56.王との会談
王族からの招待状に書かれた日時に合わせて、私たちは学園の転移魔法陣から王城へと送られた。転移先は王城の端の部屋であり、とにかく天井が高い。移動距離で巨大な建物であるのは分かったが、小さな体の私があちこち見回すのは非常に疲れる。それくらい縦にも横にも大きな建物が、王の住む城であった。
一体何人で横列して歩けば埋まるのか、というくらい幅広い廊下を城付きの騎士の案内で歩き、一際繊細な彫刻の施された大きな扉の前にたどり着く。私は黒い籠に入れられて、礼装のアロイスに抱えられている。呼吸を一つ整えて、扉が開かれるのを待つアロイスに【伝心】を使った。
〔アロイス、私考えたんだけどね〕
ちらり、と金の瞳が私に向けられる。アロイスに入室を促す声がかけられ、音もなく横にスライドして開いていく扉を見ながら、私の中の最良の結論を告げた。
〔もし私がアロイスから離されるようなお願いなら……代わりに勇者として認めてもらって、そして領主家を出てよ〕
私の小さな頭で考えられたアロイスの利はそれだけで、アロイスは一瞬痛そうな顔をしたけど何も言わなかった。
私が居なくなることがあるなら、アロイス一人でテオバルトの下に居るのは絶対に良くない。勇者がどんなものか詳しく分からないけれど、国に認められなければならないならこれはいい機会だと思う。国のものである勇者には早々手を出せないだろうし、国の命令で動くのだからマグナットレリアに居続けることもないだろう。それならアロイスにとってずっと気が楽なはずだと、私は本気でそう思っていた。
開いた扉の向こうには赤い絨毯が真っ直ぐ伸び、その先の少し高くなっている場所に玉座がある。そこに王と思われる人物が座っていた。赤い道を真っ直ぐ進んで、玉座よりも十メートル程はなれた場所で私は床に下ろされ、アロイスも膝をつき指を合わせた。
「オクタヴィアン=スティーブレンである。よく来てくれたな、アロイス=マグナットレリア」
そう声をかけたてきたのは、穏やかな笑みを浮かべた筋骨隆々な男性だ。座っている玉座が小さく見える巨躯の持ち主で、ゆとりある服を着ていても分かるくらいの厚い筋肉に全身を包まれている。無骨な体が穏やかな表情とミスマッチだ。白髪の割合が多いこげ茶の髪を見ればそれなりの歳なのだろうと予測ができるのだけど、筋肉のせいなのか若々しく見える。
「面を上げよ。細かい礼儀はどうでもよい、私はそなたと話がしたいのだ」
……なんというか、気軽な王様である。左右に控える護衛と思われる騎士が溜息を吐きたそうな顔をしているし、きっといつもの事なのだろう。
失礼します、と顔を上げたアロイスを見るオクタヴィアンは、どこか子供っぽい楽しそうな表情をしている。なんだか身構えていた気分が抜けていった。とても悪い人には見えないのだ。
「しかし謁見の間は堅苦しいとは思わんか?この椅子も窮屈で好かん。場所を移そうではないか」
オクタヴィアンの一言で騎士たちの表情が完全に疲れたものになった。きっといつものとおりなんだろうな、お疲れ様である。
場所を移すことになり、私たちは騎士に囲まれながら王様の後ろを歩くことになった。普通、護衛するために王様の周りを囲うべきだと思うのだけど……まあ、でも。あの筋骨隆々の王はきっと護衛がいらないんだろうな。むしろ周りに居ると邪魔なんだと思う。腕を振り回すだけで普通の人間からすれば脅威だよ、絶対。
連れていかれた先は、目を楽しませてくれる庭園だった。魔物を模っている木とか、配色によって何かの絵になっている花壇とか、迷路になっていると思われる生垣とか。何となくこれを作ったであろう人の性格がよくわかる場所だ。その中心部に白い大小のテーブルが並べられ、大きいテーブルの方に椅子が三つ用意されていて、オクタヴィアンはその椅子の中でも手摺がなく大きなものに腰掛けた。
「そなたも座れ。従魔はそこのテーブルに置くと良い」
促されて私は小さなテーブルに乗せられ、アロイスはオクタヴィアンと対面する位置に座った。異例の形式なのだろう、アロイスがにこやかな笑顔を浮かべつつとても混乱しているのが分かる。うん、でも王様がこんな感じに色々適当だと戸惑う気持ちは分かる。アロイスは魔物(というか私)の扱いに関しては常識はずれな事をしているのに、貴族同士の関係になると途端にしきたりとか規則とかそういうものに縛られてしまう。そんな彼にとって、自分が逃れられない鎖を見事に打ち砕いているような王の存在は衝撃でしかないだろう。
「騎士は下がれ。三人で話す」
しっし、と手を振られて疲れた顔の騎士たちが姿を消し、入れ代わるように白いローブを着た青年が現れた。水色の髪を胸のあたりで緩く結わえた不思議な髪型をしている。髪と同じ色をした切れ長の目を細めて人好きのする笑みを浮かべた彼は、王に対し膝をついた後、アロイスに向きなおるとこう言った。
「宮廷魔道士のミシェルと申します。お初にお目にかかります、マグナットレリアのアロイス殿」
「名高い宮廷魔道士のミシェル殿に出会えるとは、光栄でございます」
宮廷魔道士、と聞いてピンと来た。唯一【鑑定】が使えるとされている人ではないだろうか。彼はアロイスとオクタヴィアンの間、つまり私の向かい側の空いている席に座った。丸いテーブルを囲うように三人と一羽が顔を合わせる形だ。といっても私は隣接するテーブルに乗せられているのだけれど。
三人が揃ったところでどこからともなくお茶が運ばれてきて場が整えられ、王の合図で即座に側仕え達も退散して一度シン、と静まり返った。アロイスは居心地が悪そうにニコニコ笑っている。側に行ってあげたいけど、さすがに鳥かごからは出られない。
「そなたら、堅苦しいぞ。もっと気軽にせんか」
「王よ、下々の者は気を使うものなのですよ。そのように申されるとアロイス殿が困ってしまいます。ね、アロイス殿?」
「騙されてはいかんぞ。こやつは言葉は丁寧だが態度はそうでもない奴なのだ」
そのやり取りで二人は結構仲がいいというのが分かった。アロイスはどうしていいのか分からず困ったような顔で笑った。内心大混乱しているに違いない。さっきから状況がくるくる変わって落ち着かないのだ。私は魔物なので殆ど関係ないが、渦中にいるアロイスは大変だろう。何せ相手は王様である。何をしたら失礼になるのかさっぱり分からない。
「アロイス、早速だがそなたの従魔を見せてくれ。籠の中では従魔も暇であろう」
「……承知しました」
アロイスが籠の扉を開けてくれたので、私はテーブルの上に降り立った。視線が自分に集まっているのがちょっと居心地悪くて、アロイスが姿勢を正した事を確認して直ぐその肩に止まる。途端にアロイスの肩の力が少し抜けたので、かなり緊張しているんだろう。お疲れ、アロイス。でもまだ始まったばかりだよ。
「日の下で見ると殊更に美しいな。……素晴らしい従魔は次期領主となるものが持っているものだと思っていた」
オクタヴィアンは眩しそうに目を細めてそう言った。それから軽く頭を下げて「すまない、先日誤ってそなたの兄を呼んだのだ」と続ける。王に頭を下げられた事はさすがに許容オーバーだったのか、アロイスの仮面の表情が崩れて一瞬吃驚した顔になった。
「光属性の従魔を持っている者と話しているつもりだったが、どうやら途中で違うらしいと気づいてな。内容が内容ゆえ、他言せぬよう命じたが……」
国王であるオクタヴィアンは学園から「マグナットレリアの特クラス生徒が光属性の従魔と共にデス・ツリーを討伐した」という報告を受けて、直ぐにテオバルトを呼んだらしい。そんなに優秀なら次期領主とされている者だろう、と思い呼んでみたらどうも話がかみ合わず、その弟が報告された人物だと気づいた。他言無用と厳命して帰したが、従魔の主人の知らぬところで話を広めてしまって悪かった、ということだった。
光属性の魔物が居るなんて広まって、魔王に知られでもしたら色々と大変なことになる。寿命の短いカナリーバードとはいえ、魔王が本当に闇属性であるならどういう行動に出るか分からないのにすまない、と。うん、私も話が広まると困るのでほんとに勘弁してほしい。
「……いえ、問題はありません」
「しかし、あの者はあまり信用ならぬ性格をしているだろう?」
「ピッ」
ちょっと変な声が出た。国王からマグナットレリアの次期領主に対して「信用ならない」という評価が出ていることに驚いたからだ。アロイスはそれに同意することもなければ、否定する事もなくただ笑顔を浮かべた。たしかに、答えないのが無難な問いかけではある。色々と余計な事を言ったかやったかわからないけれど、ご愁傷様である。どうせ自業自得だと思うけれど。
「あの者のことはよいか。今日呼んだのはそなたの従魔について頼みがあったからでな」
……きた。今日の本題だ。何を言われるのか、と身構えた私とアロイスに、オクタヴィアンはニカッと笑って見せた。
「そなたの従魔を暫く貸してほしい。代わりに私の従魔の一匹を貸そう。どうだ?」
それは悪い提案ではないように思えた。けれどそう思ったのは私だけだったようで、アロイスは短く息を呑んで一瞬固まった。
「そうだな……貴重な従魔を借りるのだから、こちらからはフィエール・タイガーを貸すつもりだ。客室を用意してあるのでゆっくり休み、一晩じっくり考えてくれ」
オクタヴィアンのその言葉を最後に、会談は終わった。まずオクタヴィアンが颯爽と去っていき、その後じっとアロイスを見ていたミシェルもどこか慌しく暇を告げていなくなる。アロイスは二人を固い笑顔で見送って、それから迎えの騎士に客室へ案内され、部屋から他人が居なくなるまでずっと笑顔を貼り付けていた。
新章まで10話もない予定…です。
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