69.セイリアの墓
「私のようなさもしい商人と違い、余裕のある方々は流石違いますね。このような時間から女性を連れて実に羨ましい。私もお二人の様に余裕のある身分になりたいですね」
モンスター屋が笑顔で述べたそれは、どう考えても皮肉であった。しかしデニスとホンザには通じていないようで、「いやぁ、それほどでも……」という態度を取っている。ホンザはともかくデニスにも遠回りな言い回しは通じないようだ。それを分かっていて嫌味を垂れ流すモンスター屋はいい性格をしていると思う。
「あ、でもモンスター屋さん。こっちの姉さんはそういうんじゃなくてな……今日から冒険者になったんだ。俺たちはちょっとした手引き役っていうか」
「ほう、成程。それならば私がお世話になることもあるかもしれませんね」
モンスター屋は私に笑顔を向けて、恭しく一礼して見せた。店を出た時に見た、二つの旋毛が見える。私が居なくなって七年は経つのだから彼もいい年だとは思うが、髪はふさふさだ。顔も目尻に小さな皺ができたかどうか、というくらいでほとんど変化がない。懐かしい気分で眺めていると、妙に気取った口調で自己紹介をされた。
「はじめまして、鳥人のお嬢さん。私はしがないモンスター屋を営むグルドルフと申します。以後お見知りおきを」
「え?あ、うん……?」
モンスター屋改め、グルドルフに胡散臭い笑顔で「はじめまして」と挨拶されるのは妙な気分だった。不愛想な顔を知っている私としては、彼の客向けな作り笑いに噴き出しそうになる。流石に笑わないけど。
「やはり、亜人の方からすれば私のような職業は受け入れがたいかもしれませんが、あまり毛嫌いしないでいただきたく。私、これでもモンスターへの愛情は深いのですよ」
「ないわー」
思わず本音が出てしまった。慌てて口を翼で覆ったが、出てしまった言葉は回収できない。グルドルフは灰色の目を大きくして、デニスとホンザはきょとんと私を見た。さっと顔をそらしたが、灰色の目がしっかり私を捉えて離さない。
「以前、どこかでお会いしましたか?」
「え、いや……ワカリマセン」
「……成程」
スッと灰色の目が細められた後、ニコリと笑った。その笑顔にやってしまった感というか、失敗してしまった感というか、そのような物を感じて内心冷や汗をかいた。取りあえずニコニコ笑い返しておいたが、色々ともう遅い気がする。
「姉さん、このモンスター屋さんはさっき話してた俺たちがモンスターを卸す店のオーナーでな。セイリアを調教して売った人でもあるんだ」
うん、知ってるからもうその話題止めようか。と思いつつ「へーそうなんだ」と返しておく。話を止めたい私の気持ちとは裏腹に「セイリア」の話題で盛り上がる三人。うち一人は確実にわざと話をそちらに誘導している気がするけど、気のせいだと思いたい。
「セイリアは良い飼い主に恵まれたのでしょうね。店に戻ることもありませんでした」
グルドルフの言葉で、私は自分が売られた日のことを思いだした。テオバルトではなくもっといい飼い主に売りたかったという彼に、私は戻ったら店の看板鳥をすると提案したのだ。結局、私が店に戻ることはなかったけれど。
「そりゃ、あれだけ珍しいモンスターだったら手放さないだろうよ」
「ええ、そうでしょうとも。死ぬまで、いや、死んでも大事にされて墓まで作られるカナリーバードなど、お二人が捕まえてきたセイリア以外にありませんよ」
「墓……?」
グルドルフのおべっかはほとんど耳に入ってこなかったが、墓まで作られたという言葉が意識に引っかかった。そういえば、湖でも葬式とか墓とか聞いたような気がする。頭がパンク状態で考える余裕がなかったけれど、私の墓があるらしい。
……私はここにいるわけだけど、墓には何が入っているのだろう。私の死体は湖の底だったのに墓は作られているという状況が分からない。
「そっか、姉さんは知らないですよね。国王様がセイリアの死を悲しんで、葬式して墓を作って……セイリアの灰は森の川に流されたんで、墓にはセイリアが付けてたっていう指輪とか装飾品が入ってるらしいです」
「……指輪……」
「国王様が贈った物らしいですよ」
オクタヴィアンの指輪はどうでもいいが、もう一つの装飾品は大事な物だ。てっきりもうなくなってしまったものだと思っていたが、それが残っているのなら取りに行かなくてはいけない。
それにしても、私は余程丁重に扱われた様だ。貴族は魔物を道具のように思っているから、葬儀をあげられるなんてきっと前例がなかっただろう。私が湖の底で復活したのは、川に流された灰が行きついた場所だったからに違いない。
「そちらのお嬢さんは何も知らないご様子。せっかくですから、セイリアの墓まで案内してさしあげるとよろしいのでは?良い観光になるでしょう」
ニコリと笑って出されたグルドルフの提案に、デニスが頷いた。
「それは確かに。姉さん、飯を食ったら見に行きます?商店街も近いし、必要な物も買いそろえるついでに」
「うん、行きたい」
「決まりですね。じゃ、モンスター屋さん、またな」
こっちですよ、と先を歩き出したデニスとホンザの後ろをついて行こうとしたら、ため息が聞こえてきた。音に釣られて振り返ると仏頂面のグルドルフがそこに居て、その表情がとても懐かしく、つい歩みが止まった。
「ホントに訳のわからない鳥だな、全く」
そう呟くと、彼は踵を返して人混みに紛れていく。私も直ぐに前に向き直って、少し差が開いていたデニスとホンザに追いつくため速足で歩いた。
……絶対私のことを分かってたと思うけど、深く突っ込んでこなかったのはグルドルフの優しさだったのかもしれないな。
その後は大衆食堂と呼ぶのであろうがやがやと賑やかな食事処で、昼ご飯には遅いけれど晩御飯にはまだ早い食事をとった。貴族の食事と違って簡単な調理が施された料理は、素材の味が生かされていて美味しい。
肉に塩とコショウをまぶして焼いただけとか、味の濃いソースで煮ただけとか、そういう料理である。手間はそんなにかからないけど味が濃くてお酒が進むような、そういうものだ。昔ながらの居酒屋の料理を想像してもらえれば分かるかもしれない。
石焼きの鳥肉が美味しくて次々と頬張っていたら、ホンザが小さく「共食い……」と呟いてデニスに足を蹴り飛ばされるという一面もあったが、楽しく食事を終えた。
満足したお腹を撫でつつ向かったのが、観光名所となっているセイリアの墓である。墓が観光名所ってどうなのだろうかとも思ったけれど、着いてみればそこが墓だとはあまり思えぬ場所であったのでもうどうでもよくなった。
色とりどりの花に囲まれて、鳥のトピアリーがあって、王城の庭園を思い出す作りのその場所にドン、と大きな石造りの塔がある。墓と言われなければ分からないような墓であった。
「わお……大きいね」
「国王様が張り切ったんスよ」
見上げるほど大きな塔の下に石板が置かれ、そこに「セイリア」と名が刻まれている。名前の後には国宝の死を悲しみ今代の王オクタヴィアンがどうのこうの、という説明が続く。なんだろう、この恥ずかしさ。今すぐこの石板を破壊してしまいたい気分である。
「この下に埋まってるのがセイリアの装飾品らしいですよ。見たことないから分からないですけど」
「へぇ、そう。この下か」
私の大事なものは石板の下にあるらしい。その情報が分かればもう充分だ。
「さて、買い物して帰ろうか」
「あ、そうッスね。冒険者として必要な物、俺たちがレクチャーするッスよ!」
買い物は二人が居たおかげでとても順調だった。顔が広くて信用があるって素晴らしいね。あちこちでおまけをしてもらい、お金もいくらか残しつつ、初級冒険者装備が揃った。
鳥人用の服は袖がなく、ぴったり体にくっついて邪魔にならない物。武器は足に装着する爪。防具らしい防具はなく、強いて言うなら胸当てがあるくらいで、最後に軽いリュックに傷薬などを詰め込み背負う。
「なかなか様になってるッスよ。さすが姉さん!」
「ありがとう。これで私も冒険者の仲間入りだね」
露店で髪紐を購入しつつ、私をヨイショしようとするホンザに答えた。今から宿に戻り、冒険の手引きを教えてもらうことになっている。冒険者組合での依頼の受け方とか、魔物を討伐した時の素材の扱いとか、そういう内容だ。
「早く帰って、続きを教えてくれる?」
「勿論です、姉さん。行きましょう」
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その夜、セイリアの墓に一羽の鳥が舞い降りた。その鳥は墓から少し離れた場所で周りを見渡した後、小さな体では考えられないような力で地面に嘴を突き立て穴を掘り潜っていく。そして、銀の装飾品を掘り当てるとそれを銜えて飛び去った。
翌朝見回りに来た兵士が、墓の傍にぽっかりと空いたモグラの掘ったような小さな穴を見つけた。小型の魔物が街に侵入したのではないか、と厳戒態勢が敷かれたものの、数日何も起こることがなく、人々は拍子抜けしたと同時に安心した。
すっかり気が抜かれた人々の中に、墓から装飾品が一つ消えていることに気づく者は誰もいなかったのである。




