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お喋りバードは自由に生きたい  作者: Mikura
野生の冒険者

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70.旅立ちの日



 朝である。身だしなみを整えて宿部屋を出れば、部屋の前で眠そうな顔をしたデニスとホンザが待っていた。朝の挨拶を交わし、朝食を摂るべく宿の食堂へ向かう。



「姉さん、昨日の夜どこ行ってたんスか?」


「ちょっと散歩に行ってただけだよ」



 散歩のついでに墓を一つ荒らして来たけれど、自分の墓から自分の物を取ってきただけなので罪悪感は微塵もない。しかし何故か、ホンザからどことなく責めるような視線を向けられて首を傾げた。



「それならそうと言ってくださいッスよ……昨日、大変だったんスから……」


「えーと……ごめんね?」


「ホンザ、姉さんが分からなくて困ってるだろ。すみません姉さん……昨日の夜はレオが押しかけて来て」



 デニスの説明によれば、昨夜二人の元にハーピー好き衛兵のレオがやってきたらしい。その時私は休むと言って部屋に戻っていたし、眠っているなら起こしてはいけないと二人は食堂で酒を飲みつつレオの相手をしていた。

 レオは私が森で遭難していたという話を聞けば、きっと大変な身の上に違いない助けになってやりたいと正義感に燃え、冒険者組合でアイドルとなった話を聞けば、何故その場に居なかったのかと悔しさに唇を噛み、ついには是非お話がしたいと私が休んでいる(はずの)部屋に突撃しようとして、それを必死に止めた二人はとてもお疲れの様だ。一時間の攻防の末、諦めた様子に見えたレオに気を抜いた瞬間に突破されてしまい、二人して血の気が引いたのだとか。



「……ん?なんで?」


「姉さんの睡眠を邪魔して怒らせたらと思うと……」



 ホンザが己の腕をさすりつつ身震いした。出会った時の威圧が余程効いているらしい。【状態異常無効】のスキルのおかげか、眠気でスッキリ起きられないこともないし、いきなり起こされたところで怒りはしないと思うけど、それはともかくとして。部屋に突撃したレオが何度呼びかけても返事がないし、二人が声を掛けても反応がなく、何かあったのではないかと慌てて宿主に部屋の鍵を開けてもらったら荷物はあったが私が居なかった。

 おそらく墓周辺の地面に潜っていた頃の事だろう。出かけるなら言ってくれればあんな苦労はしなかった、と疲れた様子の二人には謝っておいた。

 ごめんねほんと。でも流石に墓を荒らしに出かける前に声を掛ける気は起きなかったんだよ。



「俺たちが奴をあしらうって言い出したから別にいいんです。ホンザももういいだろ。そんなことより姉さん、今日は髪を結んでるんですね、似合います」


「そう?ありがとう」



 私に謝られるのが落ち着かないのか、デニスがサッと話題を変えて私の髪型を褒めてくれた。今の私は髪を横にまとめて緩く結っている。お世辞なのは分かるけれど、やはり女子としては髪型を変えて褒められるのは嬉しいものである。髪をまとめるために試行錯誤した朝の状態を思い出し、頑張った自分を褒めてやりたい気分になった。


 私には手がない。翼の先は開いたり閉じたりできるけれど、指がついた手のように便利ではない。グーとパーだけで紐を使って髪をまとめるというのは困難だ。そこで思い付いたのが「翼だけスライムに変化できないか」という事だった。

 結果、それを行うことは出来た。両翼は一度形を残したまま金のスライムに変化し、スライム部分は自由自在に動かせたので先の方を手の形にして髪を結んだ。

 ……更に人間から離れたというか、怪物化しているような……気のせいだと思いたい。


 顔と胴体は人間、下半身は鳥、腕部は翼の形をした黄金スライムという、何のキメラだと疑いたくなるような恰好になってまでこの髪型にしたのは、右耳につけた装飾品を髪で隠すためである。

 自分の墓から()ってきたアロイスとの【仲間の指輪】は、従魔契約の装飾品に酷似して作られている。鳥の足に嵌っていた小さなカフスのようなそれは、耳に押し当てれば変化してきっちり嵌ってくれたのだけど、見た目が大きく変わった訳ではない。おそらく見る人が見れば「従属の証」だと思うだろう。それを見られると色々とややこしそうだし、こうして髪で隠すことにしたのだ。

 うん、ちゃんと考えられるだけ私の鳥頭も少しは成長したのではなかろうか。とご機嫌で朝食を摂る。宿で出てきたのはパンとスープにスクランブルエッグといった軽いものだ。

 冒険者が言わないのか、平民が言わないのか分からないけれど、彼らは食前の言葉を唱えない。そんな中で自分だけ貴族の暮らしの中で知った言葉を口にする訳にもいかず、しかし既に習慣となった言葉を使わないのも落ち着かないので、心の中で「感謝を」と唱えてから食べる。



「あ、そうそう。装備もそろったし、さっそく勇者を探して旅に出ようと思うんだけど」



 食事をしながらそう伝えると、二人は綺麗にそろって固まった。そんなに驚くことだろうか。



「え、姉さん。まさか、直ぐ出発するって訳じゃ……ないッスよね?」


「え?出発したいけど……あ、そっか、勇者がどこに居るかまだ調べてなかったね。情報が入ったらすぐ出るよ」



 私の言葉に二人は顔を見合わせて、何らかの意思疎通を行ったようで頷きあい、もう一度私を見た。無言で通じ合っている姿を見ると、相棒っていう感じがしていいね。【伝心】を持っているわけでもないだろうに。



「姉さん、情報収集は俺達がやります。だからお願いです。今日もまた冒険者組合で歌ってくれませんかね?」


「なんで?」


「いや、実はッスね……レオのやつが……」



 話を聞いてみると、昨日私の歌を聞けなかったレオは本日無理矢理休みをもぎ取って、冒険者組合内で待機しているらしい。普通に怖い。

 明日歌うかもしれないから、とどうにか宥めて朝までに宿から追い出したというので、二人としては何の音沙汰もなく私が居なくなるとレオの暴走が怖いのだという。それは私も怖い。

 ここまで世話になった二人に頼まれたなら、恩返しというほどではないが断るつもりはない。何曲か歌うくらいなら安いものである。



「歌うのはいいけど、二人はいいの?情報、集めてくれるのは助かるけど」


「いいですよ。それでレオが止まるなら、俺達も助かります」


「そっか。じゃあ私、今日は歌いながら二人を待ってるね」



 二人に全く利がない提案だと思う。アロイスの情報を持ってきてもらえたら、情報料という名目でお礼にお金を渡すくらいはしよう、と考えながら了解した。

 朝食を終えて少し休憩したら荷物をまとめ宿を出て、二人と別れて組合に向かう。途中で昨日の観客らしい人々に声をかけられて、今から歌う旨を伝えれば大抵の者は慌てて用事を片付けに行った。後で行くからそれまでは終わらないでくれ、と念押しする者も居た。

 ……なんというか、本当に人気である。貴族を虜にしたカナリーバードの声って凄いな。中毒性ありそう。


 冒険者組合内に入ると、誰かが「あ」と声を上げて、一気に視線が集まった。穴が開きそうである。ごった返していた入り口付近の人がザッとその場を空けて、一瞬でステージまでの道が出来たことに軽く引きながらも、愛想笑いを浮かべつつ舞台に上がった。

 一番近い席に満開の笑顔で先日の衛兵、レオが陣取っていた。目の下に隈を作っているのにとてつもなく明るい笑顔である。あまり見ないようにしようと決めた。

 荷物を壁際に置いて客席に向き直ると、既にステージ前に箱が用意されチップが入っている。恐ろしいほどの手際のよさである。うん、期待が大きすぎて潰れそうだよ。



「えー私、旅に出るので、歌うのは今日が最後なんだけど……楽しんでもらえたらいいと思います」



 途端、物凄くショックを受けたような反応をされた。アイドルの引退宣言を突然聞かされたファンのような様子である。昨日一時間歌っただけでこれなのだから、私は歌を封印したほうがよいのではないだろうか。……割と本気でそう思うよ。

 それからは様々な歌を歌った。思いつく限り何でも。休憩を挟みつつ歌い続け、冒険者組合内が人でパンパンになった。しかしそれを迷惑がる者は居ない程、全員が歌に酔いしれていた。デニスとホンザがやってきたのに気づいて、最後の一曲に卒業式ソングを選んだ。まさに旅立ちの歌である。



「では皆さん、お元気で」



 後に冒険者組合の伝説として語り継がれる、青いハーピーの歌姫ライブは喝采に包まれて終了した。涙と拍手に見送られ、ずっしり重い銭袋をリュックに詰めて、私は旅立つ。

 好きです行かないでください、と泣きながらレオに懇願されたり、思い出に今夜どうとかなんとか言いかけたレオがデニスによって意識を刈り取られたり、色々あったけれど無事に街の出口までやってきた。



「姉さん、これが地図ッス」


「……またいつか会うことがあれば、その時はよろしくお願いします」


「うん、二人とも本当にお世話になったよ、ありがとう。それじゃあね」



 デニスとホンザの情報によると、勇者はマグナットレリアの端の農村へ、田畑を荒らす巨大な魔物退治に向かったらしい。地図を貰って、二人にお礼と心付けを渡したらもう振り返らない。

 まずは真っ直ぐ道なりに歩いていく。背後から聞こえていたデニスとホンザの健闘を祈る声はもうとっくに聞こえなくなり、高い木々に囲まれ、すっかり森の奥に来たところで分かれ道に差し掛かった。そして貰った地図を広げ、首をひねる。



「……あれ?」



 なんと、貰った地図のどこに自分が居るのか分からなかった。目的地の農村には印があるのだが、私がどこを出発してきたかがよくわからない。地図を回してみたり、頭を回してみたりしたがそれで解決するはずもない。



「…………えーと……」



 助けが欲しくて振り返るが、もうデニスとホンザは居ない。周りに人の気配もなく、うっそうと生い茂る木々が見えるだけである。暫く悩んだが、悩んでも分かる訳ではないので頭を切り替えて、リュックに地図をしまった。



「人間に会ったら訊こう、そうしよう」



 適当に拾った枝を立て、倒れた方向に進むことにした。こうして、私の色々と先行きが不安な旅が始まったのである。



セイリアは、地図が読めなかった!

そんな感じで一人旅、スタートです。




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