46.神との約束
石の様に固まり、身動きできなくなったアニッタの姿を見れば、また威圧が発動しているのだと分かる。けれどそれを止めたいとは思わない。アロイスを始末する、なんて言ったのだ。そんなことをしようとする危険な者は、排除されても仕方がない。
小さな歯をカチカチとならして怯える妖精を見つめながら、どうしてやろうかと目を細めた時だった。ぽん、と私の背が軽く叩かれ、聞き慣れた声が降ってきた。
「セイリア、止めてやれ。そのピクシーが私をどうにかしようとしても、私の魔力の方が強いんだ。いくらでも対処できる。それに、君が傍に居てくれるんだろう?何があっても大丈夫だ」
「………そっか、そうだね」
そういえば、アニッタが見えている時点でアロイスの方が魔力的に優れているんだった。それに、私が居れば絆レベルの恩恵でアロイスの能力はまたアップするし、アロイスがどうにかできなくなったとしても、最終的に私が力技でごり押しすればどうにもならない相手のほうが少ないだろう。
そこまで考えたらフッと体から怒りが抜けて、同時にアニッタがぐったりと倒れ込んだ。彼女の若葉のような緑の髪は汗で肌に張り付いて、小さな体はまだ小刻みに震えている。……私がやっていてなんだけど、可哀想になってきた。
「えーと……ごめんね?ついカッとなって……あの、大丈夫?」
『大丈夫な訳……ないわ………化け物よ、アンタ……』
腰が抜けてしまったのか、立ち上がれない様子のアニッタ。しかし化け物だと言われるくらい怯えられている私がこれ以上近づくのもよくないだろうし、むしろ離れた方がいいだろうし、どうしようもできない。
おろおろしていると、彼女の体にふわりとハンカチがかけられた。私もアニッタも驚いて、それをやった人物を見る。いつも通りの無表情だけど、アニッタを心配しているらしいアロイスだった。
「寒そうだと思ったんだが……余計な世話だったか?」
「………いや、ありがたいワ……アンタ、いい人間ネ。その鳥が怒るのも分かる気がするワ」
アロイスが褒められて鼻が高い気分だ。人間のような鼻はないけども。得意げにしているとアニッタからじと目を向けられてしまった。……あぁ、でも。得体のしれないものを見る恐怖も混ざった目だな、これは。
『……アンタ、この言葉も分かるのよね。一体何者?』
『ちょっと強いカナリーバードだよ』
『そんな言い訳、通じないわよ』
それはそうだろうけども。正直に全部話す訳がないし。でも情報漏洩までさせた上にかなり怖い目に遭わせてしまったのは申し訳ないので、何か少しでも彼女の気が楽になる提案ができないかと考える。
『えーと、貴女から聞いたことはこの場だけの秘密にするから、私のことも見てみぬフリしてほしいって思うんだけど……どう?』
『…………本当に秘密にしてくれるわけ?』
『うん、するよ。アニッタが私のことを秘密にしてくれるなら、アニッタの話はここだけの秘密。神に誓うよ』
瞬間、ほんの少しだけ魔力を持っていかれたような気もする。アニッタが驚いた顔をした。
……神に誓うって、もしかしてホイホイ使っちゃいけないフレーズですか、これ。
『……いいわ、ワタシもアンタのことは報告しない。神に誓うわ』
かちり、と何かが嵌ったような妙な感覚があった。これ、何かの契約なのかな。やばい、今すぐアロイスに相談したい。
私の焦りをよそにアニッタは一つ深い息を吐き、体を覆っていたハンカチから出てくるとふわりと浮かび上がった。まだちょっとフラフラしながら窓に向かって飛んでいく。もう帰るから開けろ、ということに違いない。
立ち上がるアロイスの肩に止まり、一緒にアニッタの後ろをついていく。しかし、窓際までやって来てもアロイスは窓に手を伸ばそうとしない。
「ピクシー、一ついいか?」
「何ヨ?」
「私たちは今ここで君を退治することもできる。セイリアのことを出来るだけ知られたくない私としては、そちらの方が確実だと思っている」
「脅さなくても大丈夫ヨ、さっきその鳥のことを言わないって神に誓ったモノ」
今、アロイスがものすごく驚いたのが分かった。口角がピクリと動いただけの小さな反応だったけど、絶対驚いた。ごめんアロイス、やっぱり大変なことだったんだねほんとごめんね、できればあとで説明してください。
「……そうか、ならいい」
アロイスが窓を開けると、アニッタは一度ちらりと私を見た。何やら複雑な表情をしている。
『……アンタ達、お互いが大事なのね。魔物と人間なのに、変よ』
『仲良くなるのに種族は関係ないんだよ?』
『それが変だって言ってるんだけど……でも、悪かったわね。あんなに怒ると思ってなかったのよ』
そう言って、アニッタはふわふわと夜の闇の中へ飛んでいく。もう見えなくなりそうだな、というところで振り返り、魔物の言葉でこう言い残した。
『アンタのことは話さないわ』
ちゃんと約束を守ってくれるんだな、それを宣言していくなんてとても律儀だな、そう思ってにこやかな気持ちで見送った後ふと気づく。
……アンタのこと“は”って言ったよね。それはつまり、アロイスについては言うってこと?
「あ、アロイス!大変だよ!私のことは話さないって言ったケドデモアロイスについてハ」
「落ち着け。私のことは別にいい。今代の魔王は平和主義だし、少し強い人間がいたところで問題にはならないはずだ」
「そ、そっか……問題ないならよかった……」
でもやっぱりちょっと不安だ。元の世界だと魔王は大体悪役であるせいか、その名に良いイメージがない。今の魔王は平和主義らしくて戦争をしない、って話だけど、それってつまり以前の魔王には戦争をしたがる好戦的な者もいたということだ。そもそも魔王の情報を「らしい」とか聞きかじったような言い方をする時点であちらの情報は殆ど入手できていないんだろう。いつのまにか魔王が代替わりして政策が変わっていたらどうするんだ、というような心配をしていた私にアロイスの声がかかる。
「そんなことよりセイリア。神に誓った契約をしたな?」
「えーと……あの、ごめんね?」
「謝ることじゃないが……いったい何を誓った?」
「アニッタの話をこの場だけの秘密にする代わりに、私のことは秘密にしてってお願いしたんだけど……」
「……成程な」
その後のアロイスの説明によると、神に誓って約束することは決して違えることの出来ない契約であるらしい。これを違えようとすれば、神によって行動が縛られ、下手をすれば酷い罰が与えられるとか。どの神に誓うかによって罰の形が違うし、もし神を指定しなかったら全ての神に誓ったことになるので、守らなければ大変なことになるという。
「大変なことってどういう……?」
「……君の場合、ただの鳥になってしまうとかそういうものじゃないか?」
「何それ怖い!」
「だから神に誓うことは簡単にするものじゃない。私が君たちの会話を理解できれば止められたんだが……」
アロイスから見ると、鳥がピルピル鳴いて何かを妖精に話しかけ、それに風が答えるように騒めく音がする不思議な光景だったという。私が何か交渉しようとしているのは分かったけれど、まさか神に誓った約束をしているとは考えもしなかった、と。
「常識があれば普通はしないことだ。……君の世界では簡単に神に誓うのか?」
「私の世界の神様はこの世界の神様みたいに生活に関わってこないんだよ……」
元の世界にも神という概念は確かにあったけれど、この世界とは全く違う。神に祈ったところで魔法なんて使えないし、日常生活の中でその力を実感することなんてない。神は本当に居るのだと信じている日本人はいったいどれくらいいるだろうか。それくらい、神という存在は希薄だった。
神に誓って!という約束を簡単に口にしては破る。破ったところで罰が当たることもない。そういう世界からやってきた私としては、この世界の身近過ぎる神に戸惑うばかりだ。祈りや願いが簡単に届きすぎる。
「この世界の神様って反応が良すぎるよね、心の中で思っただけでも応えてくれちゃうしさ」
「……君の場合は特殊だろう。光の属性持ちは少ないし、その上魔力が豊富で届きやすいのだと思う。目につきやすいと言うか、声を拾いやすいというか……そういうものなんだろう」
「え……」
……つまり私は神様たちから見ても目立ってるってことですか?
注目しなくていいよ、私アロイスと平和に過ごせればそれで満足だからね。静かに平穏に生きたいからね。
(でも……願いを聞いてくれるなら、一つだけお願いしたいことがあるんだよね)
出来ることなら、面倒なしがらみから解放されて、アロイスと一緒に自由な生活をしてみたい。アロイスを悩ませる人間はいなくて、私が魔物であることを気にせずに一緒に暮らせるような。それか、いっそ一人と一羽で冒険者というのはどうだろう。アロイスが冒険者になる方法がないわけじゃない、っていつか言っていたから、それなら最強のパーティーが組めて、気も楽でいいと思う。そんな風になりたいな、とあり得ない未来を願ってみる。
しかし、魔力が抜き取られる感覚はやってこない。こういうお願いは聞いてくれないようだ。とても残念である。
「あとは自分で頑張るだけだよね」
「……突然何だ?」
「ううん、なんでもない」
ちょっと恥ずかしいので、アロイスに伝える気はない私の願いである。アロイスと私が出来るだけ気楽で楽しい生活を送るために頑張る、という決意は胸に秘めておくつもりなのだ。伝える気のない考えが伝心することはないらしく、アロイスに怪訝そうな顔をされた。
「……君が張り切ると、大体何か起こるからな……行動する前に相談してほしんだが」
「ヒドイ!といいたいけど否定しきれない……」
……でもまぁ、私の願う未来のために何を頑張ればいいのかよく分かっていないので相談のしようもないんだけどね。
存在だけは出てくるけど出番はずっと先な魔王。
早く出したいけれどいつになるかな……。




