71.遭遇
2017年 06月07日。大幅に改稿しました。
冒険といえばやはり敵と戦ったり、お宝を見つけたり、ワクワクするものだと思う。時には山賊に出会って身包みをはがされそうになったり、物語の主人公なら自分を襲った山賊のアジトを壊滅させて、近くの村の人たちに感謝されたりするのかもしれない。
しかし、我が鳥生はそのようにいかないようであった。
「えーと……こっちかな……」
いい加減人が居る場所へ辿りつきたい私だが、歩けども歩けども木々の中である。もしかしてぐるぐると同じところを回っているのではないかと疑うレベルで森の中から抜け出せない。……ずっと進んできたっていう感覚はあるからそれはないはずだと思うのだけど。
空を飛んで移動する、という選択肢はとれないのでひたすら歩いている。装備が重たいのか、鳥人の構造が飛ぶのに適さないのか、体が宙に浮かばないのだ。カナリーバードやスライム、不死鳥の姿になるなど論外だし、私に選択肢はない。この姿なら人間に出会った時に道を聞けるしね。まだ誰にも出会わないけど。
そして、出会う魔物達。私を見た魔物は敵意を持った時点で威圧されるため、その場で可哀想なほど怯えて固まるか、逃げ出すかのどちらかである。
生まれ変わってから魔物を食さなくてはいけないと感じることはなくなったが、それでも空腹はやってくる。ので、可哀想な魔物の数匹はお腹に入れつつ、私の旅は既に五日が経過した。ひたすら歩き続けて、勘を頼りになんとなくアロイスが居そうな方向に歩いているのだけれど。全く人に会わないため不安になってきた。
気を紛らわせるため、森の中で熊に遭遇という恐ろしい内容の明るい曲を鼻歌で歌いつつ歩いていると、熊ではなかったが非常に意外なものがやってきた。
『あれあれ、あれ?お前、あれじゃない?元気にしてた?』
『わお、兄弟?』
鮮やかな赤が陽の光を受けて輝く、美しい鳥。人間を魅了してやまない、カナリーバードである。そして、どうやらその野生個体は私の兄弟であるらしかった。
明らかに姿形の違う私をよく自分の血族だと分かったものだ。不思議に思って訊いてみたら、分からないはずがないと言われた。
『お前、自覚ない?昔からそんな変な魔力出してるのに、分からない訳ないよな?』
『え、そうなの?』
『そうそう。特徴ありすぎ。っていうか何でそんな姿に?』
『色々あったんだよ、色々』
足元に降り立った兄弟は、ちょこちょこと足を動かして私に並び歩いている。私も彼に合わせて歩幅を縮め、ゆっくり歩いた。誰かと話すのは五日ぶりで、どこか寂しく感じていたらしく雑談に花を咲かせる。野生のカナリーバードはそれなりに長生きらしく、魔物に狩られなければ十年は生きるようで、他の兄弟も生きている、と聞いて少し嬉しくなった。
……私と一緒に攫われた二匹の兄弟は、きっともう生きていないだろうな。
『ねえ兄弟、このあたりで人間が居る村とかない?』
『この辺に人間が要る訳ないぜ。ずーっとあっちに向かって行ったらあるけどな』
……なんということだ。誰かに会って道を訊くためにはもっと歩き続けなければいけないらしい。飛んでいくことはできないし、歩いていくしかないのかとため息を吐いたときだった。兄弟が思い出したようにピ、と短く鳴く。
『そういえば、あっちで人間っぽいのを見たな』
『え?ほんと?』
『おうよ。なんか倒れてたな』
『そっか倒れてたのか……って、倒れてたの?生きてた?』
あまりにも平然と倒れていたと言われたせいで流しそうになった。人間と関わらない、むしろ人間は敵である魔物の兄弟からすれば、倒れている人間などどうでもいい存在なのだろう。生存を気にしている私を不思議そうに見ていた。
『生きてたとは思うけど、気になるのか?』
『うん。どこに倒れてたの?』
『あっちに真っ直ぐ行けば見えると思うぜ。あれのとこ行くなら、俺はもう帰るけど』
兄弟がクイっと嘴を向けた方向に目を向けて、私は彼に別れを告げた。倒れているなら、急いだ方がいいだろう。救護をして、元気になったら地図の見方を教えてもらえばいい。
『じゃあな。元気でやれよ』
飛び立つ兄弟に軽く翼を振って応えた後、駆け足で人間が居たという方向に向かった。暫く走れば確かに一つの気配を感じる。速度を上げて近づくと、そこには黒いローブの人物がうつぶせに倒れていた。近くに杖が落ちているから、足の不自由な人なのかもしれない。
顔が見えないのでどういう状態なのかも分からないし、近づいて背中に触れながら「大丈夫ですか」と声をかけた。
「ああ……大丈夫だよ。ちょっと足を捻っちまってね……」
夕日のような色の目が私を見る。山吹色の髪は随分と乱れてぼさぼさだけれど、綺麗な女性だった。ゆっくりと身を起こした彼女の体の凹凸は見事なものである。見るからに若く美しい女性なのだけど、話し方や声が老婆のようで不思議だった。
「すまないけど、あたしは目が悪くてね……この辺りに指輪、落ちてないかい?」
「指輪?」
若いのに目が悪くて杖で歩かなければならないなんて大変だろう。そんな彼女がこんな森の中に居ることは不思議だったが、ともかく人助けが優先だ。
辺りを見渡すと、親指の爪サイズのオパールがついた指輪が転がっているのを見つけた。金の台座にはめられてキラキラしていて、とても綺麗だ。翼の先で上手く握りこみ、女性に渡す。
「これかな。キラキラして綺麗だね」
「ああ、自慢の特別な指輪さ」
女性が差し出した掌にそっと指輪を落とした。黒い手袋の上で真珠のような色合いの指輪が転がって、さっとそれを懐にしまった女性を見ながら、首を傾げる。
……さっきは七色の複雑な色をした、オパールみたいな宝石だったよね?
「はぁ……ようやく見つけた」
彼女は私の耳でようやく拾えるくらいの小さな声でそう呟いた。その物言いに違和感があって、首を傾げる。しかし女性はなんでもなかったように人好きのするニコニコとした笑みを浮かべて「ありがとう」と口にした。
「お嬢ちゃん、一つお願いがあるんだが……私を家まで送ってくれないかい?この近くなんだけどね、足が痛くて一人で移動できそうにないんだよ」
「うん、いいよ。あ、その代わりといっては何だけど、後で地図の目的地までの行き方を教えてくれる?」
「ああ、もちろんだよ。ありがとう、お嬢ちゃん」
背負っていたリュックを体の前に移動させ、女性に背中を向ける。翼で人を一人背負うのは中々むずかしかったけれど、どうにか安定させて彼女の言うとおりに森の中を進んだ。もと来た道からドンドン離れながら、暫く歩いて見えてきたのは家と呼べるか怪しい代物だった。蔦が巻きつきまり苔が生した、廃墟といっても過言ではないボロボロ具合の石造りの四角い建物で、どう見ても人が住んでいるようなものではない。
「……ねえ、まさかあれ?魔女の家みたいな恐ろしさがあるんだけど」
「そう、あれがあたしの家だよ。ちょっと汚いけどねぇ」
ちょっと、と言う言葉には疑問を持たざるを得ない状態の建物だが、それが目的の家だと本人が言うならそうなのだろう。押せば壊れてしまいそうな木の戸を頭で押して、予想通りバキリと音を立てて金具が外れて壊れた戸を踏みながら室内に入った。壊しちゃったけど、仕方ないよ。元から取れかけてたんだからね、私は悪くないよ。
そうして入った建物の中は換気が全くされていないようで埃っぽく、軽く咳き込んでしまう。
「ねえ、ほんとにここ、家?」
「ここっていうか、この奥なんだよねぇ……」
「奥行きがあるようには見えないんだけど」
出来るだけ埃を吸い込まないように呼吸を浅くしつつ、更に部屋の中へと進んだ。木の戸を通り過ぎれば、埃と塵にまみれた床を踏んで足の裏がざらりとする嫌な感触が伝わってきた。
「転移、謁見の間」
「はい?」
瞬間、私の視界が真っ白に塗りつぶされ、転移魔法によって移動させられた事を悟る。気がついたときには見覚えのない場所に居て、見た事がないほど綺麗な人に見下ろされていた。
謁見の間というのだから、ごてごてとした椅子は玉座で、そこにある人物は何かしらの王であろう。雪のように白い髪は肘掛に届く程長く、その髪と殆ど変わらない陶器のような白い肌をしている。それらを引き立たせるような黒の装束を纏う体は細いのに、その存在感は圧倒的であった。薄らと笑みを浮かべた顔は神様がこの世の美を集結したのではないか、というくらい完璧に整っていて、綺麗過ぎて恐ろしいと感じる。
「ようやく来たか、光の者。この時を一体何百年と待ちわびた事か」
ニィ、と吊り上った口から牙が覗いた。ゆったりとした動きで立ち上がり、さらりと顔に流れた髪を尖った耳の後ろへと流してこちらに向かってくる。殆ど人間と変わらぬ姿形をしているのに、到底人間とは思えない人外の美しさを持っているその存在は、輝くような容姿とは裏腹に強大な闇を纏っているように見えてならなかった。
私がおぶっていたはずの女性は、いつのまにか少し離れた場所で頭を垂れている。闇を纏う王のような風格を持つ人外の存在に対して、平伏しているように見えた。
音もなく私の前まで歩いてきた彼を見上げれば、輝くような銀であるはずなのにどこか暗い印象を受ける瞳と目が合う。吸い込まれそうな力を感じる、強い目だった。
「……魔王?」
「いかにも」
何故かとても嬉しそうな顔で、魔王はそう答えた。
やっと魔王が出せたよバンザーイ!!
魔王の話が出たの、一ヶ月くらい前じゃないでしょうか。




