52.森の奥で出会うもの
第四章はここからスタートに変更しました。短い予定です。
ビッグスライム討伐から、もう一月ほどたった。あれから森に大した変化はなく、あのビッグスライムは偶然の産物だったのだろうと皆が安心し始めた。
午後の授業も終わりという時間にアロイスは今日も森に向かう。私には良く分からないのだけど、この世界の人間は体内時計がしっかりしているらしく、時間がほぼ正確にわかるのだとか。道理で時計らしいものをみかけないはずである。
『貴女がついているから安心して待っていられるのだが、私も狩りに行きたくて仕方がない。留守番ばかりは退屈だ……』
たまたま廊下で出会ったピーアとアロイスが挨拶を交わす間に、そのようなブルーノの不満を聞かされた。内心苦笑しつつ仕方がないよ、と返す。一度目の訓練が思ったよりも上手く行ったせいか、この頃の特クラスパーティーは全員の都合が合うなら直ぐ集まって森へ入る。しかし訓練に連れ出されていない従魔達には出番がない。皆それぞれ不満やらなにやらが溜まっていそうだ。私は皆が授業を受けている間に魔物狩り兼食事をさせてもらえるし、訓練にもついていけるので不満はない。
「じゃあ、僕はブルーノを部屋に帰したら森に向かうね」
「ええ、ではまた後ほど」
ピーアと別れ、訓練場の入り口で待機。このパーティーはいつも現地集合である。全員が集まれば森に潜り、週に一度どころか二日に一度は訓練を重ねているパーティーの連携は殆ど完成に近くなっていた。これなら森の奥にも行けそうだ、と今日は可能な限り深くまで行くことになっている。
〔セイリア、何か気配を感じれば教えてくれ〕
アロイスの声が頭に響く。これは一週間ほど前に手に入れた【伝心】というスキルによるものだ。絆レベルが上がったと同時に身について、以来口に出さずとも会話ができるようになった。そしてこのスキルは誰にでも自分の意思を届けることができる。ただし、届けるだけで受け取ることはできず【伝心】を持っている者同士でしか無言の会話をすることはできない。
〔了解、何かあったら教えるね〕
〔ああ、頼んだ〕
このスキルを使うと他人が居ようと何だろうと会話ができるため、非常に便利だ。クラスメンバーが周りに居てもアロイスと会話ができるメリットは大きい。伝えたくても伝えられない場面が何度もあったから、本当に助かっている。グッジョブ絆レベル。
授業がないアロイスはいつも一番に集合場所へ着くので、このスキルを覚えてから待ち時間はお喋りできるようになった。場所や人の有無を気にせず話せるってとてもいいよね。もう我慢してそわそわしたり、後で訊こうと思っていた事を忘れてしまったりしなくていいのだ。いつでもお喋りできるって素晴らしい!
軽く体を揺らしながら囀っていたら、ムラマサとドミニクが歩いてくるのが見えた。
「相変わらずはやいのぅ」
「私は授業に出ていませんからね」
「試験も全て終えたと聞いたぞ。アロイス殿はとてつもないな」
アロイスは一年生の試験を全て終えてしまったので、本当に授業に出る必要がなくなってしまった。私と森に行くか、ペトロネラ研究所に顔を出すか、図書館で読書をするくらいしかない。長期休暇期間に入ったらエトガー先生の研究所にも顔を出す予定だけどね。
「今日は森の奥まで行くだろう?魔法薬の類をいくつか用意してきた」
「ああ、それは我も同じだ。備えは大事だからの、他にも目くらましの魔術具なども用意しておる」
魔法薬。すなわち、回復薬である。ゲームなどでHPやMP、状態異常などを回復するアイテムに良く似ていて、液体状のものは小瓶に入れて持ち歩く。持ち運びには丸薬タイプが便利であるが、これは少々作るのに手間がかかるらしい。飲んだり体に振りかけたりするとたちまち効果が現れるマジックアイテムで、調合の授業で習ったものをそれぞれ作ってきたようだ。
……ちなみに、アロイスは丸薬タイプの様々な魔法薬を作ってきている。身を守るために独学で覚えた、というアロイスが作る魔法薬の中でも“毒消し”効果を持つものの品質が高かったことには触れないでおいた。想像はつくからね。犯人は誰か知らないけど、分かったら絶対許さない。
「急いできたけど、やっぱり皆早いね。お待たせしてごめんよ」
「いや、それほど待っておらぬよ」
軽く駆けてきたようで、ほんの少し息が上がっているピーアが合流した。この二人が素の口調で話しているところを見ると、仲良くなったんだなと改めて思う。いまだに敬語を一切崩してないのはアロイスとソフィーアくらいだ。……いや、でもソフィーアの態度はかなり軟化しているから、あまり変わっていないのはアロイスだけのような気がする。
「お待たせいたしました。私が最後ですね」
「いえいえ、大して待っておりませんよソフィーア様」
……ああ、ソフィーアに対するドミニクのキザっぷりも変わってないね。うん。
「では、本日の予定を再確認します。今回はできるだけ森の深くまで潜りますが、何か危険を察知すれば即座に撤退。深入りは絶対にしません。他に何かありますか?」
「魔法薬、魔術具を使うタイミングはどうするんだ?」
「各自の判断に任せます。それぞれ必要だと思うものを用意しているようですし……魔術具は何があるか、一度申告し合いましょうか」
申告によれば全員が目くらましの魔術具を一つは持っていて、その他魔力増幅や短い間だが防御壁を張れるものといった補助系、痺れ粉や眠り粉を撒き散らす状態異常付与系など様々だった。各々二つ以上の魔術具を用意していたようで、十分な数があるように見える。
「それでは気を引き締めて、行きましょう」
―――――――
森の探索は恐ろしいほどに順調だった。自分がメンバーではないから、今の絆レベルがどれくらいかは分からない。それによる恩恵がどれほどのものかも分からないが、出てくる魔物は淡々と処理され、踏み入れた事のない場所へどんどん進んでいくことから考えれば、それなりに絆レベルは高いのだろうと思う。
その中でも特出しているのがアロイスで、少し加減しながら戦っているのは一人だけ恩恵が高い事を隠すためだ。私が一緒に居るために、アロイスが受ける恩恵は他の皆より多い。元の能力値も高いから、ある程度火力が出過ぎたとしても「アロイスだから」で通るのだろうけど、怪しまれない努力をするにこしたことはない。
「なんだか、前よりもずっと楽に魔物を倒せる気がするね」
「【仲間の指輪】を使い続けるとそうなると聞いたことはあるけれど、それではないかな?」
「これを使い続けるだけでそんな効果が得られるなんて、信じがたいですね」
「使い込めば使い込むほど、馴染んで使い勝手がよくなる道具のようなものかの」
絆レベルだよ、と教えてあげるわけにもいかないので、メンバーの会話を黙って聞く。色んな推測が飛び交っていて、聞いているのは面白い。実際、絆レベルという概念を知っている私でも詳しい仕組みは分からないし、そのあたりの研究はペトロネラとアロイスがやっている。そのうち研究が発表されて、世間に広まるのだろう。……魔物との関係部分を除いた研究だろうけど。
一行が出会う魔物の質が変わってきたことで、大分森の奥に入り込んだのだという実感が湧く。全体的に木が生い茂り薄暗く、オークやゴブリンの進化種など入り口付近で見かけない魔物が出現し、その強さも上がってきた。しかしそれでもこのパーティーに敵う訳じゃない。入り口付近とほぼ変わらぬ速度で討伐し終わるあたり、一年生レベルじゃないと思うよ。他のクラスと学年がどうか知らないけど、ここが学園の訓練場だというなら全学年の全クラスが訓練できるようになっているはずだし……。結構深くまで来たイメージだけど、最深部にはまだ遠いのだろうか。
〔アロイス、今森のどのあたりなの?〕
〔そうだな……森の九割近く進んできたと思う。最深部と言うならもう少し先だろう〕
〔そっか、ありがとう〕
訓練場のくせにかなり広い森だ。どうやって囲ってあるのかとても不思議である。そもそもどうやって町中や学園内に森なんて作れたのだろうか、と考え始めた時だった。ぴりり、と肌に走るような違和感を覚えた。
その気配は進行方向のずっと先から感じる。一切動かず、しかしその存在は目に見えなくても感じるほど強大だ。他を隔絶した存在であることは、一瞬で理解できた。
〔アロイス。全く動かないけど、脅威個体っぽいのが居るよ〕
〔どのあたりだ?〕
〔ずっと奥。このまま進めば会うと思う〕
〔……動く様子があれば伝えてくれ。出来るだけ確認はしたい〕
〔了解〕
アロイスの顔に緊張が走る。それを察してか、メンバーも口を閉ざして気配を殺し、緊張感が漂い始める。そのせいだろうか。魔物が飛び出してくることもなく、全く動かない目的の存在を目にするまですんなりと進むことができた。
とてつもない存在感を放っているのは、一つの巨大な樹木だった。大人が五人手を繋いで周りを囲うのがやっとだと思える程太い幹、見上げれば枝と葉で天上が見えず、どれほどの高さがあるのか見当がつかない。そして周りの木々が、草が、一様に枯れ果てている中でその巨木だけが青々と生い茂り、そしてどこか神秘的に美しくも見え、ぞっとした。
「…………デス・ツリー」
生を強く感じさせる姿のその魔物は、その姿と間逆の名を持っているらしい。誰かが唾液を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
以心伝心、テレパシー。使えればとても便利だと思います。




