34.初めての魔法
それからアロイスはこの世界における【言語理解】のスキルについて教えてくれた。これは通常言葉を操る人間が持っているスキルで、過去に何人かが持っていたとされるが、その者達が魔物の言葉を分かったことはないらしい。異国の言語を理解し、話すことは出来たから人間の言葉でしか使えないものだと思われていた。
私はといえば、人間の言葉は元から知っているので【言語理解】のスキルが発動しているわけではない。このスキルが使われているのは同じ魔物相手で、つまり私は人間と魔物の通訳が出来る唯一の存在ということらしい。
「少し考えれば分かったことだな……魔物に【言語理解】がついていたとして、その魔物が完全な別存在である人間の言葉を理解するはずがなかった」
「ま、魔物同士も種類全然違うけどそこはどうなの……?」
「魔物は元は全てスライムだったといわれているからな。根本が同じなんだろう」
魔物は元がすべてスライムって、つまり元の世界でいうところの全ての生命の始まりは海で大本は一緒、というものと同じような感覚だろうか。
それなら人間は動物の言葉が分かるんじゃ、と思ったがこの世界は動物が極端に少ない。魔物でないのは本当に小さな虫くらいのものである。ある程度知能のあるものは全て魔物だというなら、【言語理解】というスキルを持っていたところで、人間以外の言葉が分かることはなかった、と。
「……話を戻そう。他に何か疑問に思うことはあったか?」
「ムラマサの……巫子って言ってたけど、それは何?」
「ラゴウ領独特の職だ。あの領はかなり、異色というか……」
ラゴウ領は、予想通り昔の日本のような文化をもった国だった。神社のようなところがあって、そこで何らかの儀式を行い、選別されたものが巫子になれるらしい。巫子の能力は特殊で、光属性ではないのに支援の魔法が使える変わった職だ、と。一時期鎖国のようなことをして閉じこもっていたこともある領で、よくわからないところも多く詳しく知らないとアロイスは言うが、十二歳の、しかも自分の住んでいる土地を離れたことがない子供がそこまで知っているのは凄いと思うよ。
「あ、そうだ。領地の特色も訊いておこうって思ったんだよ」
「もう少し君が領地の名前に慣れてからの方がいいとは思うが……言っておくか」
まず、このスティーブレンという国は六つの島で構成されている。真ん中に浮かぶのが王が治める王都で、その周りに五つの領地が存在する。島の大きさの順でセディリーレイ、マグナットレリア、サウズランカ、ラゴウ、ミョンルグルガとなり、順番に呼ばれる時はこの島の面積順になっているらしい。領の間に優劣はないが、暮らしにはさまざまな違いがあると言う。
……うん、たくさん話してもらったけれどあまり覚えられる自信はなかった。覚えられそうなのはピーアの住むサウズランカが密林の存在する熱帯地域で、ミョンルグルガは年中寒い雪国、ラゴウが日本っぽいところで、セディリーレイは西洋っぽい、ということぐらいだろうか。
「理解できたか?」
「ぼんやりと?」
「まぁ、そうだろうな。分からなかったらまた訊けばいい。君が一度で覚えられるとは思っていない」
……なんだろう、アロイスが私のことをよくわかっているのだけど何だか腑に落ちないような。いや、覚えられないのは事実ですけどね、鳥頭ですからね!
「他には何かあったか?ないなら魔物勝負の話を……そんなにあの鳥が嫌か?」
ブルーノのことを思い出してちょっと辟易としていたら、アロイスにその感情がよく伝わったらしい。アロイスが少し驚いた顔で嫌か、と訊いてくるのでブルーノの変態的な言葉の数々を説明してやった。アロイスが何とも言えない顔をして「……大変だったな」と労ってくれた。
「直接対決にならなくてよかったな、セイリア」
「ほんと全くその通りだよ」
「勝負内容はどうする?君の戦闘力を考えると、ここの魔物もどうせオーバーキルするだろう?」
魔物は上手く倒せば素材をはぎ取ることが出来るのだけど、私の場合はオーバーキルして大体はじけ飛ぶので核しか残らない。魔物の核はむしろ、手に入る確率のすくない代物らしいが私が戦うと絶対に核が残るので、あれはスピードとダメージによる何かしらの判定で100%手に入るアイテムなのだと思う。
狩った魔物の強さ勝負だと核しか残っていないならどんな魔物だったか分かりにくいし、数で勝負なら核ばかりゴロゴロ出てくるのは怪しい。結果、魔物を狩って定位置に戻ってくるまでのスピード勝負にしようということになった。
「一匹なら入手品が魔物の核だとしても運が良かった、で済むからな」
「うん、そうだね」
……もしかすると私の運がSランクであることも、ドロップするのが核ばかりになる原因かもしれないな。
「他には何かあったか?」
「えーと、そうだ、魔術!私も魔術の練習してみたい!」
本日もっとも重要だった出来事である。各自練習しろ、ペトロネラが言うのだからどこかに練習する場所があるはずだ。期待を込めてアロイスを見つめると、アロイスは難しい顔をしてこう言った。
「……君に魔術を習得させるのはとても危険な気がするな」
反論しようと開いた口を閉じた。うん、ちょっと反論が出来ないね。私、何かすると結構大事になる自覚、あるよ。魔力はSSランクだ。加減を間違えて大爆発とか、ありそうな気がしてしまう。
「初級からゆっくり、私と共にやろう。君が一人で何かすると大変なことが起こりそうだ」
そういってアロイスが配られたあの分厚い参考書を机の上に広げてくれた。私はその本を一緒に覗き込む。
参考書には、発動したことのある魔法の種類とその時に使った呪文の例文が載っていた。呪文に完全な決まりがないとペトロネラも言っていたように、様々な言い方がある。それにしても皆、小難しいのが好きだな……。
洞窟を照らすための小さな火を起こす呪文に「火の神にお力をお借りして、我がために炎の明かりを得るべく、我が魔力を捧げてこの手の上に収まる火を」とか面倒くさすぎる。
「これさ、照らすだけなら火より光の神様じゃない?」
「……セイリア、普通は光の属性なんて持っていないから光の神に頼ることは少ないんだ。相性がよくても他属性の神に願うと魔力の消費が半端じゃない」
「あ、そっか。でも難しく言う必要はないよね。私なら“光の神様、私の魔力を使って周りを照らす明かりをください!”くらいで―――」
スッと自分の中から何かが抜ける感覚と共に、パァッと当たりを照らす球体の光が現れた。部屋の中は別に暗くなかったけど一段と明るくなって、ちょっと眩しかった。アロイスの眉間にしわがよっているように見えるのは眩しいからに違いない。
「……君はいろんな意味で常識外れだ。とりあえずそれを消してくれ」
内心アロイスに謝りつつ、光の玉を消そうと思ってふと気づく。そもそも出そうと思って出した魔法じゃないのに、どうやってこれを消せばいいのかなんて知らない。
「……意識して【消失】と唱えれば永続魔法は消えるはずだ」
「分かった。【消失】」
スッと光の玉が消えてほっとした。いきなりで本当に驚いたのだ。呪文、本当に適当でいいらしい。しかし願う神様と起こす事象と範囲さえ言葉に入っていれば魔法になってしまうんだったら本当に難しい言葉、いらないね。ペトロネラは呪文を決めておいたほうがいいと言っていたけど、沢山言葉を覚えるのは(私には)中々難しいことである。ので、参考書は「起こった事象」の部分だけ読んで参考にさせてもらおう、と決めたところでアロイスの深いため息がかかった。
「セイリア。くれぐれも間違えて変な魔法など発動させないように。いいな?」
「……はい……気をつけます……」
気をつけるけど、魔法が簡単すぎてやらかす気がしないでもないな、と思っているところに人の来訪を告げる鈴が鳴り、ヒースクリフが入室を求める声がしたことで話し合いは終了した。
……魔法、簡単すぎて危険だよ。
セイリア、魔術が使えるようになりました。やったね!




