37.魔物の会話
火神日、一週間の始まりの授業は調合学だった。今日は一日必要となるものを調合していくらしい。たとえば魔術を使いやすくする杖だとか、クラス全員で【仲間の指輪】をつくるとか。調合に余計な素材が混ざってはいけないので、魔物は全員教室の後方で待機だ。
『……退屈ねぇ……毎日毎日、人間はじっと座ってて飽きないのかしら』
そんな呟きが隣から聞こえてくる。ドミニクの従魔であるヴァンダだ。彼女は授業中よく暇だと呟いている。じっと大人しくし続けるのは苦手らしく、時折ドミニクの膝に上っているのも見かける。
『しかも私の隣、化け物カナリーと犬じゃないの……体がむずむずするわ』
『先ほどからぶつぶつと煩い猫だな……静かに出来んのかこいつは』
どうやら私はヴァンダから苦手意識をもたれているようだ。化け物とか言われている。……ステータス的に否定できないけども。威圧も撒き散らしているみたいだしね。
不満げに鳴き声をあげ続けるヴァンダに、隣のエルマーがあきれたような声を漏らす。二匹はお互いの言葉が分からないが、それでも何かが伝わったらしくヴァンダが軽く牙を剥いた。
『よくわかんないけどこの犬に文句言われた気がするわ。何?喧嘩なら買うわよ退屈してるし』
『何だ貴様、私と戦る気か?』
今にも喧嘩が始まりそうな空気だ。止められそうな主人たちのほうを見てみるが調合に集中していてこちらに気づく様子はない。仕方なく二匹の前まで歩いて『喧嘩はやめなよ、授業を邪魔したら怒られるよ』と学級委員長のような仲裁をすることにした。
『だってこの犬が何か文句ありげなのよ!』
『この猫が喧嘩を売ってきたんだ』
犬と猫は仲が悪い種族なのだろうか。にらみ合い不満を漏らす両者をどうやって落ち着かせるべきだろうか。いっそのことどちらも威圧して黙らせるという手もあるかな、と考え始めた時に二匹が揃ってバッとこちらを向いた。
『『今喋った!?』』
そっくりそのまま、意味合いまでしっかり被っていて実は気が合うんじゃないかと思わないでもない二匹に見つめられながら、【言語理解】のスキルは凄いなと感心する。自分の言葉も相手に理解させられるらしい。二匹の間で言葉は通じていないが、私を介せばお喋りできるんじゃないかな。
『とりあえず落ち着こう。私、他の種族の言葉が分かるスキルをもってるから』
『そのような能力が存在するのか……鳥族と会話したのは初めてだ』
『っていうことは何?もしかしてアタシの独り言全部聞かれてたの?ヤダ恥ずかしい!早く言ってよ!』
反応はそれぞれだが、とりあえず喧嘩しそうな雰囲気はなくなったのでほっとする。これ、人間からするとピーピーワンワンニャーニャーって聞こえるんだろうな。
『まぁとにかく授業中は静かにしないと怒られるから、静かにね』
『それには同意だ。この猫に静かにするように言ってくれ』
『ちょっとくらいいいじゃない、暇なのよ。アンタ思ったより怖くないし、お喋りしましょうよ』
ヴァンダとエルマーがお互いの言葉を理解していないのでそれぞれ全く違うことを話してくる。二匹の話を同時に聞くのは疲れるし非常に面倒くさいな。これ、どうにか私を媒体にして勝手に翻訳してくれないかな。テレパシーみたいなスキルが欲しいよ。……魔力の回路を繋ぐようにすればできないか、と考えたが勝手に私の魔力を二匹につなげるのは流石にダメだと思い直し、諦めてそれぞれと話そうとしたときだ。
『何の話をしているんだ?』
巨体がのしのし歩いて会話に入ってきた。ブルーノである。これ以上会話匹数が増えると私では処理しきれないので勘弁していただきたい。
『ヴァンダは暇で仕方なくて、エルマーはヴァンダに静かにして欲しいって話をしてて……』
『何?アタシそんなに煩くしてないわよ!』
『この猫、静かにする気がないな。やはり一度力ずくで黙らせたほうがいいか?』
『そうか、貴女は他種族とでも会話ができるのか。多才だな』
ブルーノに説明しようとしていたら私の言葉を拾ったヴァンダがエルマーに突っかかり、突っかかられたエルマーはヴァンダを威嚇し、先ほど来たばかりのブルーノは二匹に我関せずで私に感心している。混沌とした状況にイラッとして静かにしろと言おうとしたら一瞬で全員が黙った。
『……その……静かにするのでそれを収めてもらいたいのだが……』
どうやらまた威圧していたらしい。地面に伏せたり耳を伏せたり細くなったりしている三匹の怯える姿は少し可哀想で、弱いものいじめをしている気分になる。別にいじめたいわけではないのだけど。そう思って怒りがふっと消えると三匹はゆるゆると緊張を解いた。
『うん、まぁ……授業中は静かにしようね。ちょっと喋るくらいならいいけどさ、喧嘩はなしで』
無言でこくりと頷く三匹の魔物。そこまで静かになれとは言っていないんだけど……まぁいいか。
『やれやれ……やっと静かになりましたか。これだから低俗な魔物は……』
騒ぎから一匹外れていたイナリの呟きが聞えてそちらに視線を向ける。自分は特別で他とは違う、と言いたげな態度だ。……そう言えば神の遣いとか言われている魔物なんだっけ。日本っぽいラゴウという領の出身の、狐の魔物。興味があるので、短い脚を動かしてイナリの前にやってきた。後ろになぜかブルーノが続いているが気にしないことにする。
『ねぇ、ちょっと話を聞きたいんだけど、いい?』
『…………………………何ですか?』
背後に巨大な鳥を連れた小さな鳥が話しかけてくるという状況に引いたのかもしれない。ちょっと顔が引きつっているように見えるイナリが嫌そうに答えた。でも駄目だとは言われなかったので遠慮なく話すことにする。
『イナリは神の遣いの魔物なの?』
『は?それは人間が勝手に言っているだけでしょう。我々ヨウコはキュウビ様の眷属ですよ』
『ヨウコ?スピリアフォックスじゃなくて?』
『それは他の領での呼び方でしょう。少なくともラゴウではヨウコと呼ばれています』
何だろう。物凄い日本の妖怪感がある名詞である。妖狐に九尾……もしかしてラゴウ領独特の魔物って全部妖怪だったりするのかな。とてつもなく興味がある。ワクワクしながらまずはキュウビについて訊いてみる。
『キュウビって、やっぱり尾が九つある狐の魔物なの?』
『……そうですが……そのような言い方は止めてください。人間からも伝説と呼ばれる、尊いお方です。ずっと昔からラゴウを見守っているんですよ』
それからイナリのキュウビ様を称える話が始まり、今の状況についての話になっていく。人間の従魔になることに不満がない訳ではないが巫子であるムラマサが主人ならまぁ許容できなくもない、ということを聞かされた。
そもそも巫子になるにはキュウビから授けられる特別な力が必要で、それを持っているムラマサからはわずかにキュウビの魔力を感じられる。だから傍に居ても不快ではない、と。
……従魔にも様々な理由があって、それぞれの考えで主人に従っているのだろう。他の三匹はどんな風に考えて、従魔として主人と共にあるのだろうか。ちょっと話を聞いてみたいな、と思っていると私を見つめていたイナリがおもむろに口を開いた。
『そういう貴女は、何であの人間と一緒に居るんですか?』
『え?』
『貴女は従魔ではないでしょう。人間の魔力に縛られている魔物かそうでないかは、魔力探知に長けた我が種族ならわかりますよ』
……ちょっと吃驚した。人間にばれたことがなかったから、私がアロイスの従魔でないことは目で見ても分からないのだと思っていた。そうか、分かる魔物には分かるのか。
私がアロイスと一緒に居る理由なんて一つしかない。それをイナリに言って分かってもらえるかは定かではないが、私の質問には答えてもらったのだから、しっかり返すのが筋だろう。
『アロイスと、約束したから』
『約束?人間とですか?』
『そうだよ。傍にいるって約束があるの。だから一緒に居るんだよ』
私がアロイスにした約束は、アロイスを護ること。そして元の世界について話し終わるまで離れないこと。常識の違いなんてそれにであってみなければ分からないのだから、まだまだ話し終えることはできていない。それに、護るためには傍に居なくてはいけない。だって、今アロイスの内側を支えられるのは私だけだ。だから離れられない。
『……私は貴女があの人間の傍に居たいと思っている理由を訊きたかったんですが、まぁいいです。もう寝ますので、放っておいてください』
イナリは丸まってこちらを見なくなった。私はイナリの言葉を自分の中で反芻しながら自分の場所に戻る。ブルーノが何か話しかけてきたが『考え事をしてるから、後で』と言えば彼も大人しく元の場所に帰っていった。
(……私がアロイスの傍に居たいと思っている理由?)
手慣れた様子で調合をこなし、ペトロネラに驚かれているアロイスをじっと見つめながら考える。
最初は、頼りなくて今にも折れそうな子供を支えてやりたい、という同情や哀れみに近い感情から始まったのかもしれない。今の彼にとって、私が心のよりどころになっているらしいということも最近分かった。
でもこの先、私が居なくてもアロイスを心身共に護れる存在が、頼れる人間の仲間が出来て、私の世界の話も全部終わってしまって、約束は果たせたと言える状態になっても。それでも私はアロイスの傍に居たいと、思うだろう。―――――その理由は?
(……アロイスが好きで、大事に思ってるからじゃない?)
それ以外にない。私はアロイスが大好きだ。大事な友達で、ずっと一緒に居たいと思って当然じゃないか。
何も深く考える必要のないことだった。他の人間や魔物には、人間と魔物が友達であるということが理解できないのかもしれない。でも私とアロイスはお互いを大事な友達だと思っているのだから、何も問題はない。
(うんうん、解決だね。何も悩む必要なんてなかったわー)
スッキリとした気持ちでアロイスを見つめる。これから先もずっと彼の隣に私は居るのだ。それが当たり前で変わることのない未来であると、私はその時本気で思っていた。




