61.勇者誕生の祝い
私の世話係に任命された男は、魔物に愛情を注ぐように丁寧に世話をすることで有名な調教師らしい。平民だが彼が育てた魔物は皆大人しく扱いやすいため、よい従魔になると評判であり良い腕を持っているならば、とこの度王が預かることになった大事な魔物の世話を任されたという訳である。確かに乱雑な扱いはされないし、食事も人間と同じものを出してくれるし、悪い扱いはされていない。されていないのだけども。
(なんか……嫌なんだよなぁ……)
何故だか私を見る目が非常に不愉快で、常に浮かんでいる笑みも薄気味悪くて、できるだけ見ないようにして耐えている。彼の目は例えるなら出会った頃のブルーノみたいな熱い視線に粘っこさを混ぜたようなもので、とにかく気持ち悪いのだ。
私はオクタヴィアンの仮従魔だが、彼と常に一緒に居るわけではない。私専用の部屋というか、カナリーバード部屋というか、鳥籠の他には観賞用の席くらいしかない部屋にずっと飾られている。ここにやってくる人間はオクタヴィアンとミシェル、世話係の調教師とその護衛らしい女性の騎士の四人くらいのもので、やることがなさ過ぎて退屈である。他のカナリーバードはよくこんな生活ができるな、と思う。ああ魔物狩りに行きたい。
仮の主であるはずのオクタヴィアンは日に一度か二度私の様子を見に来るくらいで、ほとんど顔を見ていない。この部屋に来たときに聞こえる断片的な会話から察すると、騎士を鍛えたり、政務に励んだり、兵士を鍛えたり、ついでに自分を鍛えたりしていて、鳥に構っている暇はないくらい忙しいらしい。
むしろオクタヴィアンよりもミシェルの方が私を気にしていて、朝昼晩の一日三回は必ず部屋にやってきて、じっと私を見つめたり、たまに兄弟を連れてきたりしてくれる。私の中でミシェルはいい人認定された。できればもっと兄弟を連れてきて私の寂しさと退屈を紛らわせてほしい。
そんな日々を過ごし、夜を数えること十回。私は朝から超絶ご機嫌であった。何故か。それはもちろん今夜のパーティーが楽しみだからだ。
「……今日はやけに機嫌がいいのだな」
女性の騎士がぽつりと驚いたようにつぶやいた。彼女は調教師と共にこの部屋に来ているので、視線の気持ち悪さにテンションダダ下がりで機嫌が悪い私しか見た事がないからだろう。普段とのギャップに驚くのは仕方がない。
だが今日は調教師がいかに気持ち悪い笑みを浮かべていようとも、彼が「やっと心を開いてくれたんだね」とか意味の分からない言葉を発していようとも気にならない。全く頭に入ってこない。私の考えは十日ぶりに会えるアロイスに何を話すかで一杯である。
もう何が来ようと一切気にならず、オクタヴィアンとミシェルがやってきてもお構いなしだ。籠の中を行ったり来たりしながら上下に首を振りひたすら囀る私の姿を見た二人が驚きで固まるくらいにはご機嫌であった。
「セイリアは一体どうしたのだ、ミシェル。壊れたのか?」
「いえ、とてつもなく機嫌が良いだけですね。もしかして、今日アロイス殿が来ることを分かっているのでしょうか」
ミシェルの言葉でハッとした。私はただの魔物であり、人の言葉が分からない鳥であり、アロイスが来ることを分かっているはずがないのだ。あまり機嫌よくしていたら怪しまれてしまう。堪えなくては、と大人しくしようとしたが無理だった。止まれたのは一瞬だけで、感情にとても正直な私の体は止まろうとしてもそわそわと揺れてしまってどうしようもない。
「……グレーだな」
小さく呟かれたミシェルの言葉の意味はよくわからなかったが、とにかく私は機嫌が良いのである。二人に愛想を振りまいて軽く楽しい歌を披露するくらいは朝飯前だ。当日なので寝る必要は全くないが気分的にはあと何回眠ったら楽しい元旦が来る!みたいな気分である。来るのは正月ではなく社交パーティーだけども。ノリノリで歌ってみせれば、オクタヴィアンが軽く手を叩いて拍手をくれた。
「実に愉快だ。何故か今夜のパーティーが楽しみでならん」
「私もです。これはセイリアの特殊スキルかもしれません」
「ほう、そのようなスキルがあるのか?」
オクタヴィアンが興味深そうにミシェルに尋ねている。そこで私の気分は一瞬で緊張に塗り替えられた。その流れだと鑑定されてしまうのではないだろうか。鑑定されて能力がばれたらとてつもなく不味い。ばれたら排除、とアロイスも言っていたし非常に不味い。内心あわあわとしていたらミシェルが首を振った。
「分かりません。何せ、セイリアは【鑑定】できませんから」
「……何?」
ミシェル云わく、もう何度も【鑑定】を試しているということだった。既に【鑑定】済みだったなんて知らなかった。何故か分からないがミシェルの【鑑定】が失敗してくれてありがとう。一瞬肝が冷えたけれど、何度も失敗するなら原因があって私を【鑑定】できないのだろうから、あとは大人しくしてさえいれば問題ないはずだ。ちょっと安心した。
「ははは、やはり変わったカナリーバードだな。セイリア、今夜のパーティーでも良い歌を頼むぞ」
「ピ」
楽しそうに笑いながらオクタヴィアンが去り、続いてミシェルも扉に向かって行った。しかし、扉の前で一度こちらを振り向き意味深な視線を寄越す。数秒目が合ったが結局何も言わずに出て行った。……何だったんだろう。
(まぁいっか。そんな事より早く夜にならないかな)
アロイスに会える夜が楽しみすぎて、その他の事は微塵も頭に残らなかった。
――――――――――
夜である。待ちに待った社交パーティーの時間だ。私は芸術品のような鳥籠に入れられ、会場の前方に設置されている。王城の会場だからなのか、私の気分的な問題なのか、その二つの相乗効果なのか。豪華なシャンデリアも会場を彩る貴婦人たちのドレスや宝石も、何もかもが輝いて辺り一面が光って見えるのだ。
会場に入ってきた貴族達は皆私に気づくと驚いて、とても近づきたそうな雰囲気でちらちらとこちらを気にしつつ挨拶や談笑を楽しんでいる。マグナットレリアの社交界デビューを思い出すな、と思っていると流れる音楽が一度ぴたりと止んだ。次に場内が静まり返り、新しい音楽が始まると同時に前方の大扉が開く。王族の入場である。
まず入ってきたのはオクタヴィアンとその正妃であろう桃色の髪が印象的な美しい女性、それから黒髪の王子――――ではなくアロイスだった。その背後にはフィエール・タイガーのシメオンが付き従っている。堂々と歩く姿を見れば王子といわれても違和感はない。見慣れない顔が現れたことで、会場中に戸惑いが広がっていくのが分かる。
(……顔色もいいし、元気そう)
視線が集中しているし、王族と共に歩いているから緊張はしていると思うけど、その表情はいつもどおり完璧な外向け用の笑顔で、疲れも見えない。久々の友人の姿を目にしてそわそわしていると、こちらに視線が向く。目が合えば、ちょっとだけ目を細めて笑ってくれた。それだけで私の気分はうなぎのぼりである。自分でも単純すぎて可笑しいと思うレベルだ。その上喜びから零れる囀りが止められず、自然と人の目を集めることになってしまった。恥ずかしい。
〔浮かれすぎだぞ〕
〔ごめんね、悪気はないの〕
そんなやり取りですら嬉しい私は、オクタヴィアンが皆に向かって新たな勇者の誕生云々とか、従魔交換でフィエール・タイガーとカナリーバードをどうのこうのと説明している全てを右から左に聞き流した。機嫌の良さを我慢しきれないのでできる限り小さな声で囀りながら、オクタヴィアンの話や貴族達の挨拶が終わるのを待つ。
招待されている人数が多いからか、何か決まりがあるのか、国王夫妻に挨拶をしたのはほんの十数組ほどであった。その中に懐かしいマグナットレリア領主夫妻の姿があったことから、挨拶に向かったのは領主一族と一部の重鎮貴族だろう。
そんな挨拶も終わり、見た目のインパクトがあって存在するだけで威圧感が凄いシメオンが会場から連れ出された後。いよいよパーティーの始まりだ、という時にオクタヴィアンが自身のあごを撫でながら首をひねり、囀り続けている私に視線を向けた。
「ふむ、元気が有り余っているようだな。せっかくなのでセイリアに歌ってもらうか。アロイス、セイリアに歌わせたい時はどのようにすればよいのだ?」
「歌ってくれ、と声をかければ様々な曲を歌います」
「ほう、そうか」
演奏をしていた楽師団に手を止めるように指示し、どこか期待するような目をしながら近づいてきて歌ってくれ、と言ってくるオクタヴィアン。突然のことでちょっと混乱している私に、アロイスの言葉が飛んできた。
〔セイリア、歌ってくれ〕
……アロイスに言われるとすっと落ち着くから不思議だ。とにかく楽しい歌を、今の嬉しい気持ちを込めて歌えばいい。テンポが良くて、明るくて、ノリのいい歌。音楽の授業で誰でも聞いたことがあるような、とある楽器を壊した歌が思い浮かんだ。
歌の内容は父親にもらった楽器を壊して慌てる少年のものなのだけど、後半には呪文みたいな言葉が続くしコメディチックで楽しい歌だ。ノリノリで私が歌えば、会場から小さく笑う声が聞こえてくる。
「はは、なんだか愉快ですな」
「ええ、噂ではとても切なく悲しい歌声だったと聞きましたけれど……」
私の歌で始まったパーティーは、皆の感情がプラス方向に傾いていたからかあちこちから笑い声が聞こえてくる明るく賑やかなものになった。私は時々貴族たちの言葉を真似たり何かを歌ったりして愛想を振りまいた後、疲れて休憩するふりをして、同じく休憩するべくテラスに出て行ったアロイスと【伝心】で話をした。それなりの距離があっても会話ができるのだから、便利なものである。
〔セイリア、今のところ問題はなにもないか?〕
〔うん。何もないよ。とっても順調!〕
〔……君がそう思っているだけ、という可能性があるな。本当に大丈夫か?〕
アロイスの質問に元気よく答えたら、逆に心配そうというか不安そうな声が響いてきた。全く信用されていないらしい。ちょっとむくれつつ、正確には軽く体を膨らませつつ文句を伝える。
〔もうちょっと信用してくれてもいいと思うよ、アロイス〕
〔いや、信用している。君が何の問題もなく日々を過ごせるはずがない〕
〔ヒドイ!〕
こういうやりとりが非常に楽しくて、とても心が満たされるのが分かる。パーティーが終わりに近づくにつれて、それは寂しさに変わっていった。
次はいつ会えるのだろうか。アロイスは私が居なくても本当に平気だろうか。その様なことを考えていたら、アロイスから【伝心】が飛んできた。
〔セイリア。一年後には必ず迎えに来るが、君は私が居なくても大丈夫か?〕
どうやら似たようなことを考えていたようで、それが少しおかしくて、元気が出た。アロイスも寂しいと思っているのだろうか。まだ十日しか経っていないというのに、この先が長そうだ。
〔頑張るよ。アロイスこそ私が居なくて大丈夫?〕
〔私は君のようなヘマはしない〕
〔ヒドイ!〕
アロイスとのくだらないやり取りをして元気をもらった。楽しい時間は直ぐに過ぎるもので、あっという間に宴は終わり、お開きになった会場から連れ出される。
楽しい時を終えて、寂しさと満足感を胸に部屋に戻された私は知ることになる。アロイスの懸念は大体当たるということを。
ミシェルはセイリアが人間の言葉を理解しているんじゃないか、と疑っています。
次回は真夜中の侵入者です。




