60.別れ
話が一段落した後、思い出したように「ああ、そうだ」とオクタヴィアンが声をあげ、懐をごそごそと漁り、何かを探し始めた。
「アロイス、これをそなたの従魔に。私が触れると傷つけてしまいそうだからな、着けてやってくれ」
そんな言葉と共に小さな指輪のようなものを取り出しアロイスに渡す。形は【仲間の指輪】に似ているけれど、銀色の【仲間の指輪】とは違って金色のリングだ。赤と緑が混ざり合う複雑な色の石がはめられたそれを、アロイスが受け取って私に向き直った。
〔それ、何?〕
〔仮の主の魔力が籠った指輪だ。従魔契約をしなくとも、これをつければ声が届きやすくなるからな〕
従魔契約をすると魔物は主人の魔力で縛られる。魔力のつながりによって、主人の言葉だけはほとんど理解できるようになる、と言われている。従魔を交換する場合、仮の主の魔力が籠った装飾品を魔物につけて、意思疎通をしやすくするらしい。私は言葉が理解できるので本来必要ないけれど、普通の鳥のふりをするなら着けておかねばならない。
アロイスとの【仲間の指輪】が嵌っている足の反対に、オクタヴィアンの小さな指輪がはめられた。特殊な魔術具ではないらしく、ちょっと大きくて外そうと思えば外れそうだ。右足に銀の【仲間の指輪】、左足に金の指輪。キラキラしてて綺麗で、嫌いじゃない。光物はいいよね。
「セイリア。オクタヴィアン王に逆らうことなく仕えろ。命令だ」
「ピ」
従魔交換の際、従魔は主人からこのような命令を下される。主人の命令が絶対であるので、この命令によって仮の主にも逆らえなくなるのだ。私たちの場合はオクタヴィアンやミシェルに見せるための芝居であって、実際に命令が出ているわけじゃない。しかし私はしっかり従魔のフリをしてオクタヴィアンに従わなくてはいけないのだ。……できるかな、私。
「シメオン。アロイスの命に従い、よく仕えるように。彼を主として支えろ、よいな」
『……承知。他にも頼まれている故、任せるがよい』
オクタヴィアンも己の従魔であるフィエール・タイガーに命じている。彼の名前はシメオンというらしい。ちらり、と私を確認してから短く吠えた。私の頼みもしっかり聞いてくれるようで、安心する。
「……必ず迎えに来る」
アロイスの小さな小さな呟きに、ピルルと明るく鳴いて答える。アロイスが迎えに来てくれる一年後を、私は大人しく普通の鳥のフリをしながら待っていればいい。……それが中々難関な気はしているけども。
「王よ、セイリアの世話についてお話したいのですが……」
「あぁ、それは専門の者に任せるつもりでな。そちらに話を通してほしい。後程紹介しよう」
私が触ると壊れそうだ、というオクタヴィアンの言葉にアロイスが同意を示した。絶対傷一つつけられない自信はあるけど普通のカナリーバードならそうだろう。
手加減とか出来なさそうな筋骨隆々っぷりだからね。握りつぶされそうとか思うよ。多分つぶれないけど。
「では、セイリア。籠へ入れ」
(……そっか。私、籠の鳥にならなきゃいけないんだ)
今から一年の間、私はアロイスの友達ではなく、アロイスの従魔としてオクタヴィアンの元に居ることになる。それはすなわち、私が普通の魔物として扱われるということだ。殆ど籠に入れられることなく自由に部屋を飛び、楽しくお喋りしたり、一緒に読書したりといったことは当然出来ない。
大人しく籠に入りながら、思う。一年も頑張れるだろうか……寂しすぎて死ぬかもしれない。精神的に。
「十日後に大々的な社交の会を開き、そなたが勇者となることを発表しようと思う。そなたの都合はどうだろうか?出来ればそなたを直接紹介したいのだが」
「問題ありません。参上致します」
「うむ。ではその時に従魔を交換したことも知らしめるとしよう」
とりあえず、十日後にはアロイスに会えそうである。まずは十日、と分かっていればなんとか我慢が出来そうな気がする。やれるだけやってみよう。普通の鳥のフリ、頑張るよ、私!
〔セイリア、気合を入れ過ぎるな。君のことだから何かやりそうだ〕
〔やらないよ!〕
【伝心】で交わした言葉を最後に、アロイスが騎士に連れられていなくなった。アロイスの背中を見送るなんて随分久しぶりだし、妙な感じだ。私の入った籠はミシェルによって運ばれ、オクタヴィアンの後をついて庭園を後にする。二人はアロイスが向かった方向とは正反対に歩きはじめた。
……ほんとうにアロイスと離れるんだ。なんだか、落ち着かない。そんな私の気分は鳴き声となって、勝手に漏れていく。
「相当アロイス殿に懐いていたようですね。大事にされていたんでしょう」
「そんなことが分かるのか?」
「ええ。これはカナリーバードが寂しく感じている時の鳴き声ですから」
ミシェルの言葉に恥ずかしくなって黙り込む。主人と離れて寂しいんだねという目が、初めて保育園や幼稚園に連れていかれて親に置いて行かれた子供を見るような感情にあふれていて、一応中身が大人だったはずの私としては中々耐えられない視線である。でもやっぱり落ち着かなくて、そわそわしている私を見たミシェルが一言。
「王よ、従魔の世話係が迎えに来るまで暫く私が預かってもよろしいでしょうか?」
「構わんが、何故だ?」
「私の部屋にもカナリーバードが居ますので、同族と会えば寂しさが紛れるかと」
ミシェルの提案を王が受け入れたことで、私は一度ミシェルの部屋に連れていかれることになった。
彼の部屋は宮廷魔導士という職に相応しく本と本棚がいっぱいある部屋で、広さなどは段違いにこちらが広いのだけどアロイスの部屋を思い出した。窓際に鳥籠がかけられて、そこに居る赤い鳥がミシェルの帰還に嬉しそうに鳴いた後、私を見て驚いた顔をした。
『あれ、あれ、久しぶり。元気にしてた?』
『……わお、兄弟』
なんと、ミシェルの部屋に居たカナリーバードは、一緒にモンスター屋へ売られた兄弟だった。私はいち早くマグナットレリアの領主一族に買い上げられたから、その後の兄弟達のことは分からなかったけど、どうやら一羽はミシェルに飼われて王城にいたらしい。
「ああ、元気になったな。やはり、同族には親しみを覚えるのか?」
ミシェルが不思議そうに私と兄弟を見比べている。彼は広いテーブルに私と兄弟の鳥籠を並べておくと、近くの椅子に腰かけた。そのまま動かずこちらを眺めているので、様子を観察することにしたのだろう。放っておいてくれるなら、私は兄弟との再会による喜びでアロイスとの別れの寂しさを埋めようと思う。
それにしても兄弟、ずいぶんと大きくなっている。私より人間の拳一つくらいは大きいのではないだろうか。幅も随分しっかりしているし、この姿を見ればペトロネラが私を小さいと言っていた意味がよくわかる。私、ずいぶん小さいね。
『なんだか全然大きくなってないね?』
『そういう兄弟はとっても大きくなったね?』
『君が小さいままなだけだよ』
……久々に、魔物に怯えられずに会話ができていて何だか嬉しい。さすが兄弟、幼少期を共に育っただけあるよね。私も兄弟もお互いに、微塵も敵意を持たない所為で威圧も発生しないんだろうな。アロイスが居ない今、まともに会話が出来そうなのは魔物くらいだし、一時的ではなく私もミシェルの部屋に住んで兄弟とお話をさせてほしいものである。
「随分と仲がいいな……同じ店の出身なら兄弟という可能性もあるが……しかし偶然にも程がある……」
ミシェルは考え事をしているとぶつぶつと思っていることが漏れ出るタイプのようだ。そんな彼の言葉を信じるとすれば、私の社交界お披露目の後に私を売ったという噂を聞いた大勢の貴族があのモンスター屋に押しかけることになったようだ。大繁盛して店に居た十羽程のカナリーバード(おそらく私が売れた後に増えたのだろう)は一羽残らず売れたらしい。あのモンスター屋のことだから、人気のあるカナリーバードの値段を吊り上げて、普段よりも随分と高値で売ったと思われる。
懐かしいなぁモンスター屋。私のおかげで繁盛したようなものだし感謝してほしい。元気にしているだろうか。
(そういえば……兄弟のことも、モンスター屋のこともすっかり忘れてたなぁ)
私の毎日はアロイスと一緒に居ることでいっぱいに満たされていて、その他のことは全て頭から抜け落ちていた。それくらい私の頭を占めていたアロイスという存在から引き離されて、これからやっていけるのだろうか。先行きに不安しかない。
なにより、私の行動を注意してくれる人間がいなくなった。これが一番まずい気がする。アロイスのフォローなしに私が大人しい鳥で居られるだろうか……。
『あーもう!!この先が不安だよ!!一年は長いよー!!』
『っ!?いきなり何!?』
『なんでもないよ兄弟……はぁ……』
『……君って昔からなんか変だよね』
兄弟から白い目で見られた後、私の世話係という男が迎えにやって来た。じっとりした目をしていて、なんだか嫌な雰囲気で、今すぐ逃げ出したくて仕方がなくなった。
じっとりねっとり舐めるように見られてぞわぞわする。人間が魔物を見る目とはどこかが違っていて気味が悪かった。
(ああ……私、本当に大丈夫かな。十日も持つかどうか怪しいよ……)
鳥なのに深いため息を吐きそうだった。
本当は兄弟鳥の出番はないはずだったんですけど、このままだと寂しさのあまりシリアスに突っ込みそうだったので和みたくてつい…




