15.スライム討伐
初めての狩りです
貴族の森は、魔力のこもった特別な壁で森を一つ囲っているもので、中にはスライムやホーンラビットなどの低級とされる弱い魔物が生息しているという。貴族の暮らす街の中にあるという変わった場所だ。
アロイスの肩に乗ったまま移動し、キョロキョロと視線を動かして森を見る。この体になって初めての森だ。ちょっとソワソワするのは、私が鳥だからかもしれない。
「空気が美味しい気がするね」
「たしかに、木々の立ち並ぶ場所に来ると私もそう思う」
「自然に満ちてるって感じだよね。……ちょっとだけ雛の頃を思い出すよ」
ちらり、とアロイスが私を見て、直ぐに視線を前に戻した。私もしっかり、前を見て周りを警戒する。ここは人工物に囲まれているとはいえ野生の魔物が生息している自然区域なのだ。
私が生まれた場所は森ではなかったと思うけれど、自然の中だったから空気は澄んでいた。人間の街からは遠かったのだろう。人間が作り出す空気がほとんどない森の中が少し懐かしく、心地いい。
暫く歩き続けると、視界が少し開ける。木々が減って、アロイスの膝程まで伸びた草が生い茂る場所だ。ゲームだったらボスでも居そうな、そこだけぽっかりと木々のない不思議な草原である。
見晴らしのいいその場所に、光を反射する半透明の灰色をした生命体を見つけた。
「スライム!」
「よし、まずは私が……」
アロイスが何か言いかけたが、既に飛び出していた私の耳には入らなかった。
久々の獲物だ、私の本能が「狩れ!」と叫んでいる。高く上空に舞いあがり、スライムめがけて急降下する。
「セイリア!待て!そのスライムは……!!」
アロイスが叫ぶのと、私のくちばしがスライムに触れてスライムがはじけ飛んだのはほぼ同時だった。……え?あれ?スライムはじけ飛んだけど?
まるで風船が割れたようにはじけ飛んで、その場にぽつんと紫色の核らしき玉だけが残っている。状況がよくわからないので振り返ってアロイスを見てみたが、アロイスも少し口を開けた状態でこちらを見たまま固まって……つまりポカンとした、抜けた表情をしていた。珍しい顔でつい見入ってしまったが、私が見ていることに気づくと一つ咳払いをして顔を引き締めた。
「……今の灰スライムは、少し厄介な魔物のはずなんだが」
核の色からして闇属性のスライムなのは間違いなく、そういうスライムは闇属性の危険な魔法を使ってくるらしい。毒や麻痺の状態異常攻撃から、エナジードレインという生命力を奪う魔法まで様々で、何を使ってくるか見た目では判断できないので普通なら遠距離から攻撃を加え、どのような魔法を使うスライムなのか分かってから対策を取るのだと言う。
たとえ一撃で倒せる技量があっても近づくまでに魔法攻撃を受けることもあるし、決して一発目から接近型物理攻撃をするべき相手ではないし、しかも単騎で突っ込んでいくなんて人間なら絶対にやらないことらしい。
「ご、ごめんなさい?」
「心臓が止まるかと思った。カナリーバードが敵う相手ではないんだぞ」
「でもほら何ともないし……倒せたよ?」
「……それにも驚いている」
灰スライムは、特殊な魔法を使うことから厄介な魔物として登録されている。生命力や防御力が高い訳ではないし、他の属性持ちのスライムと同じくらいの確率で発生する。その厄介さは、他属性のスライムの群を抜いているけれど。この森の中では強いとされる魔物のうちの一つらしい。
対してカナリーバードは鑑賞用に飼われるような魔物で、戦闘力はほぼ皆無とされている。野生のカナリーバードが他の属性スライムを狩るくらいならできても、たった一撃の嘴攻撃で灰スライムを倒したり、ましてやはじけ飛ぶようなオーバーキルの攻撃ができるはずがない。雛の頃に攫われ、人に飼われているカナリーバードなら尚更である。
原因として思い当たるのは、いつかの金色スライムでレベルがガンガン上がったあの出来事だが。
「人間の言葉を理解して喋る、灰スライムも一撃で倒してしまう。君は想定外を起こす魔物だな……スライムの体は木っ端微塵となった訳だが、どうやって食べるつもりだ?」
「え、それはこの核を丸飲みすればいいと思うんだけど……」
子供の拳サイズのスライムの核を銜えて、そのまま飲み込む。美味しくはないけど、ちょっとだけ自分の中に溜まったような感覚。魔力なのか、それとも全く別のものなのかは分からないが、これが正解だ、という感覚は自分の中にある。
「……セイリア、闇属性の核を取り込んで具合が悪くならないのか?」
「え?」
「闇属性は五属性と反発すると言っただろう?君の魔力と反発しないのか?」
「………しないね」
すんなり馴染んだし、抵抗も反発も感じない。アロイスと一緒に軽く首を傾げる。
暫くして、君は規格外だから考えすぎても答えは出なさそうだ、という結論に至ったアロイスが思考を放棄したことでこの件は終わった。
「ねえアロイス、スライムにはさっきの灰スライムみたいに……他に変わったスライムはいる?」
「変わったスライムか……稀に二属性持ちの斑模様をしたものや、人よりも巨大になったものも見つかることがあるな」
私が聞きたいのは金のスライムのことだったが、他にも色々なものがいるらしい。ふむふむ、と相槌を打ちながらアロイスの話を聞く。金属性なのは間違いないが、普通の金属性スライムと違って半透明でなく、光沢があり鈍い銀色をしているメタルスライムは防御力が異常に高くて強いとか。ベビースライムと呼ばれる小さなスライムは弱いが基本は群れで行動しているので、一匹見つけたら五十匹はいるとか。メジャーだが幅の広い魔物だ。対処法もそれぞれ違うので、魔物を討伐する者はまずスライムのことから学ばなければならないらしい。
ただ一つ言えるのは、見つけた瞬間に突っ込んでいくようなことはどのスライム相手にもするな、ということだそうで。……すみません。でもまた突っ込みそうです。
ちょっと反省したけど本能が狩れと叫ぶあの感覚に逆らえる気もしなくて悩む私に「そういえば……」と何かを思い出したらしいアロイスの声が降ってくる。
「これはお伽噺のような、伝説のものだが……黄金スライムというものがある」
「黄金スライム……」
「あぁ。黄金に輝くスライムで、生態はよくわかっていない。とても弱いんだが、倒すと莫大な力を得られると言われていてな……ただ、急激な成長の負荷に体が耐えられず、倒したものは死んだという記録がある」
「え、死……え……」
「見つけても先程のように攻撃してはならないぞ」
アロイスは真剣な顔で私にそう注意するが、私はとても微妙な気持ちになっていた。その注意、とても遅かった。私は既に金色のスライムを雛の頃に倒しているし、意識もブラックアウトした。あれ、死ぬかもしれない出来事だったらしい。怖すぎる。生きててよかったよ、私。
「セイリア、聞いているか?」
「聞いてる……うん、しないよ」
というか、既にもうやってしまった後である。私が灰スライムを弾けさせた原因は、確実にこれだと分かった瞬間だった。
そのあと何らかのスライムを十匹、ホーンラビットを三匹、フロッギーを七匹退治したところで森を出ることになった。
………ちなみに、獲物を見つける度に本能的に突っ込んで全て一発で、その上オーバーキルと思われる形で仕留めていたらアロイスにとても呆れた目を向けられた。
「………君は、私の注意を聞かないな」
ごめんなさい。でもあの、今回の狩りで大分満たされた気分になったので、次からはきっと飛び出すのを我慢できる気がします。……多分。
レベルが上がらないのは、必要経験値がとても高いからですね。
弱い魔物を倒してもレベルは中々あがりません。




