42.親友
経験値の入りがよくなった、クリティカル率があがった、ドロップ率、そしてレアドロップ率がよくなったかもしれない、など。アロイスがペトロネラに説明し、彼女は目を輝かせて相槌を打ちながら聞く。
ペトロネラが手ずから淹れてくれたお茶は最初に口をつけた以降、減る様子がない。二人とも話すことに夢中である。これが研究者というやつかな。
アロイスは話を聞いて、同意したり一緒に考えたりさらに詳しい説明を求めてくれる相手が嬉しいのか、自然と口角があがっている。私は深い考察とかできないから、こういうアロイスの研究話にはついていけないしね。心なしか金の瞳が輝いて見えるよ。この学園に来て今が一番生き生きしてる気がする。
なんだか今日あった出来事を一生懸命親に報告している子供みたいだと思ってふと気づいた。
(アロイスの話を聞いてくれる大人って、ペトロネラが初めてなんじゃない……?)
母親が亡くなってからアロイスを支えてくれる人間は誰もいなかった。だから彼は無理やり大人になった。自分で自分を支えるしかなかったから。
しっかり話を聞いて、反応を返してくれる大人。そういう相手を前にして、アロイスはちょっとだけ子供に戻っているのかもしれない。
「それで、一応このようにまとめて資料を作ってみたんですが……」
アロイスがまとめていた資料をペトロネラに手渡す。大体どの程度魔物を倒したら恩恵が増えた、という形で書いていて「絆レベル」という単語は出ていない資料だ。私とアロイスしか知らない概念だからね、そんなの書いてるともし誰かに見られたときに怪しいから、独特の単語は出てない。
資料をじっと見ていたペトロネラが顔をあげて、満足そうにうなずいた。
「これだけ効果が実感できるなら、信頼関係を結ぶというのはパーティーを組むことで間違いないんだろう。そして、昔にこれをやった人物はそのことを公表する気はなかったんだろうな」
魔物を従魔契約せずに連れているだけでも常識外れ、さらに魔物とパーティーを組むなんて完全に異端である。そのようなことを公にすることはできないが、力を得ていることだけは露見してしまって、確実な方法はわからないけど人と魔物が信頼しあうことによって特別な力を得ることができた、という曖昧な文献だけが残ったのだろうとペトロネラが言う。
従魔契約をしないことだけはわかっていたから、魔物とコミュニケーションをとって色々と試していたけど成果が得られず、研究は行き詰っていたらしい。
そこに現れたのがアロイスと私というわけだ。今は私達が特殊な関係だと知っているが、最初はただの従魔だと思って酷いことを言ってしまった、と彼女は深々反省したらしい。
「私にも昔、魔物の友が居たんだ。私がそう思っていただけかもしれないんだが……でも、君たちは本当の友なんだね」
「ええ。セイリアは、唯一無二の親友ですよ」
……親友。親友だって。唯一無二の親友だって。人間が嬉しいときに笑いがこぼれるように、さえずりがこぼれる。踊りだす心を表すように、頭が上下に揺れる。どうしよう、とても嬉しい。私はアロイスが大好きで、大切な他に代わりのない親友だと思っている。アロイスも同じように思ってくれていて、それを言葉で聞かされて、嬉しくないはずがない。
「従魔でないのに、セイリアは君の言葉をわかっているようだな」
「これも恩恵のひとつだと思いますよ。ある時からお互いの考えがほとんどわかるようになりましたから。資料にもあるでしょう?」
「ああ、でもここまでだとは思わなくてな」
ペトロネラが興味深そうに私を見ている。アロイスにはまたフォローさせてしまったけど、でも嬉しくて体が勝手に動くのだから仕方ない。だって私、鳥だもの。体が正直なのだ。感情のままに体が動いちゃうんだよ。
私もアロイスに、唯一無二の親友だって思ってるって、伝えたいな。できれば言葉で伝えたい。
喋りたくてそわそわしている私をちらりと見たアロイスが、これ以上は我慢できそうにないと判断したのだろう。帰宅を切り出した。
「そうだな、あまり遅くなってもいけない。登録はしておくから、この研究室には好きなときに出入りしていい。私の研究資料は好きに読んでいいし、君も分かったことがあれば研究資料を作ってくれ」
ペトロネラに研究所の入り口まで送ってもらったが、私はずっとそわそわしていた。外に出た瞬間アロイスが「部屋に帰るまで喋るな」という意味を含んだ視線を向けてきたので尚更、我慢しなくてはいけないという状況に落ち着かない。アロイスの右の肩と左の肩を行き来して、まだかまだかと待ちわびる。
アロイスは私の興奮具合に焦り気味で、いつもより早足で部屋に帰った。ヒースクリフはいない。ようやく喋れる。そう思ったら溜め込んでいたものがばっと外に出た。
「アロイス大好キ!」
ちょっと間違えた。感情の言葉がそのまま先に出てしまった。アロイスが目を丸くして驚いている。でも嘘ではないので、そのまま伝えたかったことも口にする。
「私モ親友ダト思ッテル!ソウ、ユイイツムニノ!」
「セイリア、落ち着け。片言になっている」
アロイスの指が頭をなでようと近づいてきたので、自ら頭を擦り付けてなでてもらう。ああやっぱりアロイスの指は気持ちいい。すりすり、すりすり、と全力で擦り寄り撫でてもらっているうちにちょっと落ち着いた。やっぱり我慢はよくないよ、鳥には難しいよ。
「……君も私を親友だと思っているんだな」
「もちろんだよ!親友のアロイスを支える気満々だよ私!」
喋る以外は囀ってしまうほどご機嫌な私に、アロイスが苦笑する。でも、嫌ではなさそうだ。まったく仕方ないやつだな、と思われているようだけど。
「ねぇアロイス、ペトロネラは良い人だよね」
「ああ、そうだな。あの人はかなり正直でまっすぐな人間だと思う。君が喋ることを知られても、特に問題はないと思うが」
「え、じゃぁ喋ってもいい?」
「もう少し様子を見てから、だな。ペトロネラ先生自身に問題がなくとも、周りに危険な人物がいないかどうかは分からないだろう?」
なるほど。本人がいい人でも、周りがいい人だとは限らない。ペトロネラの周りに彼女が逆らえないような危険な人間がいないとも限らないので、まだ暫くは私について色々と伏せておくことになった。でも、いつかは喋ることくらいは教えることになりそうだ。……私が我慢しきれれば、だけども。学園にいるとアロイスと喋ることができない場所が多いから、どうも口が滑りそうな気がするな。ペトロネラ自身にならばれてもいいってアロイスのお墨付きだし、気が緩みそう。
「……ん?」
「どうした?」
「アロイス、何か来るよ」
何かが近づいてくる気がして、アロイスに伝えると彼はくるりと向きを変えて扉のほうを見た。肩にとまったままだった私も自然とそちらを向くことになる。でもそっちじゃない。
「アロイス、窓のほうだよ」
「窓……?」
再び向きが変わり、窓が見えるようになった。一羽の鳥が飛んできて、窓際に止まるのが見える。連絡用の魔物、コンタクトバードだ。この前の鳥とは違って、黒地に白のまだら模様である。
手紙を受け取っても、その鳥は窓際に残ったままこちらを見ている。この前の鳥はすぐ帰ったのにな、と思いつつ誰からの手紙なのか問うと、意外な名前が答えとして返ってきた。
「ムラマサ=ラゴウからだ。話がしたいので、授業時間外に会えないかと」
「……そっか、最近アロイス教室にいないもんね」
授業を受ける必要がないので、アロイスは教室に行かなくなった。学園内の図書館で本を読んで新しいことを勉強したり、魔物狩りに行ったり。クラスメイトと顔を合わせる機会が減ったのだ。
話したいことがあってもそもそも会わない相手と話せるはずもない。だからこうして呼び出しの手紙が来たんだろう。
「……明日の、午後の授業が終わった後にするか」
さらさらと返事の手紙を書いたアロイスがコンタクトバードの背負う鞄にそれを入れると、それまでじっと動かなかった鳥は用がなくなったとばかりに飛び去った。なるほど、返信を待ってたから帰らなかったのか。模様で用途が違うのかなぁ、と小さくなっていく姿を眺めつつ「何の用だろうね」とアロイスに声をかける。
「さて……特に覚えはないが」
アロイスはクラスメイトの中だとピーアくらいしか関わりがないもんね。ドミニクは時々話しかけてくるけど、基本はソフィーアに夢中だし。
ラゴウ領は昔の日本みたいで気になるところだから興味はあるし、いろんな話を聞いてみたいとは思うけれど、ムラマサはあまり人と関わろうとしないというか、必要最低限しか喋らないイメージしかないので今回の呼び出しはとても不思議に思う。
……本当に、何の用だろう?
鳥は結構表情豊かというか、全身を使って感情を表現するので見ていて面白いです。
鳥を飼ったことのある方にはセイリアの動きが目に浮かびやすい……といいな。と思ってます。




