35.魔物勝負 VSブルーノ
名前修正。魔物の名前は「バイオレンスツリー」です。
この世界にも曜日感覚がある、と知ったのはピーアとの魔物勝負の日が決まってからだった。
勝負方法を決めて翌日ピーアに話すと、次の光神日はどうかと日取りの話が始まった。後でアロイスに訊くと、この世界は毎月が三十日あり、闇以外の神の属性の曜日がある。火神日とか木神日とか、そういうものだ。週の最後に光神日があり、それが世間一般の休日で元の世界で言うと日曜日にあたるものである。
そして今日は約束の光神日である。ここまでが長かった。一日の授業はそんなに長くないし、午前と午後に分けて二回しかないのに長かった。なぜか?ブルーノの視線が痛かったからだ。あまりにも見つめられその視線はアロイスも感じるほどだったらしく、一日の授業が終わると哀れみとねぎらいの言葉を掛けられるレベルだった。
授業も興味があったから聞きたかったのに殆ど頭に入ってこなかった。……まぁいいけどね、算数とか国語みたいな授業もあったし。歴史と地理は難しくてあんまり分からないし。法律とかちんぷんかんぷんだったし。いいけどさ。
「やあ、おはよう。今日はよろしくね」
「おはようございます。よろしくお願いします」
B棟の前に待ち合わせて、いざ学園の森に出発だ。休日の待ち合わせだというのにアロイスもピーアも学園での普段着だ。この学園には制服というものはないが、修業時間は動きやすい服装で過ごすことに決められている。先生によってはいきなり実技の授業を始めることがあるからね、常にジャージとか体操服で過ごしているようなものだ。中にはふりふりひらひらでそれ、本当に動けるのかと思うような格好をしている者も見かけるけれど、領地の紋が入ったペンダントとクラスを表すブローチをつければ何を着ていても注意されることはないようだ。まぁ動きやすい格好って人によって違うから一概には言えないけど……フリフリひらひらは邪魔だと思うよ。
興奮で体を揺らしながら歩いているブルーノを視界と意識に入れないように余計なことを考えていたが、ついに森に到着した。ここもやはり、貴族の街にあったような白い壁の大きい建物だった。何か決まりでもあるのかな。
門番に敬礼され、受付を済ませて魔術具のブレスレットをそれぞれ身につけ、森へと続く扉を潜る。この魔術具のブレスレットは救難信号を送るためのもので、訓練場となっている場所では必ずつけることになっているらしい。……やっぱりキラキラしてて綺麗だな。私の【仲間の指輪】の方が綺麗だから持ち帰りたい欲求は大分薄くなっている。でもやっぱりちょっと欲しい。
「じゃぁさっそく始めよう。従魔に魔物を狩らせて、ここに戻ってくる。先に戻ってきた方が勝ちだね」
アロイスとピーアが視線で頷きあい、同時に走り出す。ブルーノは雄叫びをあげながら飛び上がっていった。私はといえば、アロイスの肩に止まったままである。ピーア達と気配が離れたことを確認して、魔物の気配を感じる方向をアロイスに伝え、誘導。程なくして見つけたのは、どう見ても枯れ木にしか見えない魔物だった。見た目はただの木だが、放たれる魔力でそれが魔物だと言うのはよくわかる。普段の私なら全力で突っ込み嘴を突き立て、アロイスに怒られるところだが今の私は違う。成長したのだ。
「セイリア、あれは」
「“木の神様、あの木の魔物私の魔力使ってバラしてください”」
ずるりと魔力が抜かれ、木の魔物に向かっていく。私がイメージするのは風の刃だ。魔力が形と属性を得ていくのが分かる。枯れ木の魔物が身じろいだと思った瞬間細切れになった。見上げるほどには大きかった木が、どういう原理か落ちている木片はかなり少量でぽつりと核が残っていた。
大成功だ。今日は突っ込まなかったぞ、と胸をはる気分でアロイスを見たが、物凄く腑に落ちないというか納得できなさそうな顔をしていた。……あれ、私何か間違えたかな。
木片の中からいくつかの棒と核を拾ったアロイスは来た道を戻りながら話しかけてくる。時間勝負なのに急いで戻る気はない、らしい。
「……今のはバイオレンスツリーと言う枯れ木に似た魔物で、見た目とは違い非常に硬質で魔力の防御性も高い。初級の魔術じゃ一切攻撃が通らないはずだが、今君が使ったのは風の刃じゃなかったのか?」
「風の刃を……イメージしたんだよ?」
「そうだろうな。威力は馬鹿みたいに高かったがどう見ても初級魔術だった。魔力のランクが高いと魔術の威力も高くなるとは言うが……それにしてもアレはないだろう」
木の魔物に対しては火属性の魔術を使うのがセオリーだとか、木の神に木の魔物への攻撃を頼むなとか、呪文に優美さがないとか色々と注意をされた。でも今回は私だってちょっと考えて行動したのだ。いきなり突っ込んでいかなかったことをあげて成長したのだとアピールしようとしたが深々と溜息をつかれた。
「バイオレンスツリーは一撃加えるまで動かない。魔力よりは物理攻撃のほうが効く魔物だし、今回は普通に攻撃してもいいと教える前に魔力での攻撃を放った君のどこが成長したのか訊きたい」
「ご、ごめんなさい……」
「………まぁ、君は全てにおいて規格外なので何をしても結果は変わらないんだろうがな。この森で君に勝てる魔物など存在しないだろうし」
アロイスに呆れられ、ちょっとしゅんとしながら森の出入り口まで戻ってきた。それからピーア達が戻ってくるまではかなりの時間があり、その間この森にいるとされる魔物の特性や生態を言い聞かせられた。その場で教えるのは無理だというアロイスの判断はきっと正しいので、大人しく説明を受ける。……結構な種類が出てきたんだけど、私覚えられるかな。
アロイスに聞いたことをぶつぶつと呟きながら復習しているところでようやくピーア達が帰って来た。
「やっぱり負けちゃったか。ブルーノは結構時間かかったもんね」
『私は直接この雌と戦いたいんだが、駄目か。駄目なのか。先ほどのでは満足できんぞ』
わさわさとあちこち傷ついた体を動かしながらブルーノが言う。結構毛はぼさぼさだし、怪我だってしてるのに元気なものだ。むしろ戦いの後でまだ興奮が冷めていない、のかもしれない。ピーアは笑顔で何かの牙を出しながら自分たちが狩った魔物について話している。彼女たちが最初に出会ったのはフォレストボアだったらしい。
フォレストボアは背中にキノコとか木の実とか、回復系や能力アップ系の植物を生やしたイノシシだ。大ダメージを与えて早く倒さないと背中に生えた物を食べて回復したり強くなったりする厄介な魔物だ。私の場合はそんなこと関係ないだろうな、というのはアロイスの談である。
うん、さっき聞いたばかりだから覚えている。きっと一々回復されて中々倒せなかったんだろう。それで時間がかかったんだと思う。
「君たちは何の魔物を倒した?」
「バイオレンスツリーを」
「あーそっちも結構厄介だったんだね。でもセイリアは傷一つないな、すごいよ。アレ、枝の数が多くて全部避けるの難しいのに」
バイオレンスツリーは一撃を加えると暴れ出す。枝をめちゃくちゃに振り回し、時には刃のように尖った枝も飛ばして攻撃してくる。手数があまりにも多く、通常無傷で倒すのは難しいとされる魔物だ。一撃で倒せば何も問題はないし当然無傷で終わるのだが、そうとは言わずアロイスはニコリと笑った。
「セイリアは小さくて、速いですからね」
「なるほどね。枝の隙間でも通って避けたのかな。目もいいんだね」
アロイスは別に避けたとは言っていないし、私が小さくて素早いのは本当だ。嘘は言っていないが、戦闘には一切関係ない情報を口にした。それでもピーアは納得したように頷いている。魔物の種類も違うし、正確な討伐時間も分からないし、そもそも入手した部位だけで本当に倒したかどうか判断するのは難しいと私は思うのだけど、魔物勝負とはそういう曖昧なものなのか二人は私の勝利で納得していた。納得していないのは怪我をしている癖に興奮が収まらずゆさゆさ揺れている鳥だけだ。
『うおおおお!!私は!!あの雌と戦いたいんだ!!戦ってそして!!そして……!!』
「ブルーノ、どうしたの。納得してないの?でも君の負けなんだから、ちゃんと認めないと」
『勝負はどうでもいいからその雌と戦わせて欲しいんだ!!私は!!直接負けたい!!』
ピーアは困り顔で首をひねっている。ブルーノがこのように興奮して落ち着かないことは今までなかったらしい。ピーアに言葉は通じない、ならば私にと思ったのかブルーノがこちらにやってくる。アロイスの前に立ち、私を見上げて『頼む!戦ってくれ!』と言い出した。
「よっぽどセイリアが気になるんだね。うーん、まだ繁殖期にはちょっと早いんだけどなんでかな」
原因はどう考えてもブルーノの性癖に私が合致しているからだが、それをピーアに伝えるわけにもいかない。ちらり、とブルーノに視線を向けてみる。相変わらず貫かれそうなほど強い目で私を見ていた。
『……あのさ、悪いんだけど相手は出来ないよ。私じゃ多分、加減できなくて貴方を殺すよ』
鳥の言葉を話したのは随分久々だったが、伝えなければきっといつまでもブルーノはあきらめないだろう。傷だらけの体にも悪いし、早く帰って休めと思いながら正直なことを言ってみた。
『しかし、しかし私は』
『無理だって、言ってる』
諦めの悪い彼に、睨むようなつもりでそう告げた。途端、彼はピキリと固まりそして―――そのままパタンと倒れてしまった。
……え?え?ちょっとなんで!?
ブルーノ、倒れる。
長かったので続きはまた次回で。




