25.入学準備
三部のはじまり、学園編です
アロイスは貴族学園へ向かうために荷物をまとめている。十二歳になって、背も伸びて美少年っぷりがましたので色々と心配だ。
貴族学園では十二歳から十八歳まで、寮で暮らすことになるらしい。貴族の子なのだから、普通は自分の身の回りの世話をしている者を連れていく。しかしアロイスにはそういう者が存在しない。どうするのだろうか。尋ねてみると、アロイスは至極当然のように「向こうで雇う」と言った。
「この邸の使用人は信用できない。学園で下級貴族を雇ってやらせる」
「貴族にやらせていいの?」
「下級の貴族は上級貴族の使用人になることが多いから、問題ない」
廊下ですれ違う使用人のうち、指を合わせて膝をつく礼をしているのが貴族で、平伏しているのが平民。割合で言えば貴族の使用人の方が多いのだとか。
学園で自分の使用人を見つけることは珍しくない話なので、フィリベルトに使用人を連れていくよう言われたときも断りやすかったと言う。
「……それよりもセイリア、本当にいいのか?学園生活は長いんだぞ」
「いいの。まだ約束も残ってるし、ここに残されても困るよ?」
そう、私はアロイスの入学についていくことになっている。学園に入れば長期の休み以外帰ってこられないから、私はアロイスと共にいかなければこの邸の者に面倒を見られることになる。そんな窮屈な生活は遠慮したい。
何故私がアロイスについて行けるかというと、学園には魔物を一匹連れていけるという規則があるからだ。それは殆どが戦闘用の従魔だが、愛玩用に飼っている、所謂ペットの魔物を連れていく者もいるらしい。小さくて大人しい魔物なら従魔契約をしていなくても連れていける。カナリーバードはそのペット枠に入るものなので、私たちが本当は従魔契約を結んでいなくても問題ない。たとえ私のステータスが規格外だとしても、黙っていれば分からない。ちょっとずるいような気がしないでもない。
「君が私についてくるなら、ほとんどこちらに帰ってくる必要はないな」
「お休みの期間も実家に帰らないってことがあるの?」
「どこかの研究所に所属して、やることがあると帰らない者もいる」
「それいいね。アロイスもそうしようよ、テオバルトから離れられる」
テオバルトの襲撃事件があった後、数日で年明けを迎えた。この世界では昔の日本のように、一年の初めにすべての人が歳を取るようになっている。十二歳になったテオバルトはまもなく入学したのでほとんど顔を合わせることもなく、平穏に過ごすことができた。それから一年が経ち、今度はアロイスが入学するのだ。せっかくテオバルトから離れて平穏だったのに、テオバルトの居る学園に行くのは少し心配というか、不安がある。
「君は思ったことを口にしすぎだ。誰かが聞いていたらどうする?」
「ここには殆ど誰も来ないから大丈夫」
「……学園ではそうもいかないから気を付けるんだ。分かったか?」
「はーい」
学園では寮生活。当然隣の部屋には誰かが居るし、誰でもアロイスの部屋を訪れることができる。この邸のように、ほとんど人が部屋の前を通らない部屋になるとは限らない。壁の厚さとか、防音とか……行ってみるまで分からないので計画の立てようがない。
ここ一年でアロイスとはかなり仲良くなったし、パーティーとしての絆レベルも上がったのでかなりの信頼関係を築けたと思う。言わずとも考えていることが大体分かるようになってきた。素晴らしい進歩だと思う。
「……心配だな。君は結構注意力が足りないから」
「そ、そんなこと」
「あるだろう。君の可怪しいステータスの所為で助かっているが、普通のカナリーバードならとっくに死んでいる」
アロイスが言っているのは、森へ魔物狩りに行った際に私が油断やよそ見で魔物の攻撃を被弾しまくったことだろう。全てノーダメージなので何も問題なかった、というかむしろノーダメージだからこそ全く危機感がないというか気にならないのだけど……うん、なんかごめんなさい。もうちょっと気を付けます。
それから暫くして、荷物をまとめ終ったアロイスがフィリベルトに別れの挨拶に行き、荷物持ちの使用人を数人連れて戻ってきた。私は黒い籠に入れられ、アロイスに運ばれて邸を後にする。
貴族学園は各領地の貴族が集まる場所で、領地によっては距離に違いがある。遠い領地の移動は大変なので、学園への移動には転移の魔法が使われることになっているらしく、私たちが向かったのはその転移の魔法を使う場所だ。
数十分いつも通り会話することなくほとんど揺れない馬車に揺られ到着した場所は巨大なドーム状の建物だ。荷物が次々と馬車からどこかへ運ばれていく中、私は籠のままアロイスに抱えられて真っ白のドームの正面に立つ。アロイスが入口と思われる扉の前に立った途端に自動で開いた。電気で動いているわけではないが、自動ドアと呼ぶべきもの。ちょっと懐かしい気分になった。
(おお……なんかすごい……)
ドームの天井にはステンドグラスのようなものが張り巡らされており、降り注いでくる光は色とりどりで美しい。ちょっと幻想的で興奮のあまり体をゆさゆさと揺らしてしまい、アロイスに呆れた目を向けられた。……気にしたら負けだ。中身が人間でも鳥の本能は備えているのだ、体は勝手に動く。しかたない。
興奮の冷めぬままあたりをキョロキョロと頭を動かして見回す。床には巨大な魔法陣が描かれた絨毯が敷かれていて、おそらくこれが転移の魔法を発動させるものだろう。巨大すぎて全容は分からないが、とても複雑な模様に見える。
部屋の隅には荷物が、おそらく誰の持ち物なのか分かるように分けられておかれている。周りにはアロイスと同い年の子供たちがちらほらと見えていて、その表情は期待や不安に彩られていた。
それから、三十分は待っただろうか。じっと何もせず待っている時間が落ち着かないのか、イライラしている様子の子供が見え始めたころのことだ。明るい茶髪の少年が飛び込むように入って来て「遅れまして申し訳ありません……!」と叫ぶように大きな声で言った。誰もがその少年に注目し、少年は穴を掘って埋まりたそうな顔をして俯いた。
皆を待たせちゃって物凄く申し訳なくて急いできたけど、慌てるあまり大きな声が出てしまって貴族として恥ずかしい、というところだろう。それは恥ずかしいよね、分かるよ。
「全員揃いましたので、転移を発動させます。皆さま、よい学園生活を」
アロイスが遅刻してきた少年に何か声をかけようとしたが、それは冷静な大人の声と共に発動した術の所為で叶わなかった。
一瞬真っ暗な世界に包まれた後、一気に視界が開けたそこにはずらりと人が並んでいた。……視界が切り替わっていきなりこれは威圧感あるよ吃驚した。
「マグナットレリアの皆様、ようこそ貴族学園へ。私はマグナットレリア寮監のドロテーアと申します。以後、寮では私の指示に従っていただきますのでよろしくお願い致します」
きっちりと髪をまとめ上げた少しきつい印象の女性がそう言って、ニコリと笑った。貴族学園での生活が、いよいよ始まるのである。私はちょっと気を引き締めた。
……がんばろう。私が出来る限りのこと全てをやって、アロイスの役に立つ!よし、やるぞ!
セイリアが気合いを入れると碌なことにならないような気がしないでもないですが貴族学園編がスタートしました。
第三部もよろしくお願いします。




