41.ペトロネラの秘密研究室
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アロイスの試験はペトロネラの研究所で行われた。実技は最後にまとめてやるとして、筆記試験を先にどんどんやってしまおう、というものだ。
地理、歴史、法律、宗教学、魔法学etc……多岐にわたる設問を迷いない手つきで解いていくアロイス。同じ問題を見ながらほとんどわからず、アロイスの回答にそういえばそんな本を読んだような気もする、程度の認識しかもてない私。
……記憶力ほんとないよね、三歩歩いて忘れる程じゃないにせよ、ほとんど忘れてる気がするよどうしよう。あ、でもアロイスが覚えてるなら大丈夫か。人間の常識なんて、現在魔物の私には関係ないよね大丈夫。
「大変結構。ここまで試験の合格が早い一年生は居ないな。知ってるかい?君は教師の間で神童と呼ばれているんだよ。五属性持ちAランク判定の上、成績も優秀。いやはや、驚くばかりだね。我が研究所に迎え入れられて本当に喜ばしいと思っているよ」
アロイスの試験を採点したペトロネラは機嫌がいいのかとても饒舌だ。余程アロイスが自分の研究所に入るのが嬉しいらしい。
そしてその機嫌のまま「今日は特別に、私の秘密の研究部屋をちょっとだけ見せてあげよう」などと言い出した。
「……それは、つまり」
「そう、先日話したものだ」
手招きされ、はためく白衣の後ろをついていくことになった。背中で揺れる長い三つ編みにちょっとだけ興味を引かれつつ、アロイスの肩の上で大人しく我慢する。決してアロイスの視線を感じたからではない。ちゃんと我慢するつもりだったよ。
まずは、奥の部屋に入る。そこでは白衣の集団が何やらデータをまとめていたり、相談をしていたりするけれど、あるのは紙と半透明なスクリーンが浮かぶ不思議な魔術具ばかりで魔物の姿はない。別の部屋にいるんだろうな。巨大なスクリーンにいくつか魔物の映像が流れているし。
白衣の彼らはそれぞれの作業に忙しいらしい。こちらを気にしている者はいない。その中をすいすいと突き進むペトロネラについていき、部屋の突き当りにある妙な空間の前まで来た。
巨大な煙突を縦に真っ二つに割って壁にはめ込んだような形のそこは、人間が五人は入れるような広さがあり、その床には一つの複雑な魔法陣が描かれている。複雑すぎてよくわからないが、所々魔力が流れていないようにも見えるので、複雑なそれの中にはダミーも含まれて、元の魔法陣が分からないようにしているのだと思う。
ペトロネラはアロイスがその空間に入ったことを確認すると、小さく呪文を唱えた。
「転移、Sルーム」
視界が真っ白に染まり、その次には景色が変わっている。奥に黒い扉が見えるだけの薄暗い廊下だ。明かりは小さな照明用の魔術具だけで、窓すらない。とても怪しさ漂う空間だ。隠したいことをこっそりやっているような、そんな雰囲気。というか実際、ひっそりこっそり隠れながらしている研究の部屋が先にあるのだろうけど。
「ペトロネラ先生、ここは」
「ここは私の私的な研究室さ。登録者が共に居なければ入れない。ああ、そうだ。私が居なくても入れるように登録しよう。髪でも爪でもいいが、体の一部を何かもらってもいいかな」
アロイスが自分の黒髪を一本抜いた。登録に必要なら、と私も真似して体の毛をぷちっとやった。やっぱりちょっと痛かった。そしてペトロネラに渡そうとしたのだけど、彼女は私の行動を見て目を丸くしていた。
「この子は分かってやっているのか?」
「私の真似をしただけかと」
そうだよね、普通の魔物は言葉なんて分からないからそういうことしないよね。というかよく考えたらアロイスが登録すれば一緒に行動してる私は登録いらなかったよね。私がヘマをやりすぎるせいで、アロイスのフォローレベルが上がっている気がする。ごめんよアロイス。
「あぁ、なるほど。せっかくだからその子も登録してみよう」
黒い髪の毛と青い羽毛を預かったペトロネラは、試験管のようなものにそれらを入れると懐に仕舞った。そしてそのまま扉の方へ歩き出す。登録とやらは後でするんだろう、きっと。
黒い扉を押し開き部屋に入った私たちの目に入ったのは、檻の中の魔物たちだった。ペトロネラを見た魔物たちは少し嬉しそうに身じろぎした後、見知らぬ人間であるアロイスに警戒を強め、そしてさらに私を視界に入れて怯え始めた。ほんとごめん。威圧するつもりはなくても発動しちゃうスキルのせいだよね。
「ふむ……これはセイリアが原因か?魔物を萎縮させるスキルでも持っているのかもしれないな。すまないがアロイス、セイリアに何か歌を頼む」
「わかりました。セイリア、歌ってくれ」
あまりにも怯えていてかわいそうだったし、歌うことに異論はない。問題は何を歌うかだが、この前みたいにだらけさせても悪い気がしたので、何か楽しい曲を歌うことにした。
みんな笑顔になるような歌って、なんだろう。俺たち全て生きてるんだから皆友達とかいうノリの、あれにしよう。友達になれる気がする。歌詞に出てくるのは虫とか小さい生き物たちだが、魔物も似たようなものだろう。よく知らない人間とでも一緒にお酒のんで盛り上がってたらすっかり意気投合して友達になっていたりすることがあるくらいだし、みんな仲良くできるよ!とか思いながら歌い終わると、魔物たちから怯えはすっかり消えて友好的なモードになっていた。
ところどころから『遊んでくれるの?』やら『ごはんくれるの?』やら『新しい仲間なの?』やら、とにかく明るい声が聞こえてくる。
「……とてつもなくセイリアに親しみを覚えたな。偶然カウンターで席が隣になっただけの人間と酒飲みながら討論したらすっかり仲良くなってしまったあとのような、妙な感覚だ」
大正解です。私の想像がそのまま伝わっているのがなんともいえない。魔物たちにはそこまで詳しい情景が伝わるわけじゃないようなのだけど、これは知能の差なのだろうか。それとも私の感情の元になっているのが人間だったころの記憶だから、人間によく伝わるだけなのかな。比べる対象がいないから調べようはないけども。
(……ん?なんだろう)
アロイスがちらりと私を見た。その目をじっと見て考えていることを読み取ってみる。……うーん、たぶん私には効果がなかったが、何かしたか?って訊きたいのだと思う。特に何もしてないよ、と首を振っておく。
……改めて思うけど、私とアロイスはしゃべらなくても意思疎通ができていて、無言で相談し放題なのがすごいと思う。鑑定の天の意志に少し似ていて、頭の中にパッとアロイスが思っているらしいことが浮かぶのだ。絆レベルの恩恵、ハンパじゃないよ。
「セイリアのスキルについてもいろいろと考察したいが、ユニークだとすれば前例があるかどうか……本当に興味深い魔物だよ。この子を護るために従魔契約をしようとは思わなかったのかい?」
他人の従魔には手を出さないのが、暗黙のルール。それに、アロイスほど魔力が高ければ無理やり奪おうとしても、それができる者はほとんどいないだろう。だからこそ、ユニークスキルを所持している可能性もある、珍しいカナリーバードは従魔契約をして護ろうと思うのは普通だとペトロネラが言う。
でもそれはアロイスと私の両方が“普通”でないと成り立たない。
「……私は、セイリアを従魔にする気が最初からありませんでした。けれど、従魔契約をしているように見せるために、契約具に似せたものを作ったのです」
「あぁ、これか……本当によくできている。じっくり見ても従魔契約の証に見えるな。これ、何かの魔術具なんだろう?」
好奇心に満ちた青い目が私の足の装飾品に向けられる。アロイスが短くこれを【仲間の指輪】だと答えれば、ペトロネラはまた驚いた顔をした。
「……魔物と、パーティーを組んだのか?」
魔物は格下の存在。戦闘に連れて行くなら、従魔契約をするのがあたりまえでパーティーを組むものではない。普通はそんなこと、考えもしないのだろう。完全に予想外という顔をしたペトロネラを見て、アロイスが結構な常識はずれをやっていると再認識した。
私を規格外っていうけど、アロイスもだいぶ普通から離れてるよね。
「先生の研究している……人と魔物の信頼関係で得られる恩恵というのは、これによるものだと思います。実際、私とセイリアは様々な恩恵を受けましたから」
「……君をここに連れてきて正解だったな。詳しい話を聞きたい。そうだな、座ってお茶でも飲もうか」
笑顔でソファを勧められて、そういえば立ったままだったことを思い出した。
まぁ、私は常に立ってるのが普通だからまったく気にならないんだけどね。人間は疲れちゃうからね。
「私もまた、常識にとらわれていたということか」
私の耳にようやく届くほどの小さな小さなペトロネラの呟きは、自嘲の念に溢れていた。
まだほとんど絡んでいないクラスメイトの話も書きたいのですがペトロネラのターンです。まだもう少し続きそうな気がします。
前作からこちらに来てくださった方がたくさんいらっしゃるようで、なんだかとてもうれしいです。




