67.人間の街
酷い揺れの荷馬車に乗って、人間の街に向かった。デニスとホンザは魔物の狩猟を主にしている冒険者で、もう何年もそれを生業にしているというベテランだそうだ。ハンター職以外のこともこの道に居れば詳しくなるから、と暫く私の面倒を見つつ色々教えてくれることになった。
……別に脅したわけじゃないよ、困った顔してたらお手伝いします!って二人が言ってくれただけだよ。脅してない。多分もうそんなに怯えられてもいない、と思いたい。
彼らは売れる魔物を捕獲するのがメインの仕事であって、強い魔物の討伐は専門外。魔物を運ぶために馬車の移動が常であり、馬の休憩をするため湖に寄ろうと、安全確認をしに来たら鳥人が居て驚いたという。戦わなくていいハーピーでよかった、セイレーンだったらどうしようかと思った、と笑いながら教えてくれた。ごめんね、私本当はハーピーどころかセイレーンでもないんだよね。ということは黙っておく。
「見えましたぜ姉さん。あれがこの領で一番でかい街ッス」
「マグナットレリアの首都、マグナリアです。俺達、ここを拠点にしてます」
湖から二時間ほど馬車に揺られたところで、高い壁が見えてきた。辺りはすでに木々が少なく、かなり見晴らしのいい景色となっている。おそらくその内側に街が広がっているのだろうけれど、姿が見えなければ実感が湧かない。
街の出入り口には関所があり、衛兵が待機していた。私は荷台の中に引っ込んで大人しくしている。何かの手続きとかやりとりとか、任せてほしいと言われているからだ。入り口に向かって速度を落としていた馬車は、衛兵の声によって止められる。
「お、デニスさんとホンザさんでしたか。お疲れ様です」
「おう、そっちもな」
何やら親しげなやり取りが聞こえる。むしろ、衛兵側がデニスとホンザに対して何らかの敬意を抱いているような声であったのが不思議だった。
この道が長い、と言っていたから二人は結構な信頼のある冒険者なのかもしれない。
「今回収穫はありましたか?」
「いや、残念ながら。ああ、でもハーピーを一人保護した」
「それはそれは。一応中、確認させてもらっても?」
「いいぜ」
後方から荷台の幕が上げられて、衛兵が中を覗き込む。私は翼の先の方を手を振るように動かして、愛想よくニコニコと笑っておいた。すっかり愛嬌を振りまく癖がついてしまっている。
王城生活が身に染み付いてるね、死ぬまで続けた分魂に刻まれていたりして。……これはちょっと笑えないな。
確認に来た衛兵は暫く私を見て固まっていたが、慌てて幕を閉めて前方に戻ると「何ですかあれ!!」と器用に小声で叫んでいた。聴覚の良さは相変わらずらしくよく聞こえてくる。
「何って、ハーピーだろ?」
「そうじゃなくって……!!彼女、お二人のどちらかの恋人とかじゃないんですか?彼女名前は?」
「あーそういうのは後にしてくれ。宿はいつものとこだからよ」
「あ、はいすいません。では後ほど伺わせてもらいます」
……よく分からないが、馬車が再び動き出した。とりあえず問題はなかったらしい。デニスがちょっと困った顔で振り返り、軽く「姉さんすまない」と謝ってきた。首を傾げていると、彼は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「あいつ、ハーピー好きなんですよ。今日はあいつの担当だったってすっかり忘れてて。人間とハーピーじゃ結婚はできないってのに、あれだから……今夜押しかけてくるかもしれないですけど、適当にあしらうんで気にしないでください」
なんと、先程の衛兵はハーピーがストライクゾーンの人間らしい。元の世界で例えるならケモナーと言うべきだろうか。そういうちょっと変わった趣味趣向の人なのだろう。私が人間だったら、人型であっても半分以上魔物っぽい容姿の相手に一目惚れすることはないだろうし、あまり理解できないことである。
でもまあ、好みは人それぞれなのでどうこう言うつもりはない。そして私はハーピーじゃない。
(……ああいう人が居るくらいなら、亜人はやっぱり人間に近い扱いなんだろうね)
衛兵の彼がその趣向を隠している様子もなく、普通に口に出していることから予想はつく。結婚ができないと言っていたから何かしらの違いはあるのだろうけれど、ハーピーを好きだという彼の考えを不毛だ、と思っていても忌避している様子はない。この姿で居れば本当に問題なさそうだ、と安心した。
「姉さん、まず宿を取ろうと思うんですけど……金って持ってないですよね」
「うん、ないね」
「俺達まだ余裕あるから、貸します。姉さんなら冒険者として直ぐ稼げそうだし……宿をとったら冒険者組合に行きましょう。登録して、何か仕事見繕ったらいいと思います」
「……うん、分かった」
よく分からないけどとりあえずそう返事しておいた。完全に知らないことなので考えようがない。なるようになるだろう。
宿で馬車を預け、それぞれの部屋を取った後、冒険者組合とやらに向かった。登録した冒険者に仕事を斡旋してくれる組織で、素材の売買だとかパーティーの紹介だとか、色々と手助けをしてくれる場所らしい。大きな街には必ずと言っていいほど存在しているような影響力の強い組織だという。といってもそれは平民に限るもので、貴族とは殆ど関係がないようだ。うん、聞いたこともないからそうだろうね。貴族は平民の事を殆ど気にしていないもの。
宿から冒険者組合までの道のりは短く、初めて見る人間の町に大興奮の私はもっと散策がしたかった。そう、私はモンスター屋に売られてからずっと、街に出た事がない。貴族の移動はきっちり閉じられた馬車の中だったし、貴族の街と平民の街は全く違う。人がごった返していてにぎやかで、人間以外もちらほら混ざって普通に歩いている。
私によく視線が集まっているのは、キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回して、まるで上京してきた田舎者のようだったからだろう。いや、でも物珍しくて面白いので仕方ない。つい体をゆっさゆっさと揺らしながら歩いてしまって、慌てて普通の歩き方に戻す、と言うことを何度繰り返したことか。
「街を長く離れてたってより、初めて見たって感じの反応だよな……」
「馬鹿、気にするな。深く突っ込んだらまずいって言ってるだろ。気づかないフリをしろ」
二人のこっそりと交わされている会話は丸聞こえだけど、しっかり聞こえないフリをしておいた。二人が私を「設定」通りに扱ってくれているなら問題ないのだ。常識を知らない私にとって案内人は重要な存在である。見てみぬフリをすることでそれが得られるなら大したことではない。
「あ、姉さん。あれです、あれが冒険者組合です」
デニスの指差す先にある四角い建物は、大勢の人で賑わっていた。大通りに接していて、往来が激しい。目に入る者の半数は人間にはない特徴を持っている亜人だ。ここだけ異様に亜人の割合が多くて驚く。
「ねぇ……亜人が多く見えるんだけど、どうして?」
「そりゃ、人間より亜人の方が戦闘能力が高いですからね。自然とこうなるんですよ」
「へーそうなんだ」
「姉さん、ホントに何も知らなッぐふっ」
ホンザの脇腹にデニスの肘がのめり込んだことも、ホンザの苦しげな声も、私は見ていないし聞こえていない。うん、何も問題ないね。
二人に連れられて建物に入る。役場のような受付や何やら色々と張られた掲示板が建物内の左側にあり、右側にはテーブルや椅子、ちょっとした見世物ができそうなステージや簡易な屋台などが見えた。まだ日は沈んでいないというのに右側では既に酒盛りが始まっていて、どこからか陽気な歌が聞こえてくる。
「こっちが受け付けですよ、姉さん」
「あぁ、うん。今行く」
デニスとホンザが案内してくれた受付で、栗色の少し癖のある髪を一つにまとめた美人な女性がニコニコと笑って用件を訊いて来る。しかし何をどうすればいいか分からない私は、そっと二人に視線を向けて無言で何をするべきか問うた。
「エマ、今日は冒険者の登録を頼む。この姉さんなんだが……」
「かしこまりました。お二人の紹介なら確かですね、早速手続きいたします。質問にお答えいただいた後、記録のため絵姿を撮らせていただきますね」
エマという受付嬢は慣れた様子で紙に書かれた質問を読み上げ、私が答えると書類に記入する、という形で登録が行われるようだ。文字が読めない者も多いため、受付の人間が読み書きをしてくれるらしい。ちらり、と紙を見て必要だったのは名前や種族、年齢といった簡単なプロフィールだった。
色々と正直に答えるのが難しい内容であるので、必死に頭を回転させて偽りのプロフィールを考える。まさか名前はセイリアで種族は不死鳥(?)です、生まれ変わったばかりなので年齢は0ヶ月です。などといえるはずがない。
「……質問は以上です。内容を繰り返しますね。お名前はセイ様、年齢が十九歳、種族はハーピーで、出身地は分からない。間違いございませんか?」
「間違いないです」
「では、絵姿を撮ります」
四角い灰色の箱を向けられて、ちょっと驚く。ジジジ、と音をたてた箱からは紙が出てきて、そこには驚いた顔の私が映っていた。どこからどう見ても写真である。白黒だけど。
エマがその写真を書類に貼り付けて、私の色の特徴を細かく書き込んで顔をあげ、にこりと笑った。
「以上で登録は終了です。お疲れ様でした。冒険者の手引きについてはいかがなさいますか?」
「それは、俺達がやるからいい。ありがとな、エマ」
「お二人に任せるなら安心ですね。では、良い冒険を」
笑顔のエマに見送られて、受付を離れようとしたときだった。隣の受付カウンターに、一つのブロマイドが飾られているのが目に入る。私はそちらにふらふらと引き寄せられるように歩いていった。ホンザが怪訝そうに私を呼んだが、それどころではない。
そのブロマイドには剣を持つ青年が映っていた。白黒写真だから、その男性の髪が真っ黒であること以外はハッキリと分からない。けれど私はその人の目が金色である事を知っている。記憶の中よりもずっと大人で綺麗に整った顔には、一切の表情がなく氷のように冷たい印象を受けた。
(……アロイスだ)
それは大事な親友の、記憶から大きく乖離した姿だった。
別名を冒険者ギルド。夢が広がりますね。
セイリアの新スキル「魅了」は愛嬌を振りまいたときの効果があがります。便利です。




