72.魔王と晩餐
お知らせ。どうしても外せない用事があるので三日程更新をお休みすると思います。
何故このようなことになったのかさっぱり分からない。目の前には美しい魔王と美味しそうなご馳走、周りには他の誰もおらず、二人きりの晩餐会である。もうすぐ夜だから休んでいけと魔王が言った瞬間わらわらとメイドのような人たちが現れて、目を白黒しているうちに気が付いたら荷物を預かられ、風呂に入れられ、この部屋に連れてこられて食事を勧められた。うん、改めて考えてもよくわからない。とりあえず冷めないうちにいただきます。
何から食べようか、まずはサラダかな、と食べる順番を考えつつ食事を始めた。向かい側の魔王の前に食事はなく、またそれを気にする様子もなく。彼は椅子に深く腰掛け、ひじ掛けに頬杖をついて私を楽しそうに観察している。
あまり見られると食べにくい、と思ったのは最初だけだった。ご飯が美味しいのである。視線を気にしている場合ではない。狩った魔物の核を五日ほど食べ続けて料理を一切口にしていなかったせいもあるかもしれないが、大変美味であった。
食べることに夢中になって魔王の存在をほぼ忘れながら食事を終えたところで声を掛けられた。
「俺はラーファエル。お前は?」
「私はセイリアだよ」
アロイスが付けてくれた私の大事な名前だ。人間相手には「セイリア」と名乗るのは少々問題があるけれど、魔王相手なら構わないだろう。
人間の前で名乗るとどうなるか分からない。褒め言葉として使われる名詞を堂々と名乗るのは如何なものかと思う。名前の由来は私だとしても、他人にはそんなことが分かるはずがない。自分で自分が「美しいです」と言っているようなもので、傍から見れば完全にナルシストである。もっと言えばペットにつけるならまだしも子供につけてしまったらDQNネームみたいな、そういう名前だ。「キュートちゃん」とか「ビューティーちゃん」とか、そのようなイメージで見られる可能性がある。勘弁して頂きたい。
「たしか、セイレーンの歌を意味する名だな。誰がつけた?」
魔王であるラーファエルはやはり、最近出てきた人間の褒め言葉を知らないようだ。昔からある意味合いで捉えている。そのことにほっとしつつ、笑顔で自慢げに答えた。
「私の親友だよ」
「…………人間じゃないのか?」
「人間だよ?」
ラーファエルが不思議そうにしていることが私には不思議で、首を傾げる。そしてふと、以前アニッタと話したことを思い出した。人間と会話することが出来る魔物である妖精の彼女も、人間と仲がいいのは変だと言うのだから、魔王であるラーファエルから見ても人間と魔物が仲がいいのは可笑しいと思うのかもしれない。
(……ん?いや、待って。私、今、魔物じゃないよね……?)
私は今ハーピーの姿をしていて、外見からすれば亜人という存在であり、魔物ではない。人間と仲が良くても可笑しくはないはずだ。そうなると、私が予測したラーファエルの心境は外れていることになる。
それとも、魔物の中では亜人系の存在も魔物の仲間なのだろうか。よく分からない。考えても分からないことは、知っている人に訊くのが手っ取り早い解決方法である。この世界にグーグル先生は存在しないしね。
「あのね、魔王。ちょっと訊きたいんだけど」
「ラーファエルだ」
「……ラーファエル、亜人って魔物からするとどういう存在なの?」
私が魔王と呼べば不服そうにして、名前を呼べば満足そうになる彼によると、亜人は人間と変わらない認識らしい。魔王領地内ではなく、人間の街で暮らしている者達は姿がどうであれ、人間と同じものだと思っているようだ。
……魔王領地内ってなんだろう。私が知っている領地は五つしかないんだけどな。ここ、本当にどこなのかな。気にしたら負けかもしれない。元の質問に戻そう。
「……亜人が人間と同じ扱いなら、私が人間と仲良くしてても不思議じゃないよね?」
「お前は亜人じゃないだろう。動作のぎこちないその姿が偽りのものであることくらい分かる。本来は何だ?」
なんと、ラーファエルには私のこの姿が偽りのものだと分かっていたらしい。確かに、人間と鳥の中間であるこの体には変化したばかりで違和感はゼロではないが、大分慣れたし動きで疑われることもなかったから不自然さはないのだと思っていた。魔王の観察眼、恐るべし。人間にはばれなかったのにね。
しかし、本来は何かといわれても自分の種族が自分でもはっきり分からないので答えようがない。首を傾げて答えに困っていると、自分のことが分からないのかと驚いたように問われた。そのとおりである。
「【鑑定】をさせろ、セイリア」
「【鑑定】持ってるの?いいよ」
人間相手なら色々とまずいと知っているが、魔王相手なら私のステータスは別に問題にならないだろう。むしろ易々と手を出せないと思ってくれたらいいな、と気軽に許可を出してはたと気づいた。……私、【異界の経験】とかいう明らかに異質なスキル持ってるんだった。それは知られたくない。と思って許可を撤回しようとしたがもう遅かったようだ。鑑定を終えたらしいラーファエルが片眉を上げて小さく呟いた。
「化け物だな、お前」
「え?それ魔王が言う?」
「魔王だからだ。俺を【鑑定】してみろ」
言われたとおり魔王と呼ばれる彼を【鑑定】してみた。そうすれば自分の強さというものも理解できるだろうと思ったのだが、あまり理解したくない結果だった。
ラーファエルは予想通り闇の属性であり、種族は魔王となっていた。彼の能力値を見れば、全てがSランクを超えているし、魔力や腕力はSSランクである。けれど、私を【鑑定】した際に出るSS~というような、それ以上をあらわす記号はない。魔王以上の能力を持つ鳥ってそれはもう化け物だろう。いや、怪鳥だろうか……?どっちにしろ嫌だ。
ため息を吐きそうになったが、ふと違和感を覚えて鑑定結果を見直した。やっぱり何かが可笑しい。
「ラーファエル、スキルがいくつか分からないっていうか……なんか変だよ」
ラーファエルのスキルが穴あきというか、明らかに何かが足りない気がする。【不老】とか【王者の風格】とか色々分かったから鑑定は出来ているはずなのだけど、でも足りないと思うのだ。不思議な感覚に頭をひねっていたら、ラーファエルが驚き呆れたような声を出した。
「……隠したつもりだが、それでもいくつか見られたのか」
「え?隠せるの?」
「見せる気がなければな。俺もお前のスキルで見えないものがある」
【鑑定】を持つ者同士である場合、スキルの行使には能力値が関係してくる。能力値の高い方が有利であり、【鑑定】の阻害ができたり、また相手がスキルを阻害したはずの部分を覗くこともできる。力の差があればあるほど低い方は高い相手にスキルを使えず、高い方は低い相手に能力を使いたい放題の仕組みなのだとか。
それならミシェルが私を鑑定出来なかった理由もつく。私、アロイス以外に能力を教える気は微塵もなかったもんね。ラーファエルが【異界の経験】スキルについて触れてこないから、多分それは見られていないのだろうし。能力が高いって素晴らしい。化け物じみた規格外能力値に感謝である。……頭が弱いところも補完してくれればいいのに。
「お前が自分の正体が分からない、と言うのも納得できるな」
「うん、ラーファエルも分からないでしょう?」
「そうでもない。これはまだ、お前の種族が正確に定まっていないだけだ。一番近い種族としては不死鳥だが……いや、不死鳥の幼体と言うべきか。今のまま育てば不死鳥になるだろうよ」
思いがけない出会いで種族名の(?)表示の意味を知ることになった。私、本当に種族不明の魔物だったらしい。今のまま育てば、ってもしかして何かやったらまた別の種族になるのだろうか。……カナリーバードに戻るんだったら嫌だな。貴族に愛でられる生活はもう、ごめんだ。
「それにしても、ラーファエルは物知りだよね」
「……俺の年齢を見てそれを言うか?」
「あ、うん。経験豊富そうだとは思ったよ」
彼は五千に届きそうな年齢であり、見た目は青年なのにとんでもない詐欺だと思う。【不老】スキルを持っていることにより、肉体が全盛期の状態から時を止めているようだ。私の【不死】は老いを止めることが出来ないし、彼の【不老】スキルは死なない訳ではない。あわされば完璧な不老不死だが、それを得てしまえばもう生物として理から外れてしまったも同然だと思う。
「俺は大抵のことを知っているが、お前は何も知らないな、セイリア」
スッと銀の目が細められた。それは確かに笑みであったが、ほの暗いものを感じて背筋に緊張が走った。
「俺はずっと、俺の対となる光の存在が生まれるのを待っていた。それがお前だ。何も知らないお前に俺が全て教えてやるから、ここで暮らせ。不自由はさせない。悪い提案じゃないだろう?」
その声は重く圧し掛かるような響きを持っていて、温かい愛情のようなものは微塵も籠っていない。彼の声と表情から感じ取れるものは執着であり、一度捕まったら逃れられないだろうという予感がした。
はっきり断らなくてはいけない。ここで言葉を濁してはいけない。魔王から感じる圧迫感に負けてはいけない。誰かに圧倒されそうになったのは、この世界に生まれて初めての経験だった。
「私、行かなきゃならないところがあるんだよ。だから駄目」
「行く?どこへ?」
「親友のところ」
そう答えた途端、私にかかる圧が消えた。ラーファエルは楽しそうな顔で笑っている。
「居場所を占って、連れて行ってやろう」
「え?ホント?ありがとう!」
それは非常にありがたい提案で、断る理由はなかった。連れて行ってもらえるなら迷うこともない。
地図の見方を教えてもらうために女性を助けようとしたら、魔王の元に連れてこられてしまうようなハプニングはあったけれど、結果を見ればそれでよかったと言える。終わり良ければ総て良しだね。
「……他人を信用しすぎて少々不安だな、お前は」
「え?もしかして嘘なの?」
「嘘はついていない。探し人の特徴を教えろ」
どこか呆れているように見えるラーファエルの顔は、色彩も存在も真逆であるはずのアロイスにちょっとだけ似ている気がした。
アロイスの特徴をラーファエルに伝えながら、アロイスとの再会が近づいてきているという実感と同時に不安が湧き上がる。
……アロイスに会えるなら嬉しいはずなのに、なんでだろう。会わなきゃいけないし、会いたいはずなのに。
脳裏に浮かんだアロイスは優しく笑う少年ではなく、冷たい無表情の青年だった。
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【名前】ラーファエル
【種族】魔王
【称号】魔を統べる者
【年齢】4989歳
【属性】闇
【保有スキル】
鑑定・天の贈り物・不老・王者の風格・統べる者
【生命力】S+
【腕力】SS
【魔力】SS
【俊敏】S+
【運】SS
会いたいけど会いたくない状況ってありますよね。喧嘩した友達に謝りにいくときとか。早く行こうと思ってるのに何故か家に行く前につい寄り道しちゃったりなんたりするあんな感じの心境なセイリア。
ラーファエルの持つ【王者の風格】はセイリアの【強者の風格】の上位互換スキルです。セイリアに効果がある威圧が出せるのは今のところ魔王だけですね。
続きは暇を見て書けるだけ書こうとは思いますが、早くて二日、長くて三日の休みになりそうです。




