30.お試しゴブリン戦1
深緑の体をした、小人と言えるサイズの鬼が五匹。それぞれ黒の檻に入れられ、円形のリングの脇に置かれている。がしゃがしゃと檻を揺らしたり、手を格子の隙間から伸ばしたり、ぎーぎーと叫んだり。その叫ぶ内容は『メシ!』『エモノ!』『メス!』『メシ!』という感じでとても頭が悪そうである。
「これらは学園の森から捕獲してきたゴブリンだ。従魔と共に戦ってもらう。酷い怪我をしそうになれば助けてやるので、心配せずに戦ってほしい」
安心させるように優しく笑うペトロネラの顔に微塵も安心できない。その青い目に好奇心によって突き動かされている者独特の高揚感が見えるせいだ。何だか分からないけど、皆の従魔にすごく興味があるらしい。生徒より魔物の方に視線が向いている。
「では、ドミニク=セディリーレイとその従魔。名は?」
「アースキャッツのヴァンダと申します、ペトロネラ先生」
「ふむ。その従魔と共にゴブリンを倒せるかね?」
「お任せあれ」
ウインク付きの笑顔でペトロネラの問いに答えたドミニクがヴァンダと共にリングに上がり、ゴブリンが一匹リングに放たれる。それと同時にリングを円柱状の結界が覆ったのが分かった。目に見える結界ではないが、魔力的な隔たりができている。魔物を外に逃がさないためのものだろう。ゴブリンが獲物を見つけ、奇声をあげながらドミニクに向かって行ったことでその戦いが始まった。
ヴァンダとドミニクは代わる代わるゴブリンに攻撃を加えていく。連携、といえる程のものではない。ゴブリンがどちらかに気を取られているうちに、もう片方が攻撃を加えるという戦闘スタイルだった。まだそう長く共に戦っている訳ではないのかもしれない。戦闘に一体感というか、信頼関係みたいなものはあまり見えなかった。
それでも危うい場面もなくゴブリンを倒し、リングの結界魔法が解かれると動かなくなったゴブリンは何処からともなく現れた白衣の集団によって台車に乗せられ、運ばれていった。……ペトロネラの部下か何かかな、今の人たち。
「連携不足だが、それを補う能力の高さを持っている。いい従魔だな。大事にすると良い」
「はい。しかし私としましてはペトロネラ先生とも連携を」
「では次、アロイス=マグナットレリアとその従魔」
ドミニクを華麗にスルーしてアロイスが呼ばれる。とぼとぼとリングを出ていくドミニクとすれ違い、アロイスと共にリングに上がる。ペトロネラの目が私を見て楽しそうに弧を描いた。物凄くニンマリ顔である。
「カナリーバードのセイリアだな。噂はかねがね聞いているが、戦えるのか?」
「ええ。共に領地の訓練場の森に出入りしてましたので」
「そうか。しかしゴブリンは領地訓練場の魔物よりは強いぞ。大丈夫か?」
「問題ありません。私がセイリアを護ります」
……ちょっとキュンとしてしまったじゃないか。アロイスとってもカッコいいよ。
金色の目がじっと私を見つめる。その目はこう語っている。「自分がやるから何もするな」と。
……うん、そういう意味だっていうのはなんとなく分かっていたよ。でもほら、護るとか言われるとキュンとしてしまうのが乙女というもので……私は鳥だけども。でも雌だからね。女の子だから。
「よろしい、では始めよう」
そうして先ほどのように一匹のゴブリンが放たれ、リングが結界で覆われた。私はアロイスの肩にじっと止まって何もしない。アロイスと向かい合うゴブリンの視線が私に向けられ―――そして目を見開いて震え出した。明らかに怯えた目でこちらを見ている。アロイスの「何をした」と言いたげな視線が飛んできたが私は何もしていない。私は無実だ。
『まぁ、そうなるわよねぇ……』
『あのような小物があの視線に耐えられるものか』
『やはりあの雌!強いぞ!ああ叩きのめしてほしい!』
『……まるで弱い者いじめですね』
後ろから従魔達のそれぞれの反応が聞こえてきた。そうか、私のせいか。何かするつもりはないのに、私は相対する魔物に威圧感のようなものを出しているらしい。ごめんねアロイス。わざとじゃないけど私がやったらしい。
ゴブリンはそのまま回れ右して逃げ出そうとし、結界にぶつかって止まった。ごんごんと結界を叩いて逃げようとする。顔は見えないけど恐怖と絶望に彩られているような想像ができてとても可哀想だった。これをどうするべきなのか悩む。取りあえず、落ち着いてもらった方がいいと思うのだけど。
「……セイリア、歌ってくれ」
悩む私にかけられた一言で、その手があったと頷いた。私には【共鳴歌】というユニークスキルがある。聞いた者を自分の感情に強制的に同調させる洗脳のようなスキルだ。私が落ち着く歌を、歌ってみればいい。
……落ち着く歌って言えば、あれかな。ねんねんころりの子守歌が落ち着くだろう。
目を閉じて静かでゆっくりな曲調を丁寧に紡ぐ。歌っている間に心は穏やかになっていき、これを歌って赤子をあやす温かな母親のイメージがわいてくる。優しいお母さんのぬくもりって、落ち着くよね。
目を開けばそこには落ち着いたゴブリンが居る―――はずだった。ゴブリンがすっかりくつろいでむしろ昼寝でもするか、というように寝転がっていた。落ち着き過ぎである。
「………突然物凄い安心感に包まれたんだが……今のはいったい……」
「……セイリアが歌うと、このようなことが起こるのです。効果はその都度違いますが」
「なるほど。相手の戦意を奪うとは……そのカナリーバードは実に興味深い。興味深いね。研究してみたいな。青色の変異個体で、通常種よりかなり小さ目、その体の中にいったいどれほどの力を有して―――」
ペトロネラの目が輝き出して、興奮気味にリングに上がり近寄ってくる。アロイスがひきつった笑顔で「研究よりも、授業が先では……」と言ったが彼女はニコリと笑ってゴブリンたちの檻を指差し首を振った。
「あの状態で戦闘が続けられると思うかい?」
指先から視線を檻に向けてみた。そこには先ほどまでうるさくわめいていたゴブリン達の姿はなく、だらしない恰好で寝転ぶ中年オヤジのような緑の体が見えた。
……聞く者全部に効果が出ちゃうから、聞こえる範囲にいたらそうなりますよね。はい。
「……申し訳ありません。セイリア、別の歌を。やる気の出るものを歌ってくれ」
……どうやらアロイスが歌ってほしかったのは「やる気の出る歌」で、落ち着く歌ではなかったらしい。ごめんねアロイス。アロイスの方見てなくて意思疎通ができてなかったよ。怯えるゴブリンを落ち着かせることしか考えてなかった。申し訳ない。
興奮しているペトロネラをリングから追い出し、私はもう一度歌うことになった。このまま授業を中断するのは心の底から申し訳ないので、精一杯歌わせてもらう。
やる気の出る曲と言えば、運動会で流れるクラシックだと思う。やらなければいけない、と少し追い立てられるような気分になりながら、運動会の団体競技の興奮を思い出しつつ歌った。
やる気が戻ったゴブリンとアロイスが剣で戦い、私は空中に舞ってアロイスの戦いを見ていた。アロイスの剣は滑らかで、迷いがなくとても綺麗だった。
弱ったゴブリンについ癖で突撃して核を奪い取りそうになったけど、堪えた。アロイスから鋭い視線が飛んできたからである。……ゴブリンの核はまだ食べたことないから、味が気になるのになぁ。
結局、私が何もすることなくアロイスがゴブリンを倒した。そしてまた白衣の集団に運ばれていく。……ああ……ゴブリンの核が……。
「様々な場面でサポートできる素晴らしい能力を持った従魔だな。しかし、何かこう……まだ隠しているものがありそうだが、まぁいいか。これから先が楽しみだ」
「……はい。ありがとうございます」
「では、次。ムラマサ=ラゴウとその従魔」
踵を返し、静かだがどこか闘志に燃えるような目をしたムラマサ、そして早く戦いたくてうずうずしている様子の狐の従魔とすれ違う。順番を待っている他二人の生徒も、既に戦い終わったはずのドミニクもどこかそわそわしていたので完全に私の歌の所為ですね皆色々ごめんなさい。
『ああなんかもう一戦やりたいわよ!そわそわする!』
『私の番はまだか……まだなのか。くっ、おちつかん』
『うおおお戦いたい……!!私はあの雌と戦いたい……!!ボコボコにしてほしい!!』
地面で爪とぎする猫、尻尾をブンブン振っている狼、羽を少し浮かせてわさわさしている鳥の三匹から顔ごと目をそらす。私が悪かった。だからちょっと落ち着いてほしい。特に最後の鳥。
騒がしいのに耐えられなかったので、こっそり耳のいい魔物なら聞こえるだろう音量で子守唄を歌っておいた。アロイスの視線が痛かった。
セイリアの歌、いろんな使い道がありますよね。しかし敵味方選ばず影響を及ぼすので大変です。
次はゴブリン戦の続き、ムラマサの出番からになると思います。
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