19.セイリアの歌
「歌、ですか……」
アロイスがちらりと私に視線を向ける。私は「わからないよ」という意味を込めて首を傾けた。
歌なんて知らない。知るはずがない。流れている音楽だって馴染みのないものだし、この世界の歌なんて聞いたこともない。アロイスもそれは分かっているようで、軽く頷いてくれた。
「セイリアは先ほどまでたくさんの言葉を聞いて真似していましたから疲れていますし、歌はまたの機会に披露させましょう」
「先ほどまで元気よく囀っていたでしょう?魔物はそこまで弱くはありませんから、歌わせなさい。皆さんもきっと喜んでくださるわ」
ビアンカが美しく微笑んで同意を求めるように周りの貴族に視線を流せば皆が笑顔で頷いて、それはいいだの、お聞きしたいですわだのと口々に言い始める。ついさっきまでご機嫌に囀っていた私に、疲れているから辞退するという逃げ道はない。アロイスは貴族らしい笑顔を貼り付けている。おそらくどうやってこの場を回避するか必死に考えているはずだ。
………仕方ない。こうなったら、異世界のものだろうと歌は歌だ。歌詞さえつけなければ違和感もあるまい。
アロイスをじっと見つめる。視線に気づいて目が合ったら、機嫌が良さそうに鳴いて軽く首を上下に振る。それだけで伝わるかどうかは分からなかったが「では、セイリア。歌ってほしい」と言ってくれて安心した。
私が歌うのは、元の世界なら大抵の人が知っているような曲だ。歌詞はつけず、メロディだけを歌う。人間が歌う声とも、楽器の奏でる音とも違う、カナリーバードという美しい鳴き声を持つ鳥の声で。
それでは聞いてください。翼を求めるあの名歌を。
つい、前世の死に際を思い出して悲しげな音色の声になったが、熱唱してやった。歌いながら元の世界での楽しかった思い出や置いていってしまった家族を思い出して悲しくなったが、鳥の目から涙が溢れることはなかった。
歌い終わり、いつの間にか集中しすぎて閉じていた目を開く。飛び込んできた光景に実際大きくはならないが更に目を大きくしたような気になった。
「っぐす……なんて美しい…でも悲しげな音色……」
「うっ……胸をしめつけられるような切なさが……こんな歌がこの世に存在するなんて……」
貴族の大多数が目を潤ませ目元にハンカチを押し当て、酷いところではすすり泣くような音まで聞こえてくる。ちょっと訳が分からない。
助けを求めてアロイスに視線を向けたが、アロイスも泣きそうな顔をしていた。だめだ、誰も助けてくれない。
「セイリアか……まさに、人心惑わす魔の歌声だな」
(セイレーンのアリア……)
フィリベルトの呟きで、私は自分の名の由来を知った。
セイレーンというのは元の世界で言うなら海に住む美しい歌声をもつ精霊、または怪物と呼ばれる存在だ。上半身は女性、下半身は鳥だったり魚(いわゆる人魚)だったりする。その歌声は船乗りを魅了し引き寄せ、そして取り殺す。
この世界のセイレーンがどんなものか知らないが、私の世界では人間を取り殺してしまう怪物だ。この世界のセイレーンが同じようなものだったら、名前の由来は恐ろしい怪物だ。鳥につけるには物々しい……あ、私も魔物か。カナリーバードに戦闘力がなくても魔物は魔物だし、声が綺麗という意味なのかもしれない。そう思ったらあんまり違和感はない気がする。
「アロイス様は素晴らしいカナリーバードをお持ちですね。従魔として縛っておくのは正しいでしょう」
「ええ、あんなに素晴らしい歌……またお聞きしたいですわ。次はどこでこのカナリーバードを見られるのかしら」
アロイスの周りが賑やかになっていく。うん、貴族たちが泣いてるのを見た時はどうしようかと思ったけど結果オーライ、大成功だ。それはビアンカの笑顔の中で唯一笑っていない目を見ればよくわかる。
テオバルトがじっとアロイスを見て、その後私に視線を向けた。目が合った瞬間にまた背筋が寒くなった。
……碌でもない事、考えてないといいのだけど。
―――――
「あの歌は、なんだ?」
社交界を終えて、自室に戻ったアロイスに問われた。なんだ、と言われてもどう答えていいかわからない。答えに窮している私を見て、彼は小さくため息を吐いた。
「……歌を聞いた瞬間に母上の死を思い出した。同時に母上との楽しかった思い出も、別れの瞬間もまざまざと浮かびあがってきて……泣きそうになった」
偶然だろうか。私は自分の死とそれによる家族の別れ、そして元の世界での楽しかった過去を思い出しながら歌っていたのだ。私の感情に共通するもの、追随する思い出を引き出されたかのように思える。
「私も似たようなことは考えながら歌ってたけど……」
「……あぁ、君は親から引き離されているんだったな。君の感情に引きずられたのか?何かのスキルかもしれないな」
別に親鳥との別れはそこまで悲しい出来事ではないが、そのほか諸々の事情を説明する気はないので勘違いされたままにしておこう。納得してくれているみたいだし。
アロイスは色々と考えているようで、目を閉じて親指で唇をなぞりながら私の持っている可能性のあるスキルについてぶつぶつと呟いている。【共感】とか【共鳴】とかスキル名が聞こえてくるが、どのようなものか知らないのでさっぱりだ。
「こういう時に鑑定スキルが欲しくなるな……」
「鑑定?」
「あぁ。とても珍しいスキルなんだが、様々なものの詳細が分かる」
鑑定スキルを持っていると、【ステータス鑑定】といって生物が持っている能力値を見ることができたり、【品質鑑定】という物の価値を見る能力が使えたりするらしい。鑑定スキルを持つものには天の意思が聞こえて、自分の成長具合がよく分かるらしい。
天の意思とか意味が分からないし、それで自分の成長具合が分かるとかもっと意味がわからな………何だろう。何かが引っかかるな。
「対象を見て、意識しながら【ステータス鑑定】や【品質鑑定】と思い浮かべるだけで使用可能、それだけですべてが分かるというのだから便利な能力だ。今これが使えるのは、宮廷魔導士の一人だけだと言われている」
「へー……」
「これがあれば君の持っているスキルも分かるんだろうが……無い物ねだりだな。考えても分からない。君が色々規格外ということは確実なんだが」
考えることを諦めたアロイスが、今日は疲れただろうから早く寝るといい、と鳥籠に布をかけてくれた。布の向こうでアロイスが眠る準備をしているだろう音が聞こえてくる。私はじっとしながら今日あった出来事を振り返り、考える。
社交界は大成功で、私を飼うアロイスは貴族たちから高評価を得ただろう。私のことは皆の印象にきっと残った。領主一族にとって私は重要なものになったはずだ。私を従魔としている事になっているアロイスも勿論重要だろう。
私の歌に関しては、何らかのスキルが働いた可能性があり、それは鑑定スキルがあれば一発で分かると。
(いいなぁ【鑑定】……使えないかな……)
他人の能力もわかって、品の良し悪しも分かって、天の意思とかいうステータス上昇を教えてくれる機能があって………ん?ステータス上昇を教えてくれる?
そういえば雛の頃、親鳥が運んできた獲物や黄金スライムを倒したときに突然レベルが上がったとかステータスがどうのとか……聞こえたというか見えたというか、あった気がする。
(私、もしかして鑑定スキル持ってるんじゃない?)
やっとステータスの話ができそうです。




