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お喋りバードは自由に生きたい  作者: Mikura
学園の有名鳥

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50.ビッグスライム



 まだ距離はある。森の中をまっすぐ通った道の上、その透き通った土色の巨体はまだ手のひらサイズ程にしか見えないし、進む速度もそこまでのものではない。だが、周囲の木と同じ高さに見えるスライムはどう見ても異質であり、その存在に気づいた全員は息を呑み、そして背後を気にしつつ足早に進み始めた。皆の表情には緊張があるものの、相手の速度と距離のおかげか混乱はしていないようだ。



「どうする?逃げるのは容易いが、あれを出口まで連れて行くのはまずいと思うのだよ」



 ドミニクの言葉に皆が小さく頷く。あれがずっとこちらを追いかけてくるのであればこのまま外に出ると出入り口に居座ってしまう可能性がある。受付を出た瞬間にあれに出会うのはさすがに、とそんな事態を想像をしたらしいメンバーの眉間には軽く皺が寄っていた。



「まずは救難信号を送ります。出口には向かわず、できるだけ時間稼ぐべきかと思いますが」



 アロイスの言葉を聞いて、ムラマサが即座に入り口で渡されるブレスレットに魔力を込める。すると薄い黄色の石から光が溢れてどこかに飛んでいく。今の光が助けを呼ぶものなのだろう。



「アロイス殿の意見に賛成だよ……あれ、僕らを獲物だと認識してるみたいだし」



 ピーアの言うとおり、私たちが出口に向かわず方向を変えれば巨大なスライムも方向を変えてついてくる。私たちが道を外れれば、あちらも道を外して森の中を進みながらこちらを目指して進んでくるのだ。完全に餌だと思われていると思う。スライムはほぼ本能で動いている魔物だから、見つけた餌を追いかけ続けているのだろう。私ならあれでも多分一撃必殺だと思うんだけど、アロイス以外がいるところでそれはできないよね。命の危機を感じない限り、私の出番はない。



「しかし、今他の魔物に出会うてしもうたら、追いつかれてしまうと思うがの」



 ピーアどころかムラマサも本来の口調で話していることから、思ったよりも余裕はないのかもしれない。自分より大きな敵というのは、普通恐れるものなんだろう。それもここに居るのは特クラスとは言え一年生であり、今日初めてパーティーを組んだメンバーなのだ。訓練場であのような魔物が出現することは想定外だし、頼れる大人や圧倒的な実力者も居ないのだから、皆心の内は不安に違いない。規格外チート魔物がこの場に居ることを知っているアロイスを除いて。



「ソフィーア様、氷の魔術であれを凍らせることはできそうですか?」


「……さすがに難しいかと。全力で魔力をつぎ込んだとして、体の半分を氷で覆えるかどうかでしょう。しかし、それでも多少の足止めにはなると思います。やる価値はあるでしょう。魔力を注ぎ込むのに少し時間はかかりますが、やりましょうか?」



 ちょっと吃驚して何度か瞬きをしつつソフィーアを見てしまった。彼女がそこまで長く喋るのを、また積極的なことを口にしたのを初めて見た。今の彼女は目を伏せてもいないし、まっすぐに前を向いている。

 アロイスも驚いてはいたようだがそれを表情に出すことはなく、お願いしますと言って各自の行動を伝え始めた。



「ソフィーア様が呪文を唱えている間、ドミニク殿は周囲の警戒とソフィーア様の護衛、ムラマサ殿はビッグスライムへ能力低下の演奏と余裕があればソフィーア様に支援を、私とピーア様でできる限り足止めになるよう攻撃。と考えていますが意見は?」


「ない、それでいこう」



 皆が頷き、足を止めてくるりと反転、ビッグスライムに向き合う。距離はいまだ変わっていないが、やはりこちらに向かってきている。

 アロイスとピーアが飛び出し、動く際に邪魔になるだろう私は飛び上がった。アロイスの上空を飛びながらビッグスライムに近づいていく。ある程度近づいて、あとは距離をとりながら攻撃しつつソフィーアの元まで戻るだけだが……それにしても、大きい。ピーアが走りながら正確に狙わず矢を放っても必ずどこかにあたる。ピーアの矢とアロイスの魔術は、その巨体を軽く震わせてちょっぴり体積を削りほんのりと歩みを遅める程度。茶色の丘のような体は殆どダメージを受けていないように見える。アロイスも魔力を使い切らないように、加減しているのだと思うけれど、それにしても体力お化けだ。こういうのを化け物って言うんだろう。



「二人とも!離れるんだ!」



 後方から飛んできたドミニクの声を合図に、二人が戦線離脱してビッグスライムから距離をとり、ほぼ同時に飛んできたソフィーアの魔力がスライムの巨体を覆う。辺りの気温が一気に下がり、地面との接着面からスライムの体が凍っていく。しかし、ソフィーアの言葉通り凍る勢いが次第に減少し、スライムの下半分を氷で覆ったところで完全に止まった。それでもビッグスライムの足止めは成功で、その場から動かなくなった。ソフィーアの元まで駆けて戻ったアロイスの肩に降り立つ。精一杯魔力を込めたのだろう、ソフィーアは息を乱して、額に汗を浮かべていた。



「ソフィーア様、あのように強力な魔法……そうとう無理をなされたのではないですか?お体に異変はありませんか?」


「っ……いえ……問題、ありません……」



 ドミニクが非常に心配そうに話しかけている。ソフィーアは緩く首を振り、言葉を途切れさせながら小さな声で答えた。かなり消耗しているようだ。広範囲で強い魔術を使うのは、非常に難しいことらしい。



「……差し支えなければこちらを」



 そっと薄い青に色づいたハンカチを差し出すドミニクに、お礼を言ってそれを受け取るソフィーア。二人の間で会話ややりとりが成立したのは初めてなのか、ドミニクが異常に感激して拳を握っている。私としてはドミニクよりも、急にソフィーアの態度が軟化したことが気になる。今日も初めのうちはやはり壁を作ってできるだけ関わらないようにしていたと思うのに、膝が笑って殆ど力が入らなくなるまで魔力を振り絞って仲間のために魔術を使った。ソフィーアができないといえば、アロイスは他の作戦を考えたと思うし、命の危険を感じる程の危機的状況でもなかっただろうに。この数時間で彼女の内側にどんな変化があったんだろうか。



「まだ気は抜かないでください。終わってません」


「……うっそぉ」



 アロイスの緊張が篭った声と、驚いたピーアの声で全員が動けなかったはずのビッグスライムに視線を向けた。その巨体はその場から移動はしていないものの、高さが半分ほどに減った代わりに幅が増えている。形を変えて凍った下半身を包むようにして己ごと飲み込み、氷を溶かそうとしているらしかった。



「しつこいのぅ、まだやる気か」


「スライムは殆ど本能で生きてますからね。今は食欲しかないんでしょう」


「どうする?ソフィーア様はしばらく動けないと思うよ」



 たしかに、ソフィーアは今の状態だと走ることはおろかふらふらと歩くのがやっとだろう。誰かが背負うという考えは、貴族である彼らにはないものらしく提案すら起こらない。……まだパーティーを組んだばかりで、お互いを信用しきっていない彼らが体を預ける行為を考え付かないだけかもしれないけど。



「……私も氷の魔術を使ってみます。ソフィーア様が半分は凍らせてくださいましたし、あの一帯は気温が下がりましたから効果が出やすいでしょうし」


「しかし、アロイス殿まで動けなくなればかなりの危機的状況に陥るが……」



 アロイスの言葉に真面目な顔でドミニクが言う。彼の言うことは間違っていないし、意外と冷静にものごとを見ているようだ。でも、ドミニクの心配通りにはならないと思う。アロイスは魔力のランク高いし、私との【仲間の指輪】もはめているから絆ランクの恩恵もあるのだ。魔力の消費量はかなり減ると思う。



「動けるだけの余力は残します。今より時間が稼げるならそちらのほうがいいかと」


「我も出来る限り強い支援を贈ろう。何、アロイス殿はA判定を出し神童と名高い男。魔力も豊富だろうて」


「……僕も、アロイス殿なら出来ると思うよ」



 ムラマサ、それからちらりと私をみたピーアの賛同を得て、ドミニクも「二人が言うなら」と納得した。まだ足が震えているソフィーアも、反対意見はないようだ。アロイスがビッグスライムに向かって歩み出す。ムラマサが支援の演奏を始め、その魔力が自分に飛んできたことを確認し、詠唱を始めた。



「水の神に願う。我が身を狙う巨大な敵を、我が魔力をもってして氷の檻へ閉じ込め、永遠の眠りを与えたまえ」



 静かに落ち着いた声が響き、詠唱が終わると同時にアロイスから魔力が溢れてビッグスライムに飛んで行った。そこからの光景は、はっきり言って規格外だっただろう。恐ろしいほどの速度で氷がビッグスライムを捕らえ、五秒もすれば完全に凍り付いた。対象の魔物どころか周辺の木々まで凍り、巨大な氷塊の半径百メートルは銀世界となるような魔術。

 魔術を使う際に効果があがる【魔導の知識】というスキルや、ムラマサの支援、そして私との絆レベル。様々な要因が重なってはいたが、それは明らかに十二歳の子供として異質だったと思う。魔力を込める時間も、ソフィーアに比べればかなり短かったし。それはとても凄いことで、天才的な力で、称賛を受ける能力だろう。しかし事をやってのけた本人はどこか浮かない顔で、金の目をそっと瞼の奥に隠してしまった。



(……そっか、アロイスは知られたくなかったんだ)



 その表情から察する。アロイスは優秀さを隠したかったのだと。そしてその理由は、家族にあるのだろうと。

 出る杭は打たれる。才能あるものは称賛と同時に妬みや嫉みを受ける。そしてアロイスが今まで受けてきたのは、称賛ではなく嫉妬だった。優秀さを疎ましく思う者はいても、喜んでくれる者はいなかった。だから今、背後に居る面々がどのような顔をして自分を見ているか知るのが怖くて振り返れないのだ。私はそっと首を回して背後のメンバーの表情を見る。



「……アロイス、大丈夫だよ」



 少し離れているとはいえ、聞こえてはまずいので小さな声で伝えた。彼の目が私を見て、まだ不安げな金色に笑いかけるような気持ちで明るく鳴いた。大丈夫だよ、アロイス。彼らはテオバルトじゃない。

 決意するように小さく息を吐いて、踵を返したアロイスを迎えたのは、キラキラした目の仲間たちだった。



「これはもう、なんというか、感服した。君なら勇者になれるんじゃないか、アロイス殿」


「いくら条件が整っていて支援があったと言っても、ここまで行くのは本人の能力の高さだよね。さすがアロイス殿」



 ドミニクもピーアも、笑ってアロイスへの尊敬を口にする。アロイスはどう反応していいか分からないらしくて、少し困った顔をした。



「何故困っておる。胸を張ればよかろう?」


「しおらしくされると腹が立ちますから、堂々としていてください」



 ムラマサとソフィーアの言葉に、さらに困りそうになったアロイスはへたくそな笑みを浮かべていて、かなり仮面が崩れてきている。そんなアロイスにさらに追い打ちをかけたのはソフィーアだった。



「……人の価値は色では決まらないと今日一日で学びました。貴方のおかげです。貴方は素晴らしい、だからもっと毅然としていてください」



 その時初めて、ソフィーアの口が小さな笑みの形を作った。ドミニクが「うぐぅ、ずるいですぞ」とかなんとか呟いていたが頭に入ってこない。つい先日まで、いやむしろ本日の訓練が始まった時も氷の障壁を張っていたようなソフィーアがこの態度だ。余程アロイスがリーダーとなったパーティーが居心地よかったのだろうか。衝撃過ぎて色々と理解できない。



「……これは、胸を張れること……なんでしょうか」



 ようやく絞り出すようにして出たアロイスの質問に、全員が当たり前だと応えて。「ありがとうございます」と小さな声で言ったアロイスの顔に、このメンバーにとっては初めてだろう、本物の微笑みが浮かんだ。



(よかったね、アロイス)



 それから程なくして救援隊という名の教師連合がやってきて、事情聴取やらなにやらで少し慌ただしくなった。鳥の私には無関係だけど、質問攻めにされる五人は大変そうである。戦闘を終えてへとへとなのに質問攻めをされ、精神的にも疲れただろう。しかし、それでも五人の表情は暗くない。このパーティーに確かな手ごたえを感じて、達成感を胸にしているから。



(………うん、このメンバーならきっと大丈夫。良い仲間になる)



 それはとても嬉しく、しかしどこか寂しく感じることだった。




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