13.アロイスとの約束
カナリーバードのご飯は………
アロイスとの生活は、悪くない。カナリーバードという魔物は本来籠の鳥として、ほとんどを鳥籠の中で過ごす。美しい毛色を眺めたり、音楽や詩を聞かせそれを覚えさせて楽しんだり、品評会に出して美しさや技能の高さを競い合ったり。お茶会や社交界などで主催者が連れて来て自慢することもあるらしいが、とにかく全て籠の外に出す必要はないものである。そう思うと部屋一つを私に与えようとしたテオバルトは、私をカナリーバードとして飼うつもりはなかったのだろうなと思う。魔物を飼う練習みたいなことを言っていた気もするし。
アロイスはというと、私を籠の中に入れることはほとんどない。精々私が眠るときくらいのもので、それ以外は彼の部屋を自由に動き回っている。現在は机の上に分厚い本を置いて読書をしているアロイスと一緒に本を覗き込んでいて、一緒に魔術の勉強中だ。……理解しきれるかと言われると、ちょっと自信がないけれど。
私の生活は魔物の生活としてはこれ以上ないくらい遇されているとは思う。思うのだが。
「アロイス、お願いがあるのだけど」
「ん?どうした」
「私、モンスター……魔物が食べたい」
私が勉強の合間の休憩時間にそう言うと、アロイスは金の目を瞬かせて首を傾げた。
「……人間の食事は美味しくないのか?」
「いや、すごく美味しいんだけど……何かが足りないっていうか、魔物が食べたくなる」
人間の食事は美味しい。私の食事はアロイスが自分の分を少し分けてくれるので、彼と同じものを食べている。人間だった記憶があるから余計にそう感じるかもしれないが、この体にとっても味の整えられた人間の料理は美味しく感じる。でも、何かが足りない気がしてここ数日悩んでいたのだが、悩みの正体が分かった。親鳥は雛の頃に生きた魔物を運んできていた。魔物以外の果物やら肉やらも食べられなくはないが、しかし魔物を倒して体内にその核のようなものをとりこむのが、私には重要なのだとなんとなく分かったのだ。
体の中の何かが不足してきているような気さえするから、重要なことだと思う。そう説明して訴える。
「小さい虫の魔物でも、スライムみたいな弱いのでもいい。何でもいいから食べたい」
「カナリーバードに魔物を与えるなんて人間はいないが……人に飼われたカナリーバードの寿命が短い原因かもしれないな。分かった、近いうちに森に行こう」
アロイスは話の分かる人間でとても助かる。しかし、何故森なのか。何処の森なのか。私が不思議そうにしているのが分かったのか、アロイスが説明してくれる。
「貴族の子が少しずつ経験を積むために、弱い魔物だけが生息する森を囲って訓練場としているところがある。その森は貴族なら誰でも入れるからな。従魔として登録すれば君も連れていける」
「なるほど……ん?それって従魔の契約をしなきゃ入れないってこと?」
「いや、書類上のことだからそれは気にしなくていい。私は君を従魔にするつもりはないから」
そう言われて、少し疑問に思った。だから私は素直に、その疑問を口にする。
「私が逃げたらどうするの?契約しないと縛れないでしょう?」
本当に契約するわけでもなく、書類の上でだけ私はアロイスの従魔になるのだとしたら。私はアロイスの命令を聞く必要がない。森の中でずっと籠を持っている訳にもいかないだろうから外に出されるだろうし、私は鳥なのだから飛んで逃げることができる。そしてそのまま野生に帰ることだって出来るのだ。テオバルトが手放したくても手放すわけにはいかない、と諌められていた私を逃がしたら、アロイスはとても責められるはず。
ここ数日でアロイスが他の人間が居る時は気を張って生活していることが分かったから、そういう弱みになるような事を迂闊にしでかすとは思えない。だから不思議でならなくて、訊かずにはいられなかった。
「君は私を信じてくれたから、私も君を信じようと思ってな」
私が本性を曝け出して、人間の言葉で喋っていることを言っているのだと思う。
元から逃げる気はなかったのだけど、さらに逃げる気がなくなったというか……嬉しかったのでちゃんとここに居よう、という気になった。
これが計算だったらかなりのものだが、相手は子供である。素直な言葉に違いない。と私がここまで考えることまで計算だったら本当に怖いのだが、どっちにしろ私が彼の傍を離れないことに違いはない。
「私はアロイスの話し相手だからね。急にいなくなったりしないよ、約束する」
「君がそう思ってても、誰かに無理やり連れ去られる可能性がない訳じゃないんだが」
その“誰か”に込められた意味を察して、ため息を吐きたくなる。逆らうことのできない立場の理不尽な兄を持つと大変だな。魔物は気楽でいいと思う。
「でも、私は自分の持てる全てを使ってセイリアを護ろう。君は私の話し相手だからな、約束する」
子供のくせにカッコいいことを言うので、ちょっと負けたような気分だ。悔しい。
でも、人間であるアロイスに出来ない事はたくさんあるはずだ。そして、魔物の私にしかできないこともきっとたくさんある。
「……お互いがお互いを護るって約束にしようよ。私だけ護られるのは不公平な気がする」
「カナリーバードは強い種族じゃないんだぞ?君に護られるほど私は弱くないんだが」
「いいから。私にしか出来ない事もあると思うし、私は私なりにアロイスを護るつもりなの」
「……君は本当に変な魔物だ」
アロイスが可笑しそうに目を細めてそっと私の額に手を伸ばした。親指で軽く撫でられて、気持ちいい。おお、なんだ、すごく気持ちいい。もっと撫でろと頭をぐりぐり擦り付けようとしたが「約束しよう」という言葉が降ってきたので止めた。
どういうつもりなのかと彼を見上げる。真っ直ぐ見てくる綺麗な金色に私が映っている。
「私は君を、君は私を。お互いに護る約束だ。………ほら、セイリアも私の額に触れて」
「……これ、人間の約束の仕方?」
「そうだ。約束だと言って額に触れる」
少し頭を下げて顔を近づけてくれるアロイスの額にどうやって触れるか迷ったが、自分の額をくっつけることにした。翼で触れようとすると体のバランスが崩れそうだったし、まさか足で触れるわけにもいかなかったからだ。鳥の体に手はないのが少し不便だと思った。
「約束しよう。私はアロイスを、アロイスは私を。お互いに護る約束」
「……ふふ。君は本当に面白い魔物だな」
アロイスを真似して約束の言葉を口にした私を、楽しそうなアロイスが見ている。
「君が来てから、私の人生は楽しくなったからな。感謝している」
それ、子供のセリフじゃないよ。と突っ込むべきかどうか迷って、でもアロイスが楽しそうだったから結局言わない事にした。
……今の私が護れるのはきっと、アロイスのこの表情だけだろうな。せめて私の前では、彼が本来の彼で居られるように、頑張ろうと思った。
アロイスの子供らしさカムバック。書きながら子供だってことを忘れそうになります。




