。
「転移魔法には光と闇の属性が相性いいんだ。俺やセイリアが楽に転移魔法を使える理由はそれだな。魔力の強さも勿論関係するが」
「……でも使う気がない魔力が使われるってどうなの?」
「お前がその姿に慣れていない所為か、魔力をダダ漏れにしているからだ。陣に直接触れていたんだろ?術者として認識されたはずだ」
魔力を出しながら魔法陣に触れていたんだから術者として数えられても仕方がない、と言われた。誰が術者として認識するんだろうね。光と闇の神様かな。
「そんなことより、お前は早く親友に会いたいんじゃないのか?」
「……会いたいよ」
会いたいけど、会えるのだと思うと不安になるだけで。絶対会えるのだから出発はちょっとくらい遅くなっても大丈夫だよね、と思ってしまうだけで。アロイスには会いたいのだ。
「そうだな、明日にでもお前の親友の次の目的地へ送ろう。勇者に会うなら何かと準備も必要だろうし、先に街で待っていればいい。時間の余裕はある、今夜一晩はゆっくり休め」
「……うん。ありがとう、ラーファエル」
ラーファエルが綺麗な顔で笑ったので、私も笑い返しておいた。魔王という名には極悪人のイメージしかないけど、彼はいい人だ。……人?いや、良い魔王か。
「おやすみ、セイリア。良い夢を」
メイドに連れられ退室する私を見送る彼は笑顔だった。銀の暗い瞳は心底楽しそうであり、そして嬉しそうであり、その理由は私には分からなかった。
―――――――――
「魔王様、どういうおつもりですか?」
ヘリュは戸惑っていた。ラーファエルの行動が全く理解できなかったからだ。椅子に深く腰掛け、悠々と足を組みながらラーファエルは笑っている。実に楽しそうな顔である。
「どう、とは?」
「おっしゃっていたことと、今なさっていることが違います」
闇の属性をもつラーファエルの、属性故に起こる渇きを潤すことができる唯一の相手が、光の属性を持つ存在だ。闇と光は必ず対となる者が生まれる。ただし、生まれる時期が近いとは限らない。命が尽きる前には必ず生まれるが、寿命のないラーファエルのような存在が闇属性であった場合、どれほど待てば己の対が生まれるのか分からない。言いようのない、満たされぬ渇きにひたすら耐え続け、対の誕生を待ち望むしかないのだ。
だからこそ、対となる光の存在を見つけたなら決して逃さない、と言ったラーファエルの言葉をヘリュはよく覚えている。五千年近く待ち望んでいた存在が生まれると知った時の、闇の貌を忘れることは決して出来ないだろう。そんな彼が今、他人の元に追い求めていた光の相手を送り出そうとしていることがヘリュには理解できない。
「セイリアは、親友だと言っている相手に心を寄せているだろ?」
「……ええ」
それは恋慕だという確たる証拠はない。しかしセイリアという魔物の心の大部分を占めている存在は、間違いなく親友だと呼んでいる相手だ。それはほんの短い時間話しただけで十分に伝わってきた。だからこそ、ヘリュはラーファエルが嫉妬や独占欲を発揮して何かをやると思い込んでいた。けれど、彼は機嫌よく笑うばかりで何もせず、むしろその相手に会う手助けをしようとしている。
「あれを怒らせればタダではすまない。それなら、今は親切にしてやって印象を良くしておくべきだ。……相手は、人間だからな」
口角を吊り上げて笑ったラーファエル。それはとてもとても愉快そうな笑みだった。
「あと数十年くらい、大した時間じゃない。いつ生まれるかも知れん相手を待ち続けるよりはずっと楽なことだ。そうだろ、ヘリュ」
「…………はい」
その顔は確かに笑っていた。けれど細められた銀の瞳の奥にどす黒い激情を垣間見てしまった。嫉妬も独占欲も、闇の神に強く愛されている魔王に宿っていないはずのない感情だ。細い体に押し込められているはずの感情に当てられ、全身に走る寒気をごまかすようにヘリュは自分を支配する王に向かって、ただ頭を垂れ床に額をつけるばかりだ。
(……かわいそうに)
五千年近く積み上がった欲が静かに内側で燃え続けていることを悟ったヘリュは、それを向けられることになるであろう唯一の存在に少しばかり同情を覚えた。
セイリアはとてつもない能力を持っている。どうやらヘリュの使った己を老婆に見せかける催眠に掛かっていなかったようで、魔王の呼びかけに現れたヘリュを見て「あ、さっきの」と呟いたのだ。催眠に掛かっている前提で声と話し方を作っていたのだが、セイリアにはただひたすら奇妙な者に見えただろう。それでも疑うことなく手助けをしてくれるようなお人好し。そんな相手には少しばかり同情もしてしまう。
だが、それだけだ。可哀想だが、早く魔王のものになればいい。そうすれば、恐ろしい銀の瞳を見る機会も減るはずだ。ヘリュはそう思って胸の内でそっとため息を吐いた。
更新再開です。またよろしくお願いします。




