44.魔物で人間
アロイスはなぜかご機嫌斜めである。ムラマサとお友達作戦は余計なことだったかな、と不安になり小さく声が漏れ出す。
あまり深く考えずに行動してる自覚はあるんだよ。その時はそれが一番いいと思ってやってしまう。冷静になればそれは余計なお世話、差し出がましいことである可能性も考えられるんだけど、その時は何も思い浮かばない。感情で頭の大部分を使ってしまって、許容オーバーしているのかもしれない。でもそれが言い訳には、ならないよね。
無言で進むアロイスは何故かペトロネラの研究所には向かわず、いつかの昼休みに来た、人気のない中庭にやってきた。
以前のようにベンチに腰を下ろすと、小さくため息を吐く。原因が正確に分からないまま謝るのは良くないと思うのだけど、それでも謝りたくなった。
「ムラマサ=ラゴウについていきたいと思うか?」
「……うん?」
予想から大きく離れた質問が飛んできて首を傾げた。てっきり余計なことをして呆れられたのかと思っていたのだけど、どうやら違うらしい。
肩に止まったままではアロイスの横顔しか見えないので、正面から見るためにも彼の膝へと降りる。アロイス自身もよく分かっていない感情なのか、金色の目はとても複雑で、何を言えば良いのか分からない様子だった。
「私がムラマサについていきたがってるように見えたってこと?」
「いやそういうわけではないんだが……ただ、君が私以外の誰かの肩に止まって、撫でられているのは初めて見たからな」
そういってアロイスはしばらく目を伏せて、口も閉じてしまった。
色んな感情がないまぜになって、自分がどうしたいのか分かっていないように見える。アロイス自身が分かっていないことだから、私にも分からない。続きを話してくれるのを待って、じっとその顔を見つめる。
「……君が別の誰かと共に、どこかに行ってしまうことを想像してしまった。そうしたら、何だか急に……不安、だろうか、これは」
ぽつりと漏れるように呟かれた言葉から、ようやくアロイスの気持ちを理解できた。
私はアロイスの友達を、アロイスの支えになる人間を作ろうと行動していたけど、今現在彼の支えになっているのは私だけだ。常に傍に居て必要な時以外は離れなかった私が、彼の側を離れて他の人間に近づいた。初めて自分から離れて他人に寄り添う私の姿を目にしたアロイスは、私が側から消えることを想見してしまったらしい。私からすればそれはあり得ないことで、杞憂でしかないのだけど。アロイスはそう感じてしまったのだ。
(……ああ、そっか。アロイスは自己評価が低いんだ)
誰からも認められることはなく、ただ一人で過ごしてきたアロイス。幼い彼をほめてくれるような人は誰も居なかった。努力家で、たくさん知識を溜め込んで、戦闘の訓練だってしていて。アロイスがずっと努力していたのって、誰かに褒められたかったからじゃないんだろうか。でも誰も褒めてくれなくて、アロイスは自分の価値を見失ったのではないだろうか。
だから、誰かが自分の傍に居てあたりまえだという感覚がないのだ。自分なんて置いてどこかに離れて行ってしまうのではないかと、不安になるのだろう。
「私は、私みたいに迷惑かける魔物でも大事にしてくれるアロイスの側に居たいよ」
この世界で私のような魔物と友達になってくれる人間なんて、きっとアロイスしかいないと思う。人間で魔物、魔物で人間。中途半端な存在である私は、奇妙な生き物でしかない。人間の様に己を自制することはほとんどできないのに、人間のような感情で動く魔物なんて、普通なら手に余るだろう。それでも彼は、私を見捨てることをしない。友だと呼んでくれる優しい人間だ。
「……君を迷惑だと思ったことはない」
「私は迷惑かけてばかりだと思ってるんだけど」
「君がそう感じていても私はそう思っていないから、気にしなくていい」
そう言うアロイスの目に嘘や誤魔化しがないから逆に私が戸惑う。私が何かやらかして、アロイスがフォローすることばかりなのになんでだろう。今回のことだって、余計に不安にさせてしまって申し訳ないって思ってるのに。
「でも謝るよ。ごめんねアロイス。私、アロイスとムラマサに友達になってほしかったんだよ」
「私には君という友人がいるんだが……?」
不可解だ、という顔をされて驚いた。アロイスは本気で私以外の友達は要らないと思っているらしい。友達を沢山作れ、その方が幸せだ、なんてことを言うつもりはないけど、彼はもう少し信頼できる仲間が居た方がいいと思う。そして何より、人間のアロイスには人間の仲間が必要だ。
「友達は別に一人である必要はないんだよ?それに、私は魔物だから」
「君は人間だ」
「……そう思ってくれるのは、アロイスだけなんだよ」
人間だと即答されて一瞬言葉に詰まった。私だって、私を人間だと思いたい。この世界で私を人間だといってくれるのはアロイスだけだし、そう思ってくれているのはとても嬉しい。でもそれとこれとは話が別なのだ。
私は魔物だ。人間の記憶を持っていて、人間のように話しても結局魔物なのだ。すぐ本能に負けるし、人間の生活をしていないから完全に人間に染まることがない。人間しか入れない場所には行けないし、どこへ行っても魔物としての扱いを受ける。たとえアロイスが私を人間だと思っていても、世間でそれが受け入れられる訳じゃない。
人間の社会でアロイスが生きていくためには、どうしても人間の仲間が居る。そこに私は入れないのだから。
「…………そう、だな」
私の意図は伝わったらしい。少し苦い表情をしつつ頷いてくれた。
……私が人間だったらアロイスにこんな顔をさせなかったのだろうか。でも、人間だったらアロイスに出会わなかったのだし、それは考えるだけ無駄なことだろう。頭を切り替えて、明るい声で話しかける。
「あ、でもね、無理に友達になれって言うんじゃないからね!気が合えば、だからね!」
「分かってる。ラゴウ領には興味もあるし、話を聞いてみたいとは思っていたからな。いい機会が出来た。君、話題づくりのためにムラマサ=ラゴウのところに行ったんだろう?」
「うん。動物の話題から仲良くなるのはね、元の世界だとナンパの常套手段なんだよ」
「……ナンパとはなんだ?」
話題を明るくしようとしていたら、ナンパの説明をすることになってしまった。見知らぬ異性を口説いてデートしようとすることだと説明したら、ちょっと顔をしかめられた。
「君の世界はなんというか……はしたないことをする者がいるんだな。初対面の相手を直接逢引へ誘うなんてけしからんぞ」
「この世界にはないの?ナンパみたいなの」
「少なくとも貴族の中ではありえないな」
それなら貴族はもし誰かに一目惚れしたらどうするのか訊いてみた。その場でどうにか連絡先を交換でもしないと、二度と会えないかもしれないような相手とその関係を持つための方法だ。
「貴族なら家紋を刻んだ装飾品の一つや二つ、身に着けているものだ。それを相手に渡す」
もし受け取りを断られたら、縁がなかったと諦める。受け取ってもらえたら、まずはお友達からという意味であり、後日手紙と共にその装飾品が返ってくる。手紙のやりとりから始まって、親密になれるかどうかは相性次第だとか。そしてもし、受け取った相手がその場で装飾品を身に着ければ、お付き合いしましょうということらしい。
「ナンパとたいして違わない気がするんだけど」
「……全く違う」
貴族的感性では声を掛けてデートに行くのは駄目だけど、装飾品を渡して親密になるのはいいらしい。よくわからない感覚だ。まあ人間の告白事情とか、鳥の私には関係ないからいいのだけど。
「アロイス、そろそろペトロネラのところに行こうよ。試験する時間がなくなるよ」
「ああ、そうだな」
もうアロイスの表情に不機嫌さは見えない。暗い表情でもない。一安心して、定位置となっているアロイスの肩に止まる。
今度こそペトロネラの研究所へ向かう。その日は珍しく試験を一つだけ終えて、研究の話もすることなく帰宅することになった。アロイスも少し疲れていたのかもしれない。いつもより早く寮に帰ると、マグナットレリア寮は何だか妙な空気だった。変に乱れているというか、なんだか違和感が強い空間だ。
「お帰りなさい、アロイス=マグナットレリア。帰ってそうそうで悪いけれど、お時間よろしいでしょうか?」
寮の一階、大広間を通り過ぎようとした時に話しかけてきたのは、寮監であるドロテーアだった。その後ろには顔色の悪いヒースクリフが居る。自分の従者を連れた寮監を見て、良くないことがあったのだろうと即座に察したアロイスはドロテーアに向き直ると話を促した。
「何がありました?」
「貴方の部屋を何者かが荒らしました。貴方の部屋に入ることを許可されているのはこの者だけでしょう?状況を考えると彼しかあり得ないのですが……」
「私ではありません!アロイス様のお部屋を整えこそすれ、荒らすなど……!!」
今にも泣きそうなヒースクリフの顔を見れば、彼が嘘を言っていないのは明白だ。今回のことは確実に彼が犯人ではない。彼は完全に巻き込まれただけだ。流石【巻き込まれ体質】を持つだけある。かわいそうに。
そして犯人は、おそらくヒースクリフの頭に乗っている者だと思う。
『クスクス、慌てちゃって、おかしいったらありゃしない。次はなにしようかしら』
小さくて、半透明の羽が生えた人間のようなもの。実際に見たことはなかったけど、それが何かはすぐに分かった。
「妖精族……?」
アロイスの呟きに、私以外が驚いた。それこそ妖精も含めて、目を丸くしている。
『この人間、ワタシが見えるの?』
あ、やっぱり普通は見えないんだ、この子。
運が悪くなるスキルを持っているヒースクリフなので巻き込まれるのは仕方ありません。生まれつきのユニークスキルですしどうしようもないですね。




