17.仲間の指輪
「社交界まで時間がないので、それまでに何かを詰め込むのは無理だろう。だから別のことをしようと思う。……セイリア、羽を一枚抜いてくれないか」
「え゛」
「今から作るものに必要な素材なんだ。私が他の物の準備をしている間に頼む」
アロイスはさっと立ち上がって壁際の本棚に向かっていく。私が動揺していることに気づいているのか気づいていないのか、こちらを見ることなくいくつかの本を並べ替えて何かしている。すると音も立てずに本棚が横にスライドしていった。
「うわぁ……ファンタジー……」
「ふぁんたじー?」
「間違えた。吃驚したなぁって言おうとしたの」
本棚の後ろから現れたのは、簡素な黒い扉だ。秘密の部屋につながる隠し扉というところだろう。……この世界で見る黒で出来た物は大抵、魔力を遮断する魔術具らしいのでこの扉も恐らくそうだと思う。
興味津々で首を振りながら扉を見る私に、アロイスが小さく息を吐いて「羽の準備を忘れてないか?」と言った。
「ああそうだった……!」
「戻ってくるまでに用意してくれ」
アロイスが秘密の部屋に入っていなくなる。私は慌てて全身の毛づくろいを始めた。一本くらい抜けやすい羽があるかもしれないし、ぶちっ!と引き抜くのは出来るだけ避けたいので必死だ。痛いのはごめんなのだ。
それから十分ほど必死で全身を毛繕った結果、尾羽が一本どうにか抜けた。…ちょっと痛かったけど、もうすぐ生え変わりの時期がやってくるのか抜けかけていたものだ。ついでに、少し抜けた羽毛も一緒に置く。
ただこれ、ものすごく軽いからちょっとした風が吹くとすぐ飛んでいってしまうんだよね……足で押さえておこう。
そうして待っていると、アロイスが部屋から出てきた。私が押さえている羽毛と羽を手にとって眺めてから一つ頷く。羽毛は散らかりそうだったからか指で丸めて纏められ小さな毛の塊にされた。
「あぁ、ありがとう。これで作れるな」
「それはよかった。で、これで何を作るの?」
「【仲間の指輪】という魔術具だ。興味があるなら調合を見るか?」
「見る!」
アロイスの肩に飛び乗って、今度は一緒に秘密の部屋に入る。扉を潜った先にあったのは化学実験室のような場所だった。素材と思われる様々な物がビーカーや試験管のような透明な筒に入れられて棚に仕舞われている。部屋の中心には大きな鍋があり、隣の台にはいくつかの素材が並べられていた。
アロイスはその並べられた素材の中から白っぽい黄色の玉を取って鍋に放り込み、柄の長いヘラのようなものでかき混ぜ始める。
「今の、スライムの核っぽいね」
「正解だ。今のは光属性のスライムの核で、調合の最初に入れると他の素材の親和性があがる」
スライムは何故か全属性が同じ確率で生まれる唯一の魔物なので、属性素材としてとても重宝されるらしい。光属性や闇属性の素材は、人里離れた辺境の奥地でしか得られなかったり、突然変異の魔物や珍しい魔物から稀に手に入るくらいだったりするらしい。スライムは凄いね。
鍋をかき混ぜ、頃合を見て素材を加えていく作業をしながらアロイスが【仲間の指輪】について説明してくれる。
分かりやすく考えるなら、ゲームで言うパーティーが組めるアイテムだ。同じものをつけていると、経験値が分配されて一緒に成長できるという代物。これを作るのに、仲間とするメンバーの魔力が篭った体の一部が必要らしい。普通は魔物と作る物ではないし、人間なら髪の毛や爪を入れてつくるのが普通だとか。
「魔物と作らないのはなんで?」
「従魔の契約をすれば態々作る必要がないんだ。……主人の方がより強い力を得やすいからな」
なんと、従魔契約をすると主人に経験値を多く取られるらしい。搾取だ、搾取。酷い話である。
そう思うのは私が元異世界人の魔物だからで、この世界の人間からすれば疑問に思うことのない当たり前のことなのかもしれない。
私を飼っているのがアロイスでよかった。従魔にすることなく、こうして手間を掛けて魔術具を作ってくれるのだから。
最後の素材が私の羽と羽毛の塊、そしてアロイスの髪だった。それらが鍋の中に入り、三度もかき混ぜれば鍋の中身が急速になくなっていき、最後には小指の爪ほどの小さな石になった。うん、質量保存の法則がどうなっているかよく分からない不思議な現象だ。
アロイスが鍋から小石を取り出す。真珠のような白い石だ。それはアロイスの手の上で真っ二つに割れた。
「え、どうしたの?割れちゃったよ?」
「魔力を混ぜた人数分に勝手に分かれるんだ。これを指輪に加工する」
先に用意していたのだろう。銀の指輪に割れた石をくっつけると、石から指輪へ魔力が流れて指輪の中に石が埋まっていった。ほんの少し石が見える程度にまで埋まると変化が止まる。これで完成らしい。
出来上がった指輪を親指にはめると、今度は銀のカフスのようなものを取り出して先ほどの指輪と同じようにする。
「従魔がつける装飾品に似せて作るから、絶対にはずさないように。契約主が居る魔物を無理やり奪おうとする愚か者は居ない……こともないかもしれないが、少ないはずだ」
そう言いながら出来上がったカフスもどきを私の足に着けてくれる。カフスもどきは私の足のサイズに合わせて縮み、ぴったりとくっついた。これなら気になることもないだろう。
「……君は特殊だからな。欲しがらないとも限らないが……これで言い訳はできる」
アロイスがため息を吐いた。今のため息は理不尽な誰かさんが思い浮かんだからだと思う。これは言葉にしなくても分かるので、私も頷いた。
「テオバルトは私も全力で嫌だからね」
「これだけは言わなくても伝わるから不思議だな」
一人と一匹で顔を見合わせると、アロイスが小さく笑う。私もピルル、とご機嫌な声が出た。
アロイスのためにも社交界は頑張ろう。……頑張りすぎて、テオバルトに目をつけられませんように!
次は社交界になると思います、たぶん。




