14.森へ向かう
森へ行きましょう
ぴったりと首や手首まで覆うようなインナーに、七分袖のシャツ、革の胸当て、頑丈そうなズボンに太いベルトがまかれて、そのベルトにナイフや革袋などがぶら下がっている。ブーツはしっかりとした作りなのに、柔らかそうで足に負担を掛けない代物。今日のアロイスはとても動きやすそうだ。
「セイリア、準備はいいか?」
「もちろん!」
黒い鳥籠の中で、私は元気よく返事をした。この鳥籠は、魔力を遮断する魔術具らしい。この中に居ると外の魔力と内の魔力は遮断され、魔物の魔力が外に漏れなくなる。だから魔物の魔力に反応するゲートなどを通っても、魔術が作動しない。魔物のお出かけには必須アイテムなのだ。
そう。今日は待ちに待った、森に出かける日である。
森に行くのが楽しみ過ぎて、そわそわとした気分が体に現れてしまう。ついつい体を揺すって囀る私に、アロイスが苦笑気味だ。でも、アロイスも少し機嫌が良さそうに見えるし、楽しみにしているのだと思う。
「では行こう」
アロイスの手によって鳥籠ごと運ばれる。アロイスの部屋を出るのは、テオバルトの魔物部屋から連れ出されたあの日から初めてのことだ。
わくわく、ドキドキがとまらない。ご機嫌なまま移動していたのだけど、途中でなんだか嫌な予感がして上がっていた気分が急に落ち着いてしまった。
そんな私にアロイスが怪訝そうな目を一瞬向けたが、角を曲がって現れた存在を見た瞬間にアロイスの纏う空気も固くなった。
「ほう?アロイス、今日はそれと森に行くのか?」
「……はい、兄上」
オイゲンを連れた、テオバルトである。以前見た時と変わらず、偉そうな表情だ。魔力を遮断する籠の中に居るというのに、嫌な感じがする。
テオバルトの笑顔が気に食わないのか、アロイスの貼り付けたような笑顔を見るのが嫌なのか。とにかく私の機嫌は急降下だ。早くここから離れたい。
「従魔が戦闘に全く役に立たないカナリーバードとはな……訓練場とは言え、野生の魔物が出るんだ。それに傷をつけないようにしろ。それは我が一族にとっても重要なものだからな。傷でもつけようものなら、お前の立場は今より更になくなるぞ?」
「重々承知しております」
愉悦を滲ませながらの警告にいら立ちが募る。気分的には眉間にしわが寄っているのだが、鳥の顔では人間らしい表情にはならないだろう。文句の一つでも言いたいが、私はテオバルトの前で喋る訳にはいかない。
あぁ、もう!言ってしまいたい!モンスター屋のようにクソガキと言ってやりたい!
「ふん、ならいい」
満足そうにアロイスの隣を通り抜け、オイゲンと新しい魔物について話しながら去っていく。下級竜種のワイバーンを育てることになった、とか。戦闘力も高いし知能も低くはないのでよく言うことを聞くとか。おそらくアロイスへの自慢だ。
………カナリーバードってそんなに役に立たないのか。いやでも私、ちょっと特殊だし……少しは役に立てると、思いたい。金のスライムだって倒したんだし……。
私の存在は、アロイスにとって実は結構足手まといなのだろうか。少し不安になってそっと見上げる。私の視線に気づいた彼は一つ頷いて、無言のまま歩き始めた。
……うん、喋らないと意思の疎通ができないね。アロイスが何を考えているか分からない。部屋の外に居ると途端に仮面をかぶったような表情になるから、なおさら分からない。
それから馬車に揺られ、目的地の森に着いても一言も言葉を交わさなかった。近くに居るのに雑談も出来ないのは結構辛い。御者がいるから私は普通の魔物のフリを続けなくてはいけない。……出発前にテオバルトに会ったせいでテンションがた落ちだし、楽しみにしていた森への無言の道中はなんとなく空気が重いし、溜息が出そうだ。テオバルトは私にとっての疫病神決定。
馬車が止まるまでの道は三十分ほどだった。結構近いところに森などあるのかと驚きつつ、馬車を降ろされる。見えたのは白い壁の大きな建物で、重々しい扉といかつい顔の門番もいる。周りを見渡してみても、人間の建物ばかりで緑は見当たらない。
………森はいずこへ?
「アロイス=マグナットレリア様ですね。どうぞ」
「あぁ、ご苦労」
門番が右手を胸に、左手をお腹に当てるおそらく敬礼と思われる行動をした後、ゆっくりと扉を開いた。ギィと音を立て開いた扉をくぐると膝をついて指を合わせている女性が居る。女性の後ろには受付らしい台が見えた。更にその奥には黒い扉が見える。
「面を上げよ」
「はい。ようこそおいでくださいました。アロイス様」
アロイスが声をかけると女性は立ち上がり、人のいい笑顔を浮かべた。茶色の髪を一本の乱れもなくきっちりとまとめ上げている。出来る女、という雰囲気の女性だ。そのまま台の方へアロイスを案内すると、自分は反対側に回って紙とペンを用意し、何かを記入し始める。
「本日はどのようなご予定でしょうか」
「従魔を連れて、魔物狩りの訓練をする。登録する従魔はカナリーバードのセイリアだ」
「……カナリーバード……」
受付の女性は少しだけ驚いたように目を大きくして私を一瞥したが、直ぐにニコリと営業スマイルに戻って書類に書き込み始めた。動揺をほとんど見せない素晴らしい職業魂だ。三十代くらいに見えるけれど、熟練さを感じる。若く見えるだけでもっと歳なのかもしれない。
書類の書き込みが終わると、薄い黄色のような石の付いたブレスレットがアロイスに手渡された。森に入る許可証のようなものだろうか。キラキラしていて綺麗だ。
……鳥の習性なのか、とても気になる。本音を言うとちょっと欲しい。私、身に着けることはできないけども。
「籠はこちらでお預かり致します」
ここでようやく私は籠から出される。アロイスが軽く肩を叩いたので、そこに飛び乗った。ちょっと相棒っぽい気がして、少しだけ気分が浮上する。
肩に青い鳥を乗せた美少年。とてもファンタジーっぽい。今から冒険に出る、という気分になってきた。
「では、お気をつけていってらっしゃいませ」
女性に見送られ、開かれた黒い扉を潜る。そこは紛うことなき森だった。
しかも、結構深い森だ。後ろを振り返れば黒い扉と白い壁があるが、森の中に人工物が突然現れているような違和感がある。いや、むしろ人間の世界からいきなり森に飛ばされた違和感に、つい何度も森と扉を視線が行き来してしまった。
「セイリア、もう喋っていい」
「ナニコレ!ナニコレ!スゴイネ!?突然、森!!街ノ中ダッタヨネ!?」
「……くっ……」
興奮してつい言葉が拙くなってしまった。アロイスが小さく噴出して口元を押さえた後、可笑しそうに言った。
「君は、興奮すると喋るのが下手になるんだな。とても滑稽で面白い」
「……滑稽………」
一気に興奮が冷めて落ち着いた。変、とはよく言われていたけれど滑稽……。
………気をつけます。はい。
よし、やっと初めての冒険です




