11.アロイスの部屋
お部屋を移動です
「……全く躾けられていないと聞いていたんだが……」
混乱しているらしいアロイスに、これ以上混乱させるような真似はしないほうがいいのかもしれないけれど、それでも私は口を開いた。
「その話は後で。移動した方がいいと思うよ。一刻以内に出てないと何かされるんじゃないの?」
一瞬驚愕したあと、彼は直ぐに動き始めた。部屋の隅から私がここに来たときに入っていた黒い鳥籠を持ってきて、移動するから入るように言われる。
素直に従って籠の中に入り、扉を閉められると何かしらの仕掛けが作動したらしく、魔力が動いているのが分かる。
……この籠、モンスターの移動には必須のアイテムか何かなのかな。後で訊いてみよう。
「私の部屋に行く。そこで、いろいろと話をしたい。それまでは」
「喋らない方がいいんだね?」
「……本当に言葉が分かっているんだな、君は」
アロイスの金の瞳が楽しそうに輝いて見えた。それは部屋を出た瞬間に消えてしまったけれど、彼は本来珍しいものが好きな好奇心あふれる子供なのかもしれない。一瞬で切り替えられた表情を見る限り、かなり自分を抑えて仮面を被るような生活をしているのではないかと推測できて心配になる。
無言で赤い絨毯の廊下を移動する。今回は布を掛けられていないので、周りの様子がよく見えた。領主の館だけあって、あちらこちらに高そうな――実際高いのだろう――絵画やよく分からない置物、豪華に飾りつけられた花があった。壁は真っ白で、汚れ一つなく、床は真ん中に真っ直ぐやわらかそうな絨毯が敷かれ、両端は壁と同じ白い床だ。ペンキか何か分からないが、何か特別なものを塗っているっぽい。ただの石ではなさそうな、違和感があるのだけど原因がよく分からない。
アロイスは迷いない歩みで赤い道を歩いていく。見上げながら姿勢が綺麗だなぁ、とか。テオバルトより優雅に見えるな、とか。そういえば何故アロイスは従者のようなものを連れていないんだろう、とか。色々と思いながら籠の中で大人しく到着を待っているのだが中々着かない。屋敷が広すぎる。
時々、下働きらしい人間とすれ違う。彼らは絨毯の外の白い部分に平伏していたり、膝をついて祈るように目を伏せて指先を合わせていたりしていて、決してアロイスを見ないようにしている。それは当たり前の光景なのだろう。アロイスも特に気にすることなく通り過ぎていく。籠の中から見ていたけど、アロイスが角を曲がる瞬間まで微塵も動かなかった。貴族に対する礼儀作法なのかもしれない。
十分は歩いただろうか。アロイスの歩みがようやく扉の前で止まった。そこは大分奥まった場所というか、静かであまり人の気配がしない場所だった。アロイスが扉を開いて、中に入る。そこは一見すると、図書室のような場所だった。まず目に入るのはずらっと並んだ本棚で、そこにぎゅうぎゅうに詰まった本。本棚の間を抜けていけば、机とその上にも積み重なった本に、ベッド。クローゼットや棚などもが見えてくる。窓際には何も掛けられていないがハンガーポールのような棒状の物もある。図書室ではなく、アロイスの生活の場だと思って間違いないだろう。
私の入った籠は窓際のハンガーポールらしきものに引っ掛けられた。これ、鳥籠スタンドだったらしい。
「セイリア、君は人間の言葉が分かるんだな?兄上の言葉も分かっていただろう?」
優雅な動作で革張りのやわらかそうな椅子に座ったアロイスからそう問いかけられた。彼はテオバルトから私のことを「頭が悪く、全く躾のされていない面白みのない魔物」として説明されていたらしい。調教済みでないカナリーバードが人の言葉を真似することはない。だから私が言葉を発したことには驚いたらしい。それでもまだ、自分が言った言葉の中から真似して偶然会話しているようになっただけで在り得ないことではない。と納得しかけたところで畳み掛けるように部屋を出るよう催促されたものだから、ここにくる道中は相当考え込んだらしい。毅然とした表情で、何かを考え込んでいるようには見えなかったのだけども。
「何故黙っていたんだ?訴えれば兄上も多少は改善したかもしれないのに」
「だって、手放して欲しかったんだもの」
テオバルトとはどうも相性が悪いと本能的に分かるし性格的にも好きになれそうになかったことや、喋ることが分かれば気に入られて離れられなくなりそうだったから普通のモンスターのフリをしていたことを説明する。ついでに、言ったところでモンスターの話など聞かないと思う、というと真面目な顔でアロイスも頷いて「それもそうだな」と同意してくれた。
「君はモンスターと言うが……これからは魔物と言った方がいい。それは平民の言い方だ。聞いていると違和感がある」
「分かった」
「……兄上に話さなかった理由は分かった。でも、何故私には話したんだ?会って直ぐだっただろう?」
「それも本能的にとしか言いようがないのだけど……」
一瞬キラキラとして見えたことや知らない相手なのにも関わらず傍に寄りたくなったことを説明すると、アロイスは暫く考え込むように目を伏せて、親指で唇をなぞる。
「魔物は魔力の相性を見抜く、と本で読んだことがある」
「魔力の相性……?」
「あぁ、魔物なら知らないか……魔力には個性があるんだ。属性の相性は魔術を使う上で重要だし目に見えて分かりやすいものなんだが、これとは関係なく各々の魔力の相性というものも存在していて、これは分かりにくい。同じ属性の魔力を持っていても、合わないことがあるから」
「えーと……?」
「これじゃ魔物には理解できないか……わかった、出来るだけわかりやすく説明しよう」
私、一応中身は人間のようなものだけど。この世界の常識はないし分からないので、真剣にアロイス先生の魔力講義を受けることにした。
あちらこちらで感じる力なのだから、きっと重要なことだ。理解していないと不便そうだし。
……別に、自分が魔法を使えたら面白そうだな、とか。そういう理由じゃないよ。うん。
次は魔力のあれやこれ。説明回になりそうだなぁと…




