43.ムラマサの話
風邪気味です…後日文章を修正するかもしれません
特クラスのあるB棟の一階はすべて一年生の教室らしい。元の世界で言えば家庭科室、理科室のような専用教室がずらっとある。しかし授業がないときは誰も使わないし、使われない時間も長いためか少々もの寂しい空気がある。
現在、私たちはそんな教室のひとつで約束の相手を待っている。ここは音楽室のようなものらしく、よく分からない形の弦楽器が棚に並べられていた。……ハープっぽいけどハープじゃない。ゆるやかな∞のような形をしている。変なの。
アロイスは静かに一つの席に着き、図書館で借りてきた本を読んでいる。その内容は魔物が持つ属性に関する研究で、ちょっと小難しい。魔物は種族によって大体属性が決まっているとか、違う属性を持っている魔物は変異個体だとか、そういう話の本だ。私も途中まで覗き込んでいたけど、検証が始まったところでやめた。
暇だな、と思いながらぽりぽりと顔を足で掻いていると、二つの気配が近づいてくるのが分かった。私が姿勢を正せば、アロイスも本を閉じて立ち上がる。
「……お待たせしたようで、申し訳……ありません」
美少女のような見た目から聞こえる低い声。相変わらずギャップがすごいな、と思いながら教室に入ってくるムラマサを見つめる。その後ろには当然イナリがついてきているが、私を見てふいっと目を背ける相変わらずの反応だ。
「お気になさらず。それで、何の御用ですか?」
ムラマサは軽く周囲を確認した後、出入り口にイナリを置いてこちらに歩いてくる。彼は真っ直ぐにアロイスを見つめて、そしてまだ話すことを戸惑っているかのように唇を震わせつつ、ゆっくりと話し始めた。
「先日、貴殿が光を纏っているのを……見ました」
……おっふ。思わず身が細くなった。それってつまり、あれだ。テオバルトに会った日に、私が光の魔術でアロイスの精神を癒したときの光景を見られていたということだ。パッとあたりを見た時は誰もいないように見えたけど、どこかで見ていたらしい。
必死で言い訳を考えたけどこれ、答えるの私じゃなくてアロイスだよ。どうしよう。どう答えて誤魔化せばいいの?などと焦る私をよそにムラマサの話は続く。
「貴殿は光の加護を……得ましたか?」
「加護?」
思わず訊き返してしまい、ムラマサの視線がこちらに向けられた。目が合ったが、直ぐにその目はアロイスを向く。
私が滑らかに喋ることは周知の事実なので、聞いた単語を繰り返すくらいなら怪しまれないようだ。聞いた言葉で訊き返すだけなら問題なさそうだ。結構やってしまいそうなミスなので、これくらい大丈夫だと分かると安心する。……いや、こうやって気を抜くからいけないんだ気を付けなくては。
「すみません、光の加護を得るとはどういうことですか?」
「ラゴウでは、光の加護を得た者が巫子に……なります」
ムラマサの話によると、ラゴウ領のある儀式で選別された子供が光の神から加護を賜るらしい。属性を変化させるほどのものではないにしろ、光属性の魔術に似た効果を自分以外に付加できる特殊な能力に目覚める。そしてその“光の加護”を得た瞬間にうっすらと体が光るので、光っているアロイスを見て驚き、どうしても訊きたかったのだとか。彼は言葉の始めや語尾の前に妙な間が空く変わった話し方をするので、話が終わるのには結構な時間がかかったけれど、簡単に纏めるとそのような内容だった。
先程目が合ったので、ムラマサを【鑑定】して見ると確かに【光の加護】というスキルがついていた。神の遣いから分け与えられる光の力の欠片で、効果は高くないが光属性の魔術のいくつかを自分以外に使えるようになるスキルのようだ。鑑定の説明でそれは分かったのだけど、神の遣いって何だろう。ついでにイナリの鑑定もしたけどそれらしい結果はでなかったからスピリアフォックスではないはずだ。
「もし私がその光の加護を得たとしたら、どうするおつもりで?」
光を纏っていたことについて明確に答えるつもりはないらしい。アロイスは質問するばかりで、まだムラマサの問いには答えていない。
……もしかすると知識欲に煽られて、知りたいことを訊いている部分もあるかもしれないけど。
「……特に何も。儀式もなしに加護を得るようなことがあるのか……気になっただけ、ですから」
「私にはその加護を得たかどうか判別する術がありませんが」
「……こちらを吹いてもらえれば」
ムラマサが取り出したのは、ゴブリンと戦った時に使っていた横笛だ。これの音色と共に魔力が溢れて魔術になっていたのを思い出す。これも魔術具の一種なのだろう。
(そういえば、物も鑑定できるんだっけ)
アロイスの手に渡った笛を見つめて鑑定を発動してみる。条件を満たして発動する魔術具に間違いなかった。そして、これは人間の手で作られたものではないようだ。
神の遣いより授けられたもの。光の力を持つ者だけが扱うことのできる魔術具。というような説明が頭に浮かぶ。……これ、多分私が人間だったら使えるんじゃないかな。
しかしアロイスは光の属性も、光の加護も持っていない。見よう見真似で吹いてみるが、何の音もしなかった。
「何も起こりませんね」
「……そのようですね。私の、見間違いだったんでしょうか……」
ムラマサはまだ完全に納得できていないようだ。元はといえば私のヘマが原因で、アロイスが懸命に答えを考えなければならないのがとても申し訳ない。ごめんねアロイス、あとで何かお詫びするから本当にごめん。
私にできる何か良い案はないだろうか、と必死に考えていたらムラマサが突然切り出した。
「……建前の話はやめます」
「建前の話……?」
「はい。本当は……貴殿が光の加護を得た者なら……友人になれるかと思った、のです」
ラゴウの領は、七神の中でも光の神を強く信仰している領らしい。巫子という、光の神の恩恵を一部受けるものたちが存在しているからもっとも身近に感じる、ということもあるだろう。そんな中で巫子として育ったムラマサは、領に住む者から祭り上げられる存在なのだとか。そして彼自身は、それが嫌で仕方ないという。
「自分で戦えるわけでもなく、ひたすら護られ、飾り立てられ、皆がかしずく。対等な友人となってくれる者は誰も居なかった……のです」
誰もが自分とは違う、という態度をとる。誰もが貴方は特別なのだ、と言ってくる。そんな環境で自分は特別という名の一人ぼっちだと気づいた。だが、この学園にくればそんな領の信仰心など関係ない。初めての友人もできるかもしれない、そう期待していた。けれど、長年一人だったムラマサは友達の作り方が分からなかった。
そんなある日、自分が加護を得た時のように光を帯びた姿で佇むアロイスを見た。もしかしたら、同じような力を持っているのかもしれない。それなら自分の話を分かってくれるかもしれない。そう考えて話しかけたかったが、アロイスは教室に来なくなった。だからこのように呼び出したのだ、という打ち明け話をされる。
本当のことを言うから、そちらも本当のことを話してほしい。という意味を込めてムラマサはこの話をしたのだろう。でも、私ならともかくアロイスがそう簡単に話すわけがない。
「本当に、貴殿も貴殿の従魔も……光の加護と、関係はないのですか……?」
まっすぐこちらを見る黒い目からは、その問いを否定してほしいという意思が読み取れる。関係があるといってくれ、と願う彼の心が見える。しかし、アロイスがその願いに応えることはなかった。
「残念ながら」
「……そう、ですか」
悲しそうに目を伏せたムラマサに、少し胸が痛い気がする。自分を見て、対等に接してくれる人間が居ない孤独。それは、アロイスに少し似ている気がする。もちろん、己の身も自分で護ってきたアロイスと、周りに心を理解する人間が居ないにしても命と立場だけは護られていたムラマサとでは感じるものは違うだろうけど。でもやっぱり、一人は寂しいし、同情はする。
(アロイスも友達居ないんだし、今から仲良くなって二人が友達になればいいんじゃない?友達に属性とか、加護とか、関係ないよね)
ムラマサは悪い子ではないと思う。孤独を知っているなら、テオバルトのように平気で他人に酷いことをせず、側にいる人を大事にしてくれるのではないだろうか。
よし、と決意した私はアロイスの肩から、ムラマサの肩へ飛び乗った。ぎょっとした顔の二人と一匹に見つめられつつ、何も分からないフリして首をかしげる。私はただの鳥だよ、ちょっとアロイスと長話をしている人間に興味をもってしまった鳥。
散歩している犬を触らせてもらっておしゃべりしているうちに仲良くなることがある、あれだ。動物を挟むことによって場を和ませて、仲良くなってもらおう作戦である。
「……愛らしい、ですね。撫でても、いいですか」
「どうぞ。噛みはしませんので」
恐る恐る伸びてきたムラマサの手に頭を寄せる。弱い力で丁寧に撫でられた。アロイスほどじゃないけど、まあまあ気持ちいい。ぴるる、と囀りを零せばふっとムラマサが笑う気配がした。
「愛いのぅ」
……なんだか今古めかしい言葉遣いが聞こえたような。
ムラマサに視線を向けるとハッと我に返ったような顔になり、一つ咳払いをして「……とても愛らしいですね」と言い直した。でも今絶対古風な喋り方をしたよね。
「愛いのぅ?」
とりあえず訊き返してみた。ムラマサの耳がじんわりと赤く染まっていく。もしかして喋る時の妙な間は、敬語を喋り慣れていないためにいちいち話す言葉を選んで喋っているからなのかな。
皆から祭り上げられていたなら、敬語なんて使ったことなかったのかもしれないし、喋り慣れていない言葉で話すのが難しいから、教室でも必要最低限しか話さなかったんだろうか。
「ムラマサ殿、話し難いならそちらでも構いませんよ。それから、セイリアを気に入ったなら時々そうやって撫でてやってはくれませんか。セイリアも心地よさそうですし」
「……すまぬな。しかし、良いのか?貴殿は忙しかろう?」
ムラマサは意外にも私のことを気に入ったようで、アロイスの提案を断らなかった。動物らしく甘えてみただけなんだけど効果は絶大だ。カナリーバードって凄いな。この世界だと犬猫より需要が高いだけあるよ。供給は少ないけどね。
「ええ。その時に少し、ラゴウの話でも聞かせていただければ」
「ならば次の時は茶でも用意しよう。ラゴウの茶は少々、独特であるが如何か?」
「それは、是非」
ラゴウについての書物は少ないし、その情報をもらえるならアロイスは嬉しいだろう。これで二人が話す機会もできたし、ちょっとずつ仲良くなってお友達になってくれたら良いな。と一羽満足してうなずいていると、アロイスが別れを切り出した。
「今日のところは、そろそろ失礼します」
「うむ……では、また」
ムラマサは嬉しそうにそう言った。次の約束があるのがよっぽど嬉しいのだろう。うんうん、いいことをした、という気分でアロイスの肩に戻るとちらり、と金の目が向けられる。
…………あれ?アロイス、ちょっと不機嫌……?
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【名前】ムラマサ=ラゴウ
【種族】人間
【称号】ラゴウの巫子
【年齢】12
【属性】土
【保有スキル】
光の加護・楽士
【生命力】B+
【腕力】C
【魔力】B+
【俊敏】C
【運】A-
【名前】イナリ
【種族】スピリアフォックス(ヨウコ)
【称号】神の遣い
【年齢】60年
【属性】水
【保有スキル】
キュウビの加護・長寿
【生命力】B+
【腕力】B+
【魔力】B
【俊敏】B+
【運】D
ムラマサの口調が古風なのは決まっていたんですけど、「~ござる」にするかどうか迷いました…美少女みたいな美少年がござるとか言ってるのは多分シュールですよね((
ムラマサと友達になれればいいな。と思いつつ次回はアロイスの不機嫌な理由を。
ちなみに、セイリアの【愛鳥】というスキルは人間を(ペット的な意味で)魅了します。




