31.お試しゴブリン戦2
少し暴力的な表現があります
「ラゴウ領の魔物は独特のものが多いから非常に興味深いな。その従魔の名と種族は?」
「……スピリアフォックスのイナリです」
「ほう。これが神の遣いと呼ばれる魔物か……初めて見るな」
ペトロネラが興味津々と言った様子でムラマサの従魔、イナリを見ている。見られているイナリはフイッと視線をそらしてどことなく居心地が悪そうだった。
暫くイナリを観察した後、ペトロネラが今は研究の時間ではなかったと言いながらゴブリンの檻を開けに行った。……ペトロネラ、ほんとすぐ興味の方に意識が行っちゃう研究者体質なんだけどこの人が先生で大丈夫なのかな。
「では、始め」
始まった戦闘を見て私は心底驚いた。その戦い方は全く知らないものだったからだ。
ムラマサは横笛を吹き、戦うのはイナリ。ムラマサの笛の音色と共に魔力が溢れて、イナリやゴブリンに向かっていく。その魔力はイナリの能力を高めたり、ゴブリンの能力を弱めたりしているようだ。まるで演劇でも見ているような不思議な気分にさせられる戦いで、見ているのが結構面白かった。
「巫子か……」
アロイスはどうやらムラマサの戦い方を知っているらしい。じっとその戦いぶりを見つめながら、親指で唇をなぞっていた。アロイスが考え事をしている時の癖だ。後でその巫子とやらについて訊いてみようかな。日本っぽい名詞でとても気になる。
「ふむ、よろしい。従魔を生かした戦い方だな。ラゴウ領はこれだから面白いんだ。あぁ、研究したい」
ラゴウペアが無言で踵を返して帰ってくる。ペトロネラが名残惜しそうに次のピーアを呼んだ。ちらちらとこちらを振り返りながらリングに上がっていく猛禽類の顔は見ない。間違っても視線は合わせないよ。
「従魔はフォレストイーグルのブルーノで、す。戦えます」
「よし、では早速始めよう」
フォレストイーグルは森林の狩人と呼ばれる魔物だったはず。巨体に見合わぬスピードを持ち、木々の合間を失速することなく飛ぶことが出来るという本当に鳥かと疑うような性能持ちの魔物だ。と図鑑で読んだ時に思った覚えがある。……出来るだけブルーノから視線をそらしていた所為で種族に気づかなかったな。
ピーアとブルーノの戦いは、遊んでいるようだった。別にふざけているとか、相手を甚振っているとかそういう訳ではない。ただひたすら楽しそうな顔で戦っていた。ブルーノはフォレストイーグルのくせに殆ど飛ばず、地面を駆けて戦っていたけど、それでもとても速かった。鋭いくちばしと爪がゴブリンを追い詰め、ピーアが急所に弓を放って終わり。ほんの短い戦闘だった。……戦い慣れているというか、狩り慣れているという印象だ。
「見事な連携だ。フォレストイーグルは飛ぶことで真価を発揮すると聞いたが、飛ばずとも強い。いい従魔だな」
「ありがとう!……っございます!」
ピーアの危なっかしい敬語は聞いていると気が抜ける。先程まで嬉々として戦っていたとは思えない。最後のソフィーアが呼ばれて、ピーアと入れ替わる。ブルーノはピーアの後ろで『物足りんぞ……やはり私はあの雌と』とか聞こえてきたが途中で意識からシャットアウトした。私の精神によくないからね。
「名は?」
「エルマー。……種族はスノーウルフです」
「ほう、色変わり個体だな。珍しい。今年の一年生は本当に面白い。実に面白い」
魔物図鑑で見た事があるし、イラストが綺麗だったからこの種族は私もよく覚えている。スノーウルフはその名の通り雪の多く積もる場所に生息する魔物で、本来は真っ白な狼だ。雪景色の中に居ると全く見分けがつかず、隠れているスノーウルフに襲われることがよくあるらしい。エルマーは真っ黒だけど。……色変わりか、ちょっと親近感が湧くね。
「では始めよう」
勝負は一瞬だった。エルマーがゴブリンの喉元に食らいつき、それで終わりだ。ソフィーアが何かすることもなく、あっという間に終わってしまった戦い。エルマーはゴブリンの首の骨をかみ砕いてソフィーアの元に戻り、軽く頭を撫でられている。
「よくやりました」
『当然だ、主君。あのような小物に主君の手を煩わせる必要はない』
ここに居る中で、エルマーの言葉が分かるのは私だけだろう。その言葉にあふれる忠誠心が分かるのも、私だけだ。エルマーがソフィーアを慕っている理由は分からないし、コンビがどのように過ごしてきたかも知らない。けれどエルマーはソフィーアを深く慕っていて、けれどソフィーアは……エルマーを見るソフィーアの目には優しさや親しみが見えないから、歪な関係に見えてしまう。
「勇敢な従魔だな。君をよく慕っているように見える。君もこの子を信頼すればいい」
「………はい」
ペトロネラもソフィーアの、エルマーに対する心の距離を見て取ったらしい。エルマーの一方通行具合は見ているとちょっとやるせない気分になるので、ソフィーアの心の壁の理由は分からないけどいつかいいコンビになればいいなと思う。信頼できる仲間って、大事だから。そう思いながら私の信頼する友を見てみる。目が合えば考えていることが伝わってくる。……アロイスは今日あったことについて、色々話し合いたいように見えるから、今夜は反省会かな。……怒られないと良いな。
「さて、皆の従魔は大変素晴らしく、興味がわく。是非それぞれ実験してみたいところだがそういうわけにもいかないな。これからが楽しみでならない。ついでに諸君は魔物と共に戦う方法はよく心得ているようなのでさっさと次の授業に進もう。えーと、そうだな、次は魔術……じゃない、その前に属性を司る神について講義しよう。これは午後から行うから、各自鐘がなるまで休憩してよろしい」
……この学校の授業はもしかして、教師の裁量に任されているのだろうか。決まった時間割やカリキュラムがある訳ではなさそうだ。ペトロネラが特殊でないなら、だけど。
休み時間と言われて生徒とその従魔はそれぞれ行動を始める。ムラマサ達はさっさとどこかに消えて、静かに歩くソフィーアにやかましく付きまとうドミニクが競技場を出ていくと、その場に残ったのはアロイスとピーアとその従魔だけだ。ペトロネラもいつの間にかいない。行動、早いな。
「えーと……アロイス殿、よかったら昼食は一緒にどうかな。魔物勝負の話もしたいし」
「そうですね、構いませんよ」
「昼食は食堂でどうかな。貴族学園の食事は美味しいって聞くよ」
「では食堂に」
そう言って二人並んで歩きだす。ブルーノはなぜかピーアの後ろではなく、微妙にアロイスの後ろ―――正確に言うと私の後ろについて歩いてくる。勘弁してほしい。
「アロイス、アロイス」
貫かれそうというか、焼き鳥にされそうというか、それ程の熱い視線に耐えきれず助けを求めてアロイスの名を呼ぶ。目があったアロイスはそれだけで私の求めることが分かったらしい。すっと腕をだして、肩から乗り移らせてくれた。アロイスの体が壁になって、ようやく視線から逃れることができたのでほっとする。
「その子、本当に滑らかに喋るんだね。噂通りだ」
「……噂?」
「そうそう、噂だよ。お喋りが上手だね、本当に会話している気分だ」
つい素で訊き返してしまったのだけど、ピーアはオウム返しの一環だと思ってくれたようで特に気にされた様子はなかった。……危ない危ない。今のはセーフだよね。と思ってアロイスを見たがため息を吐かれた。ごめんよアロイス。
「よく言われますが、セイリアにはどのような噂が?」
「沢山あるよ。大げさな話かと思ってたけど、今日の歌を聞いたらそうでもないみたいだし」
それからピーアはマグナットレリアの青いカナリーバードについての噂話を沢山聞かせてくれた。
一度の社交界で貴族の心を鷲掴みにした美しさだとか、あまりに素晴らしい歌声に我を忘れる貴族が出たとか、カナリーバードなのに戦闘力が高くて嘴で貫き魔物を屠るとか。噂なんて尾びれ背びれがついて泳ぎ出すような物だと思っていたが、事実しかなかったので否定しようがなかった。貴族から見た私はそれはもう、国宝級の宝石のような価値があるらしい。能力のあるカナリーバードは本当に羨まれるものなんだな、と再認識する。
「セイリアは社交界でもほとんど見かけないし、まだ噂だけだと思っている人もいるんだよ。もっと有名になれば、王族から望まれることだってあり得るかもしれない」
「……セイリアを扱えるのは私だけですから。王族にお渡しするのは難しいでしょうね」
「その時は君も一緒に召し抱えられるんじゃないか?」
「ご冗談を」
全く笑えない冗談である。唇があったら今頃端の方がひきつっているところだ。私はアロイスと一緒に居るって約束したんだから、他のところにほいほい行くつもりはないのである。
「まぁ、カナリーバードは寿命も短いしね。……ブルーノのお嫁さんは無理かな」
ピーアの更に笑えない呟きが聞えたところで、ようやく食堂に到着した。
……ブルーノのお嫁さんはどう考えても無理でしょう。体格的にも無理があるし、叩き潰されたいとか言ってくる変態は断固お断りである。っていうか私は鳥とは結婚しないってば!
ブルーノのお嫁さんにはなりません。なりませんとも。




