59.勇者誕生
ちょっと体調を崩してぼーっとしておりますので、文章が可笑しなことになってたら教えてください。
昨日と同じ庭園の席。昨日と同じ三人が席に着き、私は籠から出された状態でテーブルに乗っている。昨日と違うのは、オクタヴィアンの後ろに彼と遜色ない大きさの白い虎が控えていることだろうか。あれがフィエール・タイガーで間違いないだろう。知性的な若葉色の目は初めて会う人間を見定めようとしているのか、まっすぐにアロイスに向けられている。
頭が良くて、強そうだなぁと見ていたらその目がこちらを向いて、視線がかち合った。瞬間、髭がすっと後ろを向いて、そっと目をそらされた。……よくわからないけど嫌がられた気がする。
「アロイス。昨日も話した通り、そなたの従魔を借り受けたい。代わりに、こちらからフィエール・タイガーを貸し出そう」
「……王のお望みとあらば、謹んでお受けいたします」
アロイスの返答にオクタヴィアンは満足そうに頷いて、そして笑った。人の良さそうな笑みだ。実際、とてもいい人なのはよくわかるからなんだかやるせない気持ちになる。この人は別に、友達同士を引き裂こうとしているつもりは微塵もない。興味のあるカナリーバードを借りて、もっといいものを貸してあげるつもりなのだ。私とアロイスの関係が常識外れなのであって、オクタヴィアンは良かれと思ってやっているだけ。だから責められないし、この人のことを憎む気にもなれない。
私のことをばらしてしまえば引き下がるかもしれないけれど、魔物と友達だと知られればアロイスの貴族的な評価が落ちてしまう。いい人であったとしても、何に対して不快感を示すか分からない。その人柄を詳しく知らないのに秘密を教えるわけにはいかない。
「それで、期間についてだが……私としては、素晴らしい従魔を借りるのだから、長い期間をと思っているのだがな。アロイス、そなたはどう思う?」
「私の望みとしては、一年としていただければと」
「………なんだと?」
オクタヴィアンも、それまで笑顔でニコニコと見守っていたミシェルも、驚いた顔で何度か瞬きを繰り返していた。私は既に一年以上生きているカナリーバードだ。通常ならあと一年もすれば死んでしまうのだし、生きていたとしても弱って既に社交に出られるほどの力はなくなっている。そんな状態でカナリーバードが返ってきて、有能な魔物であるフィエール・タイガーも返してしまえばアロイスに全く利がない。二人はそのように考えているのだろう。
「無欲にも程がありますよ、アロイス殿。それではあまりにも、貴方に得がなさすぎる」
見ていられない、といった様子でミシェルが口を出してきた。アロイスは薄い笑みを浮かべながらゆるゆると首をふり、それを否定する。
「恥ずかしながら…一番つらい時に私の傍に居てくれたのはこの従魔だけでした。せめて、その最期くらいは傍に居てやりたいと思うのです」
アロイスのその言葉は嘘ではないだろう。今から一年で私が死ぬとは微塵も考えていないけれど、私が死ぬとき傍に居たいと思っているのは本心だと思う。
……普通に考えるなら私の方が先に死ぬんだよね。あんまり考えたくないことだから、ずっと意識の外に置いてきたことだ。実感が湧かない所為かやっぱり深くは考えられない。その時になってから考えよう、と思考を放棄した。
「……それならば期間は一年としよう。そなたの望みは叶えたい」
「ありがとうございます」
「しかしフィエール・タイガーはその後も暫く貸そう。表向きの名目は、そうだな。勇者への助力とするか」
「……はい?」
さらりとオクタヴィアンの口から出た言葉に、さすがのアロイスも笑顔が固まった。オクタヴィアンはどこかしてやったりとでもいえばいいのか、悪戯が成功した子供のような顔をしていて、ミシェルは「説明しなきゃ伝わりませんよ」と苦笑いしていた。
「アロイス殿の能力の高さはこの宮廷魔導士ミシェルが保証します。誠に勝手ながら【鑑定】させていただきました。すみませんね」
……なるほど。そう言えばミシェルは昨日アロイスを見て吃驚した顔をしていた。アロイスの能力値を見たのだろう。【鑑定】は相手の顔を正面から見て目さえ合えばいつでも発動可能なスキルだから、相手の意思とか関係なく発動できるし……あれ、私ミシェルに【鑑定】使われたらやばい?
(……いや、でも別に騒ぎになってないから……私に【鑑定】使ってないのかな)
そういえば以前、アロイスが魔物を態々【鑑定】することはない、というようなことを言っていた。ミシェルも私を【鑑定】しようと思わなかったのかもしれない。弱小種族カナリーバードだものね。調べる価値はないと思ったのだろう。
……能力がばれたら大変なのに先行きが不安である。悶々と一羽で悩む私を余所に、話は進んでいく。
「直ぐにとは言わないが、学園の卒業後は勇者として国に仕えてもらいたいと思っている。しかしそれは私の希望だ。そなたの希望を聞きたい。遠慮せず、正直に話せ。これは命令だ」
オクタヴィアンの提案は、アロイスの人生の転機だ。今までアロイスの前には、テオバルトが領主となったマグナットレリアで、領主に搾取されるように生きていくしかなかった。しかし今、国王に望まれて国のために勇者になるという未来が開かれたのだ。二つの選択肢が提示されているなら、選ぶ道は一つしかない。
「私でお役に立てるなら、この身はスティーブレン国に捧げます」
「よく言った」
この日、この瞬間にアロイスの道は明確に変わった。彼は勇者になる。だからもう、テオバルトを前に全てを堪える必要はない。
(……よかったね、アロイス)
王が提案してくるであろう交換期間を自らの希望で短くするのだから、それ以上何かを望むわけにはいかない、と昨夜は勇者になることを諦めていた。だが、オクタヴィアンが自らアロイスを望んでくれたおかげで、アロイスの望みは叶ったと言っていい。勇者になって実家から離れる口実ができたし、私も一年後にはアロイスの元へ戻る。学園を卒業したら、勇者になったアロイスと共に冒険ができる。想像するだけで素晴らしい未来だ。
アロイスが勇者になると聞かされたテオバルトがどんな顔をするか見ものである。あれだけ扱き下ろしていた弟が勇者になるのだ。さぞ悔しい思いをしてくれるだろう。指はないけど指をさして「ざまあみろ!」と言ってやりたい気分だ。
(あ、でも私は王様に貸し出されるからその顔は見ることができないのか……)
それはちょっと残念だと思ってしまった私は少し性格が悪いのかもしれない。いや、でもずっと耐えているアロイスを間近に見て来て鬱憤が溜まっていたので仕方がない、と思いたい。
「ではさっそく、細かい話をしましょうか。王はこういったことが苦手でいらっしゃいますから、私が説明させていただきますね」
ミシェルが勇者という制度について話を始めた。勇者は国に支援される代わりに、国のために魔物を討伐するという話だ。その時のパーティーはどうするか、とか、資金や物品の支給だとか、何だか小難しくて内容が頭に入ってこないので、もう聞くのを諦める。別に私が勇者となるわけではないし、勇者になったアロイスについていくだけなので関係ないだろう。
人間三人は話し合いに集中しているので私は暇になってしまった。首を動かして辺りを見回し、存在を忘れかけるほど静かにしていたフィエール・タイガーに気づく。本当に静かに地面に伏せていて、気配を殺しているせいか完全に忘れかけていた。とても大きいのに存在感がないなんてどうなっているのか。そんなフィエール・タイガーに話しかけてみる。ただ、この場を動くと目立つので【伝心】を使って。
〔ねえ、聞こえる?〕
私の声にピクリと反応した白い虎は、スッとこちらに顔を向けた。そして「何の用だ」という思念が飛んできて驚いた。なんと、この虎も【伝心】を持っているらしい。もしかしたら彼も、誰かと【仲間の指輪】でパーティーを組んだことがあるのだろうか。
これなら会話ができる。一方的に伝えるだけではなく、返事を聞くことができる。それならば、と私が居ない間アロイスの傍にいるその虎に頼みごとをしてみることにした。
〔貴方にお願いしたいことがあるんだけど……いいかな〕
〔分かった。何が望みだ〕
……話が早すぎて心配になった。まだ何も頼んでいないのに了承されて驚きで次の言葉が出なかった。突然何を言い出すんだとか、お前の頼みを聞く筋はないとか言われても可笑しくないのに、こんなに安請け合いして大丈夫なのか、と躊躇っているとそれを察したらしい虎からまた思念が飛んでくる。
〔自分の存在の強大さを知らないのか?貴女のような者の要求を断れるはずがない〕
〔えっと……要するに怖いから逆らわないって話?〕
〔そうだ。貴女は恐ろしい。そのような相手に逆らうなど、現実の見えない馬鹿者がすることだ〕
……何とも言えない気持ちになった。大きな虎から怖いから従うって正直に言われてしまう小鳥の私って一体なんなのだろう。脅して頼みごとを聞いてもらうなんてどこの不良だ、という気分だけども、頼みを聞いてくれるというのはありがたい。怖くて従うと言っているのだからできるだけ頼みを遂行しようとしてくれるだろうし、もう怯えられているとかそのあたりのことはもう気にしないことにして、ぶしつけなお願いをした。
〔アロイス……貴方が今度から一緒に居ることになる人間をね、私の代わりに支えてくれないかな〕
私はずっとアロイスの支えだった。今は仲間もいるし、アロイスは一人じゃなくなったけれど。アロイスが私を大事に思ってくれているのは明白で、期間が定められているとはいえ別れは寂しいものだ。フィエール・タイガーはもふもふしてていい毛並みをしているようだから、アニマルセラピー的な効果を期待してお願いした。
〔そんな願いでいいのか……承知した〕
〔ありがとう〕
頼みの内容を聞いて拍子抜けしたような声で答えたフィエール・タイガーは、私を不思議そうに見ている。何か言いたいことがありそうなので、首を傾げてどうかしたのか、と問いかけた。
〔貴女は余程その人間が大事なんだな。強大な貴女からすれば、人間など塵芥にすぎないだろうに〕
何故か分からないが、今まで会った魔物の中で彼が最も私の力を理解している気がする。たしかに、私が一突きすれば人間なんて木っ端微塵になるような脆い存在だけども。でも、そういう力の差は関係ないのだ。
〔親友だからね。この世界で一番大事なの〕
そう、私にとって一番大事なのはアロイスだ。私が大人しく従魔のフリをするのも、アロイスと居たいから。真剣な顔でオクタヴィアンとミシェルの話を聞いているアロイスの横顔を見る。一年も経てばもっと恰好よくなるんだろうな、とか。私が居ない間に変なのに目を付けられないか心配だな、とか。色々と考えてしまう。……一年は長いよ。
『……しっかりやらねば私が塵にされそうだな……』
白い虎がグルゥと低く唸るように呟いた。
従魔の交換を終えるところまでやるつもりだったのですが……予定通りいきませんね




