63.衰弱
青いカナリーバードを愛でるため、王城では頻繁に社交が行われた。パーティーは週に一度程、お茶会はほぼ毎日。何もやることがなくて暇だった十日間が嘘の様だった。
私に求められるのは愛嬌を振りまくこと。連れ出された場で歌い、人の真似をして喋る。それだけで貴族達は大満足で、また会いに来ると帰っていった。私もできるだけ場を盛り上げようと楽しい歌ばかりを歌ったし、貴族達が教える言葉をオウム返ししたり、繋げて何らかの意味がある言葉にしてみたり頑張っていた。
(……なんか、疲れたなぁ……)
愛想を振りまくのが疲れたというか、ずっと可愛らしい鳥のフリをするのが精神的に苦痛というか、本性を曝け出したい欲求に駆られている。誰か、というかアロイスに褒めて欲しい。鳥なのに猫をかぶり続けて三ヶ月。調教師の事件以降特に何の問題も起きていない。私の評判と共に仮の主オクタヴィアンと芸を仕込んだと思われているアロイスの評判が天井知らずに上がっているだけだ。
それもそのはず。私は普通のカナリーバードとして扱われていて、異常な性能を披露する場がないのだ。
(……魔物食べたい)
一番の問題はこれである。クラリスは食事を持ってきてくれるし、水浴びや日光浴はさせてくれるのだけど、狩りに連れ出してはくれない。自分の中の何かが減り始めている感覚は、ずいぶんと久しぶりに感じるものだった。
さすがにこのままではまずい、と昼食を持ってきてくれたクラリスにどうにか魔物食べたいアピールをしてみる。
「魔物、食べるか?」
アロイスの声を真似して、アロイスに問いかけられた言葉を真似しただけという体で言ってみた。お子様ランチのように盛られた食事をテーブルに置いたクラリスが、目を丸くして私を見た。アロイスは私の食事に魔物が必要だ、とは伝えてくれているはずなので、これで思い出してくれれば――という私の淡い希望はクラリスの可笑しそうな声と共に消えていった。
「セイリア、妙な言葉になっているぞ。君の食事ならこれだ」
ああ、だめだ。クラリスには伝わっていない。聞いた言葉を適当に繋げて偶然変な言葉になったとしか思っていない。
おそらく調教師の男には魔物が餌として必要だと伝えられていたのだろうが、現行犯で捕らえられ問答無用で処分されたであろう彼から話を聞けたとは思えない。彼が私の世話をしていた十日の間でも魔物狩りに連れ出してくれそうな雰囲気はなかったし、本気でアロイスの言葉を信じていたかも怪しいものだった。調教師の常識ではカナリーバードに魔物を狩らせるなんてありえなかったかもしれない。
同じく、魔物使いである彼女の常識にカナリーバードに魔物を食べさせるという項目はないのだ。アロイスも私が最初に告げたとき驚いていたから世間ではそれが当たり前。か弱くて愛玩用にしかならないカナリーバードに魔物狩りをさせる、なんて考えが出てくるはずもない。
「人と同じものを食べるのだから、君はグルメだな。美味しいかい?」
……人間と同じものを食べるだけでもこの反応である。魔物なんて絶対に食べさせてもらえそうにない。
どうにか魔物を食べることができないか、もしくはアロイスが来て助言してくれないか、と思いつつ三ヶ月が経過した頃。自分の中から減る速度が上がった。そうなると何だか精神的にも弱ってきてしまって、楽しい歌を歌えなくなった。
【共鳴歌】は発動主の感情に左右される。私が明るい気分になれないのだから、どんな歌を歌っても皆が楽しくなるはずがない。しかし私が暗い気持ちでいようとなんだろうと、社交の場には否応なく連れ出されてしまった。
いつも通りのパーティー。目立つ場所に目立つ鳥籠で飾られた私を見た貴族達は、満足そうに笑っている。今日も今日とて飽きもせずに、カナリーバードを求めてやってきた彼らを喜ばせるのが、私の責務だ。
……アロイスのためだから、頑張る。そうじゃないならもうとっくに被っている猫を放り投げてるよ。
「やあ、これはこれは……本日もやはり、セイリアがお目当てですかな?」
「ええ。後どれほど聞けるかわかりませんからね。出来る限り聞いておきたいではありませんか」
「しかし最近は慣れてしまったのか、以前ほど心を揺さぶられることがなくなりましたな」
「たしかに……美しい声は相変わらずですけども、そのように思いますね」
貴族たちの会話から自分の評価を推し量る。やはり、もう楽しい気分になれないまま歌っている影響が出ているようだった。これ以上続けるのはもう、不可能だろう。歌えば歌う程、私の価値が、評価が下がっていくと思う。感情に左右されるスキルを持っているのだから、感情に逆らった行動はしない方がいい。
いっそのこと開き直って、暗い気分でも歌えるものを歌ってしまった方がよっぽどマシだろう。笑顔で楽しい歌を期待している貴族達には悪いけれど、空気を読まず悲しみを隠すことなく歌った。
「……あら、この歌は……」
今までずっと明るい歌、楽しい歌ばかりを選んできた私が急に路線を変更したのだから、貴族達は驚いただろう。しかし不満の声が上がることはなく、ただ皆が静かにカナリーバードの声に聞き惚れる。
選曲は別れの歌、卒業式でよく歌われるものにした。アロイスに出会い大事な友人となって、引き離されてしまった今の寂しさならいくらでも感情を込めて歌えた。寂しい、会いたい、傍にいたい。そんな気持ちの篭った歌に感情を引き寄せられた人々は、私と同じように寂しさを感じたようだ。目を開ければ、不安げに誰かを探す人や、己の体を抱くようにしている人があちらこちらに居た。
「何故だかとても、切なく胸を打つ歌ですわ。悲しいのに、どこか美しい」
「……こんなに家族を恋しく思ったのはいつ振りでしょう。今朝、言い争いをしてしまった夫に早く謝って、寄り添いたくなってしまいました」
「そのお気持ち、分かります。何だか急に人恋しくなったといいますか……」
近くに居た女性達はそのように言い合いながら、軽くハンカチで目元を押さえつつ去っていく。あちらこちらで寄り添う人が見えた。会場から騒がしさはなくなったが、どこかしっとりとした満足感が広がっているように思える。
悲しい歌も切なくて美しいと貴族達に喜ばれ、私は王城内で引っ張り蛸状態になってしまった。今まで以上にあちらこちらに呼び出されるようになり、忙しくて休みもない。そのせいか、自分の中の大事な何かは恐ろしい速度でなくなっていた。
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明かりが調節され、少し薄暗い。目を閉じれば殆ど真っ暗だ。ここ数日、体調が芳しくないとクラリスに判断された私は部屋の中で大人しくしている。パーティーやお茶会に出されることもなく、食事と睡眠をとるだけの日を過ごしているが、退屈だとは思わない。何故か、とても眠くて、気力が湧かないのだ。一日中寝ていても構わないくらいに。
「セイリア。私の声が聞こえているか?」
閉じていた目を開ける。籠の直ぐ傍にミシェルの顔があった。春の空のような色の瞳に、力のない表情をした小鳥が映っている。
「アロイス殿に知らせは出した。主人に会いたいだろう?」
それはもちろん、会いたい。会いたくないはずがない。大事な友達だ。けれど、体に力が入らない。瞼がゆっくり閉じて、視界が暗くなる。
「……これで反応を示さないとはな。言葉を理解しているものとばかり思っていたが……反応できないほど弱っているのか?」
弱っている。そう言われて納得した。体が動かないのは、弱っていて力がないからだ。自分に重要な何かはもう枯渇していると言っても過言ではない。代わりの物を消費しながらそれで何とか動いている、という気がする。
「……もう限界か。王が悲しまれるな……」
筋骨隆々元気いっぱいのオクタヴィアンが悲しむ姿は想像できない。ああでも、いつも引き締まった顔をしている彼が、ここ最近は目と眉が離れて心配そうな顔をしていた気がする。
「セイリア。お前はどこか得体が知れず不気味で、好きにはなれなかったが……お前の歌は美しかった。お前が皆の心に残したものは大きく、この国にその名は刻まれるだろう。だからもう、安心して眠れ」
ミシェルの言葉の意味はよく分からなかったが、最後の言葉にだけは頷きたい気分だった。だって、本当に眠い。
(……アロイスが来るらしいから……それまでちょっと休憩……)
アロイスに会うなら、心配かけないように出来るだけ元気な姿を見せた方がいい。だから少し眠って、回復をしよう。
止まり木に掴まる足からふっと力が抜けて、体が重くなったように感じる。まるでどこまでも落ちていくような。どこか遠くでガシャンと金属が音を立てた気がした。
次でこの章が終わりになるかと。
物語の進行度的には大体半分くらいかな、と思います。折り返し頑張ります。




